沖田総司
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沖田 総司(おきた そうじ、天保13年(1842年)又は15年(1844年)夏の日 - 慶応4年5月30日(1868年7月19日))(生年については2つの説があり、どちらも決定的な否定史料が見つかっていない。また、生誕時の月日に関しては特定できる史料が一切出ておらず、夏であったということしか分かっていない)は、江戸時代後期、幕末の新選組一番組長及び撃剣師範。本姓は藤原を称した。諱は春政、後に房良に。幼名は宗次郎。
父は陸奥白河藩士の沖田勝次郎で長男。2人の姉がおり、沖田家は姉のみつが婿の林太郎を迎えて相続させる。みつの曾孫の沖田哲也(1930年 - )は行政学者で明治大学政経学部名誉教授。
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[編集] 生涯
江戸、白河藩屋敷(東京都港区)で生まれる。父の勝次郎は4歳のときに死去し、母とも死別したとされる。9歳頃、江戸市谷にあった天然理心流の道場、試衛館近藤周助の内弟子となり後に新選組結成の中核となる。近藤勇、土方歳三とは同門にあたる。若くして天然理心流塾頭を務める。沖田は無類の天才剣士であったと言われるが、江戸の頃の教え方はかなり荒っぽいものであったらしい。
文久3年(1863年)の浪士組結成に参加して上洛、分裂後は近藤らに従い残留し、新選組を結成する。沖田の一番組は常に重要な任務をこなし、剣豪ひしめく新選組の中でも一、二を争う程多くの人を斬ったと言われ、この時期では9月の芹沢鴨暗殺、内山彦次郎暗殺など手がけた。
沖田が人を斬ったことを記す初めての記録は文久3年3月24日の夜。清河八郎の呼びかけに集まった浪士組の一番組に在籍していた殿内義雄だった。
元治元年(1864年)6月5日の池田屋事件で、討幕派数人を切り伏せ活躍したものの、直後に肺結核により喀血して倒れる(諸説あり)とされていたが、その後の新選組史において依然として活躍していることから、この日に肺結核が発症したとは考えにくい。そのため熱中病により倒れたとの説もある。
慶応元年(1865年)2月、総長の山南敬助が脱走した事件では、追っ手として差し向けられ近江草津で捕らえる。山南は沖田の介錯で切腹した。沖田は山南を兄のように慕っていたとされるが、故郷への手紙では山南の死に関して軽く触れるに留められている。
第一線で活躍することがなくなるのは慶応3年(1867年)以降で、鳥羽伏見の戦いには参加できず大坂に後送される(現在は、鳥羽伏見の戦いに向かう間に負傷し、大阪に後送される船中において肺結核を発症したとする説が有力である)。鳥羽伏見の敗戦後、隊士と共に海路江戸へ戻り、甲陽鎮撫隊に参加する(諸説あり)も中途での落伍を余儀なくされる。以後は幕臣の松本良順により千駄ヶ谷の植木屋に匿われたとされ、慶応4年(1868年)に死去。生年が明確で無いため享年については諸説あり、25~27と考えられている。
慶応3年12月18日、沖田が療養のため滞在していた近藤の妾宅を、元御陵衛士・阿部十郎、佐原太郎、内海次郎の3人が襲撃した。前月に彼らの指導的立場であった伊東甲子太郎を殺害した新選組への報復として狙われたものだが、沖田は伏見奉行所へと出立した後で難を逃れた。同日夕刻、阿部らは二条城から戻る途中の近藤勇を銃撃、負傷させている。
近藤勇斬首から2ヶ月後、近藤勇の死も知らずに亡くなった。 辞世の句は「動かねば闇にへだつや花と水」とされる。墓所は、東京都港区元麻布三、専称寺ほか。専称寺による戒名は「賢光院仁誉明道居士」。また、沖田家累代墓碑には天然理心流の他、北辰一刀流の免許皆伝を得ていた旨も記されている。
