沖の島 (高知県)

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沖の島
座標 東経132°32’北緯32°43’
面積 10.5km²
海岸線長 17km
最高標高 404m
所属国・地域 日本高知県
  

沖の島(おきのしま)は太平洋上、高知県宿毛市の沖合にある足摺宇和海国立公園に指定されている。

目次

[編集] 概要

  • 全域が宿毛市に属する。東経132°32’ 北緯32°43' 周囲約17km、面積は10.5km²。宿毛市片島港より海上約25km地点に位置し、人口は2006年現在283名。標高404mの妹背山を中心として水量豊かな谷川がある。島は花崗岩から成り、至る所に断崖や急斜地が見られ平地は少ない。沖の島は母島地区と弘瀬地区を中心に大小五つの集落より形成され、支所や漁協・郵便局・小中学校・診療所などの施設がある。磯釣りやマリンスポーツの島として人気を集めている。

[編集] 歴史

  • この島に人が住みはじめる様になったのは鎌倉時代頃だと伝えられている。弘瀬には島祖と言われる三浦則久一族開拓説が、母島には山伏開拓説など諸説がある。
  • 徐々に土佐と伊予の勢力が沖の島へと及び、室町時代には島が両国によって分断される。藩政時代に入ると再び領有権問題が勃発し、幕府の法廷により土佐藩と宇和島藩との領土争いが展開された。国境争いは土佐藩の家老野中兼山の活躍などにより土佐側の主張がほぼ認められる形で決着、島内に土予国境が確定した。この様な歴史的経緯により、弘瀬側は土佐、母島側は伊予と一つの島に異なる伝統や風習が語り継がれ独自の風土を形成している。
  • 明治時代に入ると隣接する鵜来島と共に沖の島区域全域が高知県に転入される。太平洋戦争時には四国防衛の要衝として沖の島区域の基地化が進められる。沖の島には特殊潜航艇基地やレーダー基地など、鵜来島には大砲などが整えられ着々と本土決戦の準備が進み昭和20年8月には全島民に強制疎開命令が出る。しかし、直後に終戦となり沖の島が戦場となる事はなかった。現在も基地跡などの遺構が残っている。

[編集] 観光

  • うどの浜海水浴場

四国一早い海開きを行う事で有名。

  • 久保浦海水浴場

沖の島で一番大きな海水浴場。

  • 白岩岬

島の景勝地。岬の上は白岩公園として整備されている。

  • 妹背山

四国百名山の一つで頂上には展望台がある。三浦家一族の墓などがある。

[編集] 特産品

[編集] 人物

  • 荒木初子(1917 - 1998)

弘瀬出身。沖の島(鵜来島兼任)の駐在保健婦として長年に渡り活躍し、地域の保険衛生環境の改善・向上に多大な貢献をした。第一回吉川英治賞を受賞しその半生は小説(「沖ノ島」よ 私の愛と献身を)を経て映画化された(孤島の太陽)。自宅は弘瀬地区に現存する。

弘瀬出身。大阪で西川きよしと漫才コンビ「やすしきよし」を結成し一世を風靡した。やすしの母が沖の島弘瀬出身で、荒木初子が産婆として初めて取り上げた赤ちゃんがやすしだったという風説がある(真偽は不明)。

[編集] 交通

  • 宿毛市営定期船

宿毛市片島港乗り場より午前7時と午後2時半の一日二便運行。

  • ゆるりんバス

島のスクールバス。一般の利用も可能。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年7月5日 (日) 05:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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