沖縄県立首里高等学校

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沖縄県立首里高等学校
沖縄県立首里高等学校
過去の名称 国学
首里中学校
沖縄尋常中学校
沖縄県中学校
沖縄県立第一中学校
糸満高等学校首里分校
那覇連合教育委員会立首里高等学校
琉球政府立首里高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 沖縄県
併合学校 知念高等学校大見武分校
糸満高等学校真和志分校
定時制首里高等学校
校訓 海邦養秀
設立年月日 1798年
創立者 尚温王
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科・染織デザイン科
学期 3学期制
高校コード 47104G
所在地 903-0816
電話番号 098-885-0028
098-885-0029
FAX番号 098-884-3442
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
  

沖縄県立首里高等学校(おきなわけんりつ・しゅりこうとうがっこう)は沖縄県那覇市首里にある県立高等学校

目次

[編集] 概要

世界遺産である首里城跡へ徒歩3分の高台に立地する。海邦養秀(海に囲まれた国から優秀な人材を輩出する)の名の下に、約40,000人の卒業生を送り出し、前身となる国学の頃から数えると200年以上の歴史を誇る。沖縄県最古の中・高等教育機関であり、敗戦による学制改革までは「第一中学校」「一中」(いっちゅう)の名で親しまれた。生徒総数約1,300人。学科は普通科10クラス(2005年度までは11クラス、2006年度から10クラス)、染織デザイン科1クラス。かつては那覇高等学校と並び公立高校における最難関校であったが、1980年代中盤以降に全県学区の県立進学校が相次いで新設されたため、その座を譲ることになった(現在は県立開邦高等学校県立球陽高等学校県立向陽高等学校が公立では難関)。

テレビドラマ等では、当校をモチーフとした沖縄有数の進学校、「那覇北高校」として登場することがあった。

1958年(昭和33年)、戦後初めて全国高等学校野球選手権大会の沖縄代表として出場した。これは第40回の記念大会として特別に当時の日本の46都道府県とともにアメリカ統治下にあった沖縄県の予選大会が開かれ、そこで優勝した当高校が甲子園への出場権を獲得したもの。その年の1回戦で福井県敦賀高等学校に0-3で敗れた。

試合終了後に拾った甲子園の土が琉球政府の検疫の問題上持ち帰れないということで帰郷後処分された。それを知った日本航空スチュワーデスが甲子園球場周辺の海岸の石を拾い集めてモニュメントとして寄贈し、「友愛の碑」として今日まで戦後沖縄からの初出場の記念として飾られている(当該項参照)。

2008年(平成20年)、沖縄県勢初の甲子園出場を50年目記念して小学館発行の漫画雑誌「ビッグコミックオリジナル」(4月20日号)で「ハイサイ!甲子園 〜島人が燃えた1958年〜」が連載される。(全9話:8月20日号で完結)

[編集] 沿革

  • 1798年 尚温王が国学を創立。
  • 1879年 琉球王国解体(琉球処分)に伴い、国学は沖縄県庁の所轄となる。
  • 1880年12月9日 国学を首里中学校と改称。
  • 1887年3月 沖縄県尋常中学校と改称し、修業年限を5年とする。
  • 1891年 国学跡の校舎から現在の首里高等学校の敷地に移転。
  • 1899年4月 沖縄県中学校と改称。
  • 1911年4月 分校が沖縄県立第二中学校として独立したのに伴い、沖縄県立第一中学校と改称。
  • 1931年4月 第1学年より作業科及び音楽科、第4・5学年には公民科を課す。
  • 1945年6月 沖縄戦により壊滅。
  • 1946年1月27日 糸満高等学校首里分校として再発足。
  • 1946年3月31日 糸満高等学校分校より独立。
  • 1946年5月20日 知念高等学校大見武分校を併合。
  • 1946年9月2日 糸満高等学校真和志分校を併合する。
  • 1947年10月1日 旧天妃国民学校跡に那覇分校が設置許可される。
  • 1948年2月 那覇分校が那覇高等学校(現在の県立那覇高等学校)として独立する。
  • 1948年4月1日 6・3・3学制改革を実施。
  • 1952年10月1日 定時制首里高等学校開校。
  • 1958年4月1日 定時制首里高等学校を併合し、定時制課程を置く。
  • 1958年4月3日 新たに一般事務課程、家庭課程、食物課程、工芸課程を設置。
  • 1958年8月 第40回全国高等学校野球選手権大会に沖縄代表として初出場。「甲子園の土」が話題になる。
  • 1960年4月1日 那覇連合教育委員会立首里高等学校を廃し、琉球政府立首里高等学校となる。
  • 1962年4月1日 家庭課程を家政科に、食物課程を食物科に、工芸課程を染織科に変更。
  • 1972年5月15日 本土復帰に伴い、沖縄県立首里高等学校と改称。
  • 1973年4月1日 染織科を染織デザイン科に変更。
  • 1980年3月31日 定時制課程廃科となる。
  • 1981年3月31日 家政科、食物科廃科となる。
  • 2000年 国学創建200年、沖縄県立第一中学校、首里高等学校創立120周年。
  • 2008年4月5日 ビッグコミックオリジナルで沖縄県勢甲子園初出場50年目記念として「ハイサイ!甲子園 〜島人が燃えた1958年〜」が連載される。(全9話:8月20日号で完結)

[編集] 設置学科

[編集] 現在の学科

  • 普通科:10クラス(400人)
  • 染織デザイン科:1クラス(40人)

[編集] かつて存在した学科(旧称「課程」を含む)

  • 定時制普通課程→1980年3月廃科。
  • 全日制一般事務課程→19xx年3月廃科。
  • 全日制家庭課程→家政科→1981年3月廃科。
  • 全日制食物課程→食物科→1981年3月廃科。
  • 全日制工芸課程→染織科→染織デザイン科(現在)に至る。

[編集] 交通アクセス

モノレール
沖縄都市モノレール線
路線バス
  • 首里高校前バス停より徒歩1分
1番・首里牧志線 (那覇バス市内線)
17番・石嶺(開南)線 (那覇バス市内線)
46番・糸満西原(鳥堀)線 (那覇バス市外線)

[編集] 著名な卒業生

(卒業扱い含む)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月26日 (木) 05:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【沖縄県立首里高等学校】変更履歴

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