なお、没時年齢については沖田家累代墓碑の24歳、沖田家文書の25歳、『両雄士伝』(小島鹿之助)における上洛時の年齢(22歳)から計算した27歳の3説が存在する。また、終焉地も千駄ヶ谷のほか、今戸(台東区)説もあるが、現在では、今戸に一時逗留した後に千駄ヶ谷に移り、そこで亡くなったとする説が有力である。
[編集] 人物像
佐久間象山の息子三浦啓之助がある隊士にからかわれた。後日、土方と沖田が碁を打っている側で三浦をからかった隊士を三浦が背後から斬りつけると、沖田は三浦が後ろから斬りつけた卑怯さに激怒し「この馬鹿野郎」と叫び三浦の襟首を引っつかんで頭を畳に押し付け引きずり回し、三浦は鼻の皮を真っ赤にすりむいたという話が伝わっている。
凄腕の一番組長としての顔とは裏腹に、当の本人はいつも冗談を言っては笑っていた陽気な人物であったようだ。屯所界隈の子供達ともよく遊んであげていたようで、作家の司馬遼太郎は新選組を題材とした作品を執筆する際、幼い頃に沖田に遊んでもらったという老婆を取材している(取材が1960年前後とすると、明治維新が1868年なので、かなり高齢ではあるものの実際の沖田総司を目にした人々が生きていたことになる)。
近藤・土方など新選組についての酷評で知られる西村兼文ですら、山南と並び沖田についても批判を残していない。これは西村が山南と沖田には悪意を持っていなかったことの表われと見られ、従って沖田は新選組に表立って敵対した者以外には人当たりの良い好人物であったと考えられている。
死の際には、植木屋の庭に現れる黒猫を斬ろうとして幾度となく失敗し、己の衰えを痛感した沖田は「ああ、斬れない。婆さん(付添いの老婆)、俺は斬れないよ」と嘆いていたという(ただし、この話は子母沢寛による創作であると言われる)。
死の間際まで「(近藤)先生はどうされたのでしょうね、お便りは来ませんか?」と、師を気遣う言葉を幾度となく口にしたとも伝えられている。近藤の死に関して周囲の者は固く口止めされていたため、沖田は近藤の死を知らずにこの世を去ったのである。これに先立って、甲陽鎮撫隊が出陣する際に近藤が沖田を見舞うと、普段は明るい沖田がこのときだけは声を上げて泣いたという。
一般に近藤、土方、沖田の3人が非常に親しく、特に土方と沖田は兄弟のような関係であったと思われているが、これも司馬遼太郎、子母澤寛の創作によるところが多い。土方と沖田が特別親しかったことを示す資料自体は存在しないが、沖田が土方の手紙の執筆代理をした記録が残っている。
新撰組と敵対していた阿部十郎からは「近藤の高弟の沖田総司、大石鍬次郎という者はまことに残酷な人間でございまして、もとより国家朝廷のあるを知らぬようなもので」(『史談会速記録』)と、岡田以蔵などと同様に思想的背景を持たない“人殺しの道具”として非難されている
また、「荒っぽくて、すぐ怒る」と沖田に剣技を教えられた者には、師範の近藤より恐れられていた。他に「刀で斬るな!体で斬れ!」と教えていた等の言い伝えもあり、その他の記録などを見ても、そこにある素顔の沖田は巷に広がる優しく大人しいといったイメージとは随分異なる。
[編集] 剣技
沖田の剣技で有名なのが「三段突き」である。天然理心流の平正眼(天然理心流は「平晴眼」と書く)の構えから踏み込みの足音が一度しか鳴らないのに、その間に3発の突きを繰り出したという。即ち目にも止まらぬ速さで、相手は一突きもらったと思った瞬間、既に三度突かれていたとする描写が小説などに多数見られるが、実際の詳細は不明。
『新選組遺聞』における佐藤宣の談話によれば、沖田の剣術の形は師匠の近藤そっくりで、掛け声までがよく似た細い甲高い声であったという。ただ、太刀先がやや下がり気味で前のめりの、近藤(腹を少し突き出し気味の平正眼)とやや異なる構えを取る癖があったとされる。
