沢田教一
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沢田 教一(さわだ きょういち、1936年2月22日 - 1970年10月28日)は、青森県出身のフォトジャーナリスト。ベトナム戦争を撮影した『安全への逃避』でハーグ第9回世界報道写真コンテスト大賞、アメリカ海外記者クラブ賞、ピューリッツァー賞受賞。5年後、カンボジア戦線を取材中に狙撃され、34歳で亡くなる。ロバート・キャパを尊敬していた。死後、ロバート・キャパ賞受賞。
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[編集] 略歴
- 1936年2月22日:青森市生まれ。父は郵便局員。中学校教師から写真機を譲られる。
- 1950年:青森県立青森高等学校入学。同級には寺山修司。
- 1953年:高校卒業。
- 1955年:早稲田大学の受験に二度失敗。大学進学を諦め帰郷。青森市の小島写真店にアルバイトとして就職。間もなく三沢基地内の分店に移る。働きながら写真技術を習得するとともに写真家で店主の 小島一郎 の影響を受ける。この時世話になった職場の先輩がのちの妻サタ(11歳年上)である。
- 1956年12月:サタと結婚。キャパの写真集『Images of War』に衝撃を受ける。
- 1961年7月:上京して写真の仕事を探す。12月UPI通信に職を得る。
- 1965年:UPIのサイゴン支局に勤務。ベトナム戦争を取材し、ハーグ世界報道写真グランプリ、USカメラ賞などを受賞。
- 1966年:前年9月6日、ク イニョン北方のロクチュアン村で、銃弾を避けながら川を渡る母子を撮影した写真『安全への逃避』(FREE TO SAFETY)でピューリッツァー賞写真部門を受賞。日本人としては2人目。
- 1968年:UPIの香港支局に写真部長として赴任。
- 1970年:再びサイゴン支局に戻る。10月28日、カンボジア・プノンペンの国道2号線で狙撃されて死亡。愛機のライカは何者かによって持ち去られていたという。
- 1982年2月26日:NHK特集「カメラマン サワダの戦争」が放送された。
- 1996年にはドキュメンタリー映画「SAWADA」(監督:五十嵐匠)が製作された。
[編集] 演じた俳優
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月29日 (木) 23:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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