河内音頭

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河内音頭(かわちおんど)は、大阪府河内地域の音頭

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[編集] 概要

元々明治中期から大正末期頃まで大阪地域で歌われ踊られていたのは滋賀東近江発祥の音頭、江州音頭寄席や祭事で行なわれていた。特に寄席では落語音曲と並んで人気の演目となっていた。大正時代には初音家太三郎が登場し大幅に改良し現在に繋がる節回しやお囃子が誕生し寄席に定着した。 昭和に入り寄席の閉鎖、祭事では経費の削減などで行なわれなくなり衰退した。戦後代わって登場したのが河内音頭であった。 「ああ、えんやこらせーどっこいせー」の節回しを使用した、アルバイト情報誌のCMで全国にも知られる。

昭和中期頃までは衰退していたが、1961年テイチクから発売された鉄砲光三郎の『鉄砲節河内音頭』が100万枚を超える大ヒットとなり、再び多く踊られるようになった。

昭和40年代頃には、初音家賢次、三音家浅丸といった音頭取りが活躍し、初音節、浅丸節という独特のリズムの河内音頭が生まれた。

音頭取りとして河内家菊水丸の新聞詠み(しんもんよみ)が有名であるが、○○会という音頭取りの所属するグループが関西圏内に100会派近くある。歌詞や節は基本的な決まりがあるが、各会派によって独自の歌詞や節が存在する。 ほとんどの音頭取りは、三音節、初音節、鉄砲節と呼ばれるリズム節回しのうちのどれかに当てはまるという。 使われる楽器は、三味線太鼓エレキギターキーボードなどバラエティーに富む。

大阪府八尾市常光寺境内で行われるもの (流し節正調河内音頭) は、日本の音風景100選に選定された。

また、1978年に河内音頭を「発見」した評論家朝倉喬司が「全関東河内音頭振興隊」を結成。河内音頭の魅力を紹介し、音頭取りを招いて東京でたびたびライブを開き、CD等が発売されたことから、「日本におけるソウル・ミュージック」として全国区の評価を受けることとなった。

また、朝倉の活動に錦糸町の町内会有志が共感したことから、1986年から毎年、「錦糸町河内音頭大盆踊り」が開催されている。

[編集] エピソード

[編集] 関連本

  • 日本一あぶない音楽 全関東河内音頭振興隊 JICC出版局, 1991.8

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年5月22日 (金) 06:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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