沖田の剣については、永倉新八が「土方歳三、井上源三郎、藤堂平助、山南敬助などが竹刀を持っては子供扱いされた。恐らく本気で立ち合ったら師匠の近藤もやられるだろうと皆が言っていた」(『永倉新八遺談』)と語ったことが知られているが、新選組内部以外からの声もある。小島鹿之助は新選組結成前(文久2年(1862年)7月)に「この人剣術は、晩年必ず名人に至るべき人なり」(『小島日記』)と述べているし、新選組に批判的な西村兼文は「近藤秘蔵の部下にして、局中第一等の剣客なり」「天才的剣法者」(『壬生浪士始末記』)と言い、さらに新選組と敵対した阿部十郎は「沖田総司、是がマァ、近藤の一弟子でなかなか能くつかいました」「沖田総司、大石鍬次郎という若者は、ただ腕が利くだけで、剣術などはよくつかいました」「大石鍬次郎、沖田総司、井上、是らは無闇に人を斬殺致しますので」(『史談会速記録』)など、殊に敵に回した場合に筆頭の脅威となる剣客であったことが伺える。ちなみに千葉弥一郎(新徴組隊士で、沖田の義兄と同僚)の言葉に「われわれからみたらやっと目録(低い段位)くらいの腕前」と、唯一の否定的見解が見られる。勿論、北辰一刀流免許皆伝の山南や目録の藤堂を子供扱いというのはさすがに永倉の言い過ぎであろうが、それだけ彼の剣技が凄まじかったということなのだろう。
[編集] 沖田の刀
小説などにおいて、沖田総司の所有する刀として「菊一文字則宗」の名が挙げられる。これは子母澤寛などの伝記により「沖田の刀は“菊一文字細身のつくり”」とされていたことから司馬遼太郎が著作『新撰組血風録』の中で創作した物語が広まったものである。しかし則宗作の刀は、日本刀が常用されていた当時でさえ非常に貴重な古刀であり、経済的にも実戦で多用する必要性からも沖田が所有した可能性はほとんど無いと推察され、研究者の間で取り上げられることはまず無い。現在では沖田が所有した実際の刀で確認されているのは「加州清光」「大和守安定」とされている。あるいは、則宗以外にも幾つか存在した“菊に一”の紋を打った細身の刀の1つではないかとする説もある。いずれにせよ他の隊士と同様、在京中に何度か刀を交換した可能性も高い。
[編集] 美少年
作家司馬遼太郎の作品以降、沖田は小説・ドラマなど創作世界においては頻繁に美少年として描かれてきた。沖田の容貌に関して、現在残っている沖田の肖像画は、沖田の姉のミツが孫、要氏を「総司にどこか似ている」と称したことから、昭和4年(1929年)に書かれたものである。八木家の者や新選組に関わった人物の証言では、「美少年であった」とは書き残してはおらず、容姿に関する記述としては、「ヒラメ顔で笑うと愛嬌があり色黒」、「肩の張り上がった」、「猫背」「長身」と書かれたものが残っている(『竜馬におまかせ!』『月明星稀 - さよなら新選組』ではこの説に近い設定となっている)。この記述から浮かび上がる人物像として、美少年説に疑義を唱える指摘もある。沖田が美少年であるというイメージは、剣技の強さが伝承されながら労咳により夭逝してしまうというドラマ性に富むその生涯から、そのドラマ性をさらに演出する要素として沖田を美少年として描いた司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』をはじめ、その流れを汲んだ『幕末純情伝』(美少女として描かれている)など多数の作品において“剣にめっぽう強い上に明るい性格、その反面、病弱で色白の美少年”として演出されたイメージが一般的に定着した結果の誤解とも思われる。また、多数の映画など映像メディアにおいても常に若手二枚目俳優の役どころであった影響も大きいと考えられる。
しかし「総司=ヒラメ顔」説は、佐藤彦五郎のひ孫が、テレビで谷春雄の話に軽くノってつい口走ってしまったのが始まりらしいのだが、谷は「総司がヒラメ顔」というのは“のっぺらぼうという意味ではなくて、一族や兄弟の写真がみな目の間隔が寄っているから”と話している。ちなみに沖田哲也はこの説を完全に否定している。彼によれば、沖田家では総司の容姿について「色の白い、小さい男だった」という風に伝わっているという。
- 容貌・写真などについては、本項外部リンク先も参照のこと。
[編集] 沖田総司の恋
創作の世界で沖田は、司馬遼太郎の小説以降、一般に純情な青年として描かれることが多かった。町医者の娘とプラトニックな恋愛をするなどの描き方がほとんどで、実際に沖田の周囲では近藤や土方などのように花柳界の女性の影は見えない。ただ、井上松五郎の文久3年(1863年)4月22日付の日記によると、土方、松五郎、井上源三郎と共に沖田が新町の廓九軒町吉田屋にて天神(遊女)を買うという記述が見られる為、必ずしも女遊びをしなかったというわけではないようだが自分が好意を持っている女性の話になるととても真面目だったという。
また壬生光縁寺には過去帳に「沖田氏縁者」と書かれた女性の記録があり、これが沖田の恋人ではないかとも言われている。研究者によるとこの女性は石井秩という未亡人で、連れ子(娘)が1人居たという。沖田はこの女性との間に1女をもうけ、キョウという名を付けたという話もあるが、決め手に欠けるとも言われる。なお、新選組にはもう1人「沖田承之進」(慶応元年4月、土方らが江戸で募集した隊士の1人)という沖田姓の隊士が居り、過去帳の「沖田氏」は承之進の方では無いか、との説もある。
さらに、試衛館で手伝いをしていた女性(気が強い男勝りな性格だったようだ)に「結婚してくれ」と告白され、「修行中の身ですので」と断ったという逸話も残っている(その女性は断られたショックでか自殺未遂を起こし、その後近藤の口利きにより他家に嫁いだようだ)。この女性は近藤周平の許婚であったと言われる岩田コウという説もある。
また、油小路にあった旅館里茂の娘・キンとは馴染であったと言われている。
[編集] 発病時期
沖田総司といえば、創作作品において必ずといって良いほど池田屋での戦闘中に激しく喀血し、倒れ込む。しかし現在は上述の通り、研究者の間ではこの説は取られていない。同事件で沖田が喀血したと明記するのは『新選組始末記』(子母澤寛)のみで、沖田は事後の長州残党狩り(明保野亭事件参照)にも参加しているし、翌月の禁門の変にも近藤・土方・武田・永倉と共に出動していた記録(『甲子戦争記』西村兼文)があり、喀血するほど労咳が進行していたら、無理を強いて出動させるとは思えないのがその理由である。
一方、慶応2年(1866年)頃、幕府典医松本良順が新選組を集団検診した際に「肺結核の者が1名居た」と記しており、これが沖田総司ではないかとする説もある。慶応3年(1867年)には周囲が認識し得るほど発病していた模様で、2月頃罹病したとする『両雄実録』(小島鹿之助)、不動堂村へ屯所を移転した9月頃に大病を患ったとする『壬生浪士始末記』(西村兼文)、さらに10月13日付で小島鹿之助が近藤へ送った書簡にも沖田の異常を気遣う文面が見られる。以上から、沖田が戦闘に耐えがたいほど重篤な状態に陥ったのは、慶応3年秋~冬頃であったと思われる。また病状の進行を速めたのは稽古の激しい運動の為、肺に負担をかけたせいもあるとの説もある。 なお、『新選組始末記』をはじめとする池田屋喀血・昏倒シーンの元となったのは永倉新八の『新選組顛末記』と考えられるが、こちらには吐血・喀血の文字こそ見られないものの沖田が昏倒したことが記されており、初夏の蒸し暑い異常な高温下での激しい戦闘によって一時的に軽度の熱中症を起こした等、少なくとも近藤や永倉など周囲の者には肺の方の異常は感じさせない状態であったと考えられている。
[編集] 演じた俳優・声優
[編集] 映画
- 梅若礼三郎(『新撰組隊長 近藤勇』第一篇・第二篇、1928・1929年)
- 鹿島陽之助(『近藤勇』、1928年)
- 寺島貢(『維新の京洛』竜の巻・虎の巻、1928年)
- 月形陽候(『剣士 沖田総司』、1929年)
- 春見賢太郎(『大生殺』、1930年)
- 吉頂寺光(『江戸城総攻め』、1930年)
- 刀根正(『興亡新選組』前史・後史、1930年)
- 藤本源太郎(『吸血十剣士』、1931年)
- 菊地双三郎(『小松龍三』(前)・後編、1931・1932年)
- 鳥羽陽之助(『浪人しぐれ傘』、1932年)
- 遠山龍之助(『剣雲京洛風景』前編・後編、1933年)
- 林誠之助(『風雲』前篇・後篇、1933年・1934年)
- 市川百々之助(『新選組』前篇・後篇、1934年)
- 静房二郎(『新撰組悲歌』、1934年)
- 北村武夫(『エノケンの近藤勇』、主演:榎本健一(近藤勇)、1935年)
- 左文字一郎(『大菩薩峠 第一篇 甲源一刀流の巻』、1935年)
- 岡崎晴夫(『大菩薩峠 鈴鹿山の巻 壬生島原の巻』、1936年)
- 春日清(『御存知鞍馬天狗 宗十郎頭巾』、1936年)
- 嵐芳三郎 (5代目)(『新選組』、1937年)
- 原健作(『鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻』、1938年)
- 尾上菊五郎 (6代目)(『新撰組』、1938年)
- 今成平九郎(『愛憎秘刃録』、1938年)
- 保瀬英二郎(『名月蛤御門』前篇・解決篇、1938年)
- 尾上華丈(『王政復古』担龍篇・双虎篇、1939年)
- 近衛十四郎(『勤王大和桜』、1940年)
- 南条新太郎(『近藤勇』、1940年)
- 南条新太郎(『維新の曲』、1942年)
- 原健作(『新撰組』第一部 京洛風雲の巻・第二部 池田屋騒動・第三部 魔剣乱舞、1952年)
- 加賀邦男(『満月三十石船』、1952年)
- 加賀邦男(『鞍馬天狗 疾風雲母坂』、主演:嵐寛壽郎(鞍馬天狗)、1953年)
- 徳大寺伸(『池田屋騒動』、1953年)
- 天野刃一(『天馬往来』、主演:高田浩吉(猪三郎)、1953年)
- 清川荘司(『鞍馬天狗 青銅鬼』、主演:嵐寛壽郎(鞍馬天狗)、1953年)
- 中村錦之助(初代)(『新選組鬼隊長』、主演:片岡千恵蔵(近藤勇)、1954年)
- 増田順二(『美男お小姓 人斬り彦斎』、主演:坂田藤十郎 (4代目)(河上彦斎)、1955年)
- 茂木昇二郎(『風雲三条河原』、主演:島田正吾(岡田以蔵)、1955年)
- 近江雄二郎(『鞍馬天狗 白馬の密使』、1956年)
- 森美樹(阪妻追善記念映画『京洛五人男』、主演:高田浩吉(武市半平太)、1956年)
- 泉田洋志(『飛竜鉄仮面』、和田孝(鉄仮面・中岡大三郎・忠助)、1957年)
- 片岡栄二郎(『新選組』、主演:片岡知恵蔵(近藤勇)、1958年、東映)
- 原健策(『鞍馬天狗』、主演:東千代之介(鞍馬天狗)、1959年)
- 若山富三郎(『壮烈新選組 幕末の動乱』、主演:片岡知恵蔵(近藤勇)、1960年、東映)
- 国一太郎(『地雷火組』、主演:里見浩太朗(桂小五郎)、1960年、第二東映)
- 尾形伸之介(『鞍馬八天狗』、主演:高田浩吉(武市半平太)、1961年、ニュー東映)
- 楠本健二(『維新の篝火』、主演:片岡知恵蔵(土方歳三)、1961年、東映)
- 杉山弘太郎(『風雲新撰組』、主演:嵐寛壽郎(近藤勇)、1961年、新東宝)
- 品川隆二(『新選組血風録 近藤勇』、主演:市川右太衛門、1963年、東映)
- 松本錦四郎(『新選組始末記』、主演:市川雷蔵(山崎烝)、1963年、大映)
- 河原崎長一郎(『幕末残酷物語』、主演:大川橋蔵(江波三郎)、1964年、東映)
- 浜田雄史(『新鞍馬天狗』、主演:市川雷蔵(鞍馬天狗)、1965年、大映)
- 石倉英彦(『土方歳三 燃えよ剣』、主演:栗塚旭(土方歳三)、1966年、松竹)
- 大木正司(『大菩薩峠』、主演:仲代達矢(机竜之助)、1966年、東宝)
- 北大路欣也(『新選組』、主演:三船敏郎(近藤勇)、1969年、東宝)
- 波多野博(『おんな侠客卍』、1969年)
- 草刈正雄(『沖田総司』、1974年、東宝)
- 沖田総司=美男子の印象を決定づけたと言われる(実際、彼以前の沖田総司役は必ずしも美男子ではない)。
- 西郷輝彦(『狼よ落日を斬れ』風雲篇・激情篇・怒涛篇、主演:高橋英樹(杉虎之助)、1974年、松竹)
- 琢磨一生(『炎のごとく』、主演:菅原文太(仙吉)、1981年)
- 明石家さんま(『必殺! ブラウン館の怪物たち』、主演:藤田まこと(中村主水)、1985年、松竹・朝日放送)
- 橋爪淳(『ゴルフ夜明け前』、主演:渡瀬恒彦(坂本龍馬)、1987年、東宝)
- 牧瀬里穂(『幕末純情伝』、主演:渡辺謙(坂本龍馬)、1991年、松竹)
- 武田真治(『御法度』、主演:ビートたけし(土方歳三)、1999年、松竹配給)
- 堺雅人(『壬生義士伝』、主演:中井貴一(吉村貫一郎)、2003年)
- 及川光博(『IZO』、主演:中山一也(イゾー(岡田以蔵))、2004年)※役名はソウジ
- 加勢大周(『矜持 〜KYOUJI〜 TWILIGHT FILE II』、2006年、MIRAI)
[編集] TVドラマ
- 天津敏(『鞍馬天狗』、1956年、KR(TBS))
- 生島喜五郎(『いのち新平 池田屋余聞』、1960年、日本テレビ)
- 岩井半四郎 (10代目)(『剣豪秘伝 沖田総司』、1960年)
- 明智十三郎(『新選組始末記』、1961年、TBS)
- 杉山弘太郎(『風雲新撰組 近藤勇』、主演:嵐寛壽郎(近藤勇)、1961年、フジテレビ)
- 水原弘(『風雲児 半次郎』、主演:城健三朗(中村半次郎)、1964年、毎日放送)
- 島田順司(『新撰組血風録』、主演:栗塚旭(土方歳三)、1965年、NET(テレビ朝日))
- 沖田総司を演じた役者の中では、現在に至るまで、最も人気があり、評価も高い。
- 納谷悟郎(『ご先祖様バンザイ』、1965年、フジテレビ)
- 杉良太郎(『燃えよ剣』、主演:内田良平(土方歳三)、1966年、東京12チャンネル(テレビ東京))
- 島田順司(『俺は用心棒』、主演:栗塚旭(野良犬・用心棒)、1967年、NET)
- 梅宮辰夫(『日本剣客伝 沖田総司』、1968年、NET)
- 蜷川幸雄(NHK大河ドラマ『竜馬がゆく』、主演:北大路欣也(坂本竜馬)、1968年、NHK)
- 滝俊介(『鞍馬天狗』、主演:高橋英樹(鞍馬天狗)、1969年、NHK)
- 島田順司(『燃えよ剣』、主演:栗塚旭(土方歳三)、1970年、NET)
- 松橋登(『怪談 新選組呪いの血しぶき』、主演:中村敦夫、1972年、毎日放送)
- 有川博(『新選組』、主演:鶴田浩二(近藤勇)、1973年、フジテレビ)
- 久世龍之介(『勝海舟』、主演:渡哲也→松方弘樹(勝麟太郎)、1974年、NHK)
- 古谷一行(『鞍馬天狗』、主演:竹脇無我(鞍馬天狗)、1974年、日本テレビ)
- 草刈正雄(『新選組始末記』、主演:平幹二朗(近藤勇)、1977年、TBS?)
- 森田順平(『花神』、主演:中村梅之助(村田蔵六→大村益次郎)、1977年、NHK)
- 市山登(NHK少年ドラマシリーズ『幕末未来人』、主演:星野利晴(和田文彦)1977年、NHK)
- 三浦洋一(『浮浪雲』、主演:渡哲也(雲)、1978年、テレビ朝日)
- 沖雅也(木曜ゴールデンドラマ『俺たちの明日‐坂本龍馬!!中岡慎太郎!!・幕末に散った壮絶な青春』、主演:中村雅俊(坂本龍馬)・勝野洋(中岡慎太郎)、1980年、日本テレビ)
- 羽賀健二(『鞍馬天狗』、1981年、TBS)
- 宮本宗明(『いのち燃ゆ』、1981年、NHK)
- 加納竜(『竜馬がゆく』、主演:萬屋錦之介(坂本龍馬)、1982年、テレビ東京)
- 郷ひろみ(時代劇スペシャル『沖田総司 華麗なる暗殺者』、1982年、フジテレビ)
- 利倉亮(『壬生の恋歌』、主演:三田村邦彦(入江伊之助)、1983年、NHK)
- 田原俊彦(『燃えて散る 炎の剣士 沖田総司』、1984年、日本テレビ)
- 中川勝彦(年末時代劇スペシャル『白虎隊』、1986年、日本テレビ)
- 中川勝彦(年末時代劇スペシャル『奇兵隊』、主演:松平健(高杉晋作)、1989年12月30日、日本テレビ)※上記『白虎隊』シーンの流用
- 東山紀之(『新撰組』、主演:松方弘樹(近藤勇)、1987年、テレビ朝日)
- 羽賀健二(『鞍馬天狗』、1990、テレビ東京)
- 辻輝猛(『燃えよ剣』第一部・第二部、主演:役所広司(土方歳三)、1990年、テレビ東京)
- 柴田善行(必殺スペシャル『大暴れ仕事人!横浜異人屋敷の決闘』、主演:藤田まこと(中村主水)、1990年、テレビ朝日)
- 野村宏伸(『新選組 池田屋の血闘』、主演:里見浩太朗(近藤勇)、1992年、TBS)
- 梶原善(『竜馬におまかせ!』、主演:浜田雅功(坂本竜馬)、1996年、日本テレビ)
- 中村俊介(『新選組血風録』、主演:渡哲也(近藤勇)、1998年、テレビ朝日)
- 小澤征悦(NHK大河ドラマ『徳川慶喜』、主演:若葉竜也→崎本大海→本木雅弘(七郎麿→徳川慶喜)、1998年、NHK)
- 大森貴人(『鞍馬天狗』、主演:松平健(鞍馬天狗)、2001年、フジテレビ)
- 金子賢(新春ワイド時代劇『壬生義士伝〜新選組で一番強かった男』、主演:渡辺謙(吉村貫一郎)、2002年、テレビ東京)
- 田辺季正→藤原竜也(NHK大河ドラマ『新選組!』、主演:香取慎吾(近藤勇)、2004年、NHK)
- 藤原竜也(正月時代劇『新選組!! 土方歳三 最期の一日』、主演:山本耕史(土方歳三)、2006年1月3日、NHK)
- 丸山隆平(二夜連続ドラマ『輪違屋糸里〜女たちの新撰組〜』、主演:上戸彩(糸里)、2007年9月9日・10日、TBS)
[編集] 舞台
- 汀夏子(『星影の人』1976年、宝塚大劇場)
- 東山紀之(『沖田総司』1988年、新歌舞伎座)
- 平栗あつみ(『幕末純情伝』、主演:西岡徳馬(坂本竜馬)、1989年)
- 中村亘利(『まぼろし新撰組』)
- 後藤広行(『まぼろし新撰組'96』、1996年)
- 菅野良一(『風を継ぐ者』(演劇集団キャラメルボックス、1996年、2001年)主演:今井義博(1996年版)、細見大輔(2001年版)(立川迅助)・『俺たちは志士じゃない』(同)1998年)
- 畑中智行『風を継ぐ者』(演劇集団キャラメルボックス、2009年)
- 絵麻緒ゆう(『誠の群像』、主演:麻路さき(土方歳三)、1997年、宝塚大劇場)
- 藤谷美和子(『新・幕末純情伝』、主演:筧利夫(坂本竜馬)、1998 - 1999年)
- 広末涼子(『幕末純情伝』、主演:筧利夫(坂本竜馬)、2003年、青山劇場)
- 飯野智行(『チオチモリンS』、演劇ユニット pan-dan笹公演、2003年、㈱北海道テレコムセンター テレコムホール)
- 北村有起哉(『おはつ』、主演:松たか子(お初)、2004年、新橋演舞場)
- 魚谷輝明(『幕末烈華流星伝』、2004年、西荻WENZスタジオ)
- 音尾琢真(『LOOSER〜失い続けてしまうアルバム〜』、TEAM-NACS第10回公演、2004年、札幌公演 - サッポロファクトリーホール 東京公演‐池袋サンシャイン劇場 アンコール公演‐日本青年館)
- 葛山信吾(『燃えよ剣』、2004年5月、明治座)
- 後藤健流(『まぼろし新撰組2005』、2005年)
- 大野智(『幕末蛮風』、2005年10月、東京グローブ座)
- 早霧せいな(『維新回天竜馬伝』主演:貴城けい(坂本竜馬)2006年11月 - 12月宝塚大劇場 2007年1月 - 2月東京宝塚劇場)
- 水夏希(『星影の人』2007年2月、中日劇場)
- 小野妃香里(『幕末純情伝』、2007年3月、笹塚ファクトリー)
- 能登英輔(『桜襲 さくらがさね』、劇団SKグループ第24回公演、2007年、東京公演 - シアターグリーン BIG TREE THEATER 札幌公演 - シアターZOO)
- 金子森(『幕末異聞 黒魔天狗』、アブソリュート・ゼロ第1回公演、2007年5月、恵比寿エコー劇場)
- 葵かずき『さくらのごとく〜新選組桜真説〜』(2005年2月、2006年8月、さくらさくらカンパニー)
- 葵かずき『北天幻桜〜土方雪想夢〜』(2008年4月、さくらさくらカンパニー歴史モノローグシリーズ第3弾)
- 石原さとみ(『幕末純情伝』、主演:真琴つばさ(坂本竜馬)、2008年8月、新橋演舞場)
[編集] テレビアニメ
- 緑川光(『GS美神 極楽大作戦!!』、1994年、3月6日放映の最終回にゲスト出演、東映)
- 斎賀みつき(『PEACE MAKER鐵』、主演:小林由美子(市村鉄之助)、2003年、テレビ朝日)
- 中村悠一(『陸奥圓明流外伝 修羅の刻 風雲幕末編』、主演:郷田ほづみ(陸奥出海)、2004年、テレビ東京)
- 竹若拓磨(『幕末機関説 いろはにほへと』、主演:浪川大輔(秋月耀次郎)、2006年、(WEBアニメGyaoにて配信))
- 小粥よう子/松野太紀(『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』、主演:涼風真世(緋村剣心))
[編集] 劇場版アニメ
[編集] ゲーム
- 石田彰(『幕末恋華 新選組』、主演:植田佳奈(桜庭鈴花/ゲーム本編は出演なしドラマCDのみ)、2004年、D3パブリッシャー)
- 川上とも子(『新選組群狼伝』、2005年、セガ)
- 石井真(『剣豪』『風雲 新撰組』『風雲 幕末伝』)
- 森久保祥太郎(『薄桜鬼 〜新選組奇譚〜』、2008年、オトメイト)
[編集] ドラマCD
- 草尾毅(『新撰組異聞 蒼き狼たちの神話』、主演:塩沢兼人(土方歳三)、1991年・1992年、ビクター音楽産業)
- 松田洋治(『風光る』、主演:日高のり子(神谷清三郎)、2001年、ムービック)
- 石田彰(新撰組インターネットラジオ(SiR)DJ-CD『新撰組トゥディ』、2002年、ジェネオン・エンタテインメント)
- 千葉進歩(『ひなたの狼 新選組綺談』、主演:平川大輔(土方歳三)、2005年、株式会社ワユタ)
[編集] 漫画
- 「天まであがれ!」 木原としえ
- 「沖田総司」水木しげる
- 「新撰組異聞PEACE MAKER」
- 「ひなたの狼」 土方が主人公。
- 「あさぎ色の伝説」
- 「風光る」
- 「陸奥圓明流外伝 修羅の刻」
- 「PEACE MAKER鐵」(新撰組異聞PEACE MAKERと同作者)
- 「月明星稀 - さよなら新選組」
- 「凍鉄の花」菅野文
- 「薄桜鬼」
- 「アサギロ 〜浅葱狼〜」 ヒラマツ・ミノル(ゲッサン連載作品)
- 「JIN-仁-」村上もとか
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- ■ Shougo.Blog ■ - 日野市新選組特命・日野市立新選組歴史館館長及び芸術文化担当主幹・村瀬省吾によるブログ。沖田総司の叔父・宮原久五郎の写真を紹介、沖田の容貌などについて考察している。
- 幕末維新館 - 「幕末写真館」に「もしや沖田?」として、1977年出版の『激録新撰組』(原康史著 東京スポーツ新聞社刊)表紙のものと同一の写真を掲載。但し、これは「日本の武士」を海外に紹介するために外国人写真家により撮影されたもの。
最終更新 2009年11月20日 (金) 01:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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