河北町
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河北町(かほくちょう)は、山形県のほぼ中央部にある人口約2万人の町。かつては最上川舟運の紅花の集散地として栄えた。現在は雛とべに花の里で知られる。また、山形県の中で唯一「町」を「ちょう」と読む。(パソコンで「かほくまち」と打ち込むと、鹿北町(現山鹿市)と変換される。)
卓球の町として知られ世界チャンピオンを2名輩出している。冷たい肉そばが名物である。
目次 |
[編集] 地理
[編集] 歴史
もともとは、荘園である「寒河江荘」の一部であり、大江氏の流れを汲む寒河江氏によって領されていた。町内には谷地八幡宮・溝延八幡宮が建てられ、寒河江八幡宮とともに「寒河江荘三八幡」と称された。
その後、同じく大江氏の流れを汲む土豪、白鳥氏が領し、居城として「谷地城(現三社宮)」が作られた。そこを中心に今の街割が作られたが、最上義光によって白鳥氏は滅ぼされてしまい、その後、最上氏改易まで最上領となった。
最上氏が改易になると谷地城は廃城となり、河北町域は天領、新庄藩領に分割統治された。うち新庄藩は谷地市街北部までを領し、北口番所を置いて、現河北町北部と村山市西部を治めた。
- 1954年(昭和29年)10月1日 - 谷地町、西里村、溝延村、北谷地村を廃し、河北町新設
- 1955年(昭和30年)12月31日 - 寒河江市より、元泉地区を編入
- 1963年(昭和38年)8月1日 - 村山市より、寄込地区(荒小屋地区)を編入
[編集] 行政
- 町長:田宮栄佐美(たみや えさみ)(2002年~)
[編集] 経済
かつては、紅花・青苧の集積地、最上川舟運の船着場として栄えた。新庄藩の時代は、谷地は「町方」とされ西村山郡の事実上の中心として機能した。「紅花資料館」となっている旧家の大きさ、町でありながら設置されたアーケード街、中心部の大きさなどといった点に、その残滓を見ることが出来る。
[編集] 産業
[編集] 郵便局
[編集] 金融機関
[編集] 姉妹都市・提携都市
- 国内
- 海外
[編集] 地域
[編集] 人口
| 河北町と全国の年齢別人口分布 | 河北町の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 河北町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 教育
- 社会教育
- 新着図書や本の検索・予約ができる。
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
鉄道については以前、河北町に鉄道を延伸させようとした計画があったが、地主の農家から「所有する田んぼの面積が減る」という理由から猛反対にあって計画が白紙になった為に現在でも町内に鉄道駅は存在しない。その為、鉄道を使うには最寄の寒河江駅かさくらんぼ東根駅を使う方法しかない。
- 最寄りの駅
[編集] 路線バス
[編集] 空港
- 最寄りの空港
[編集] 道路
[編集] 観光ほか
- 谷地どんが祭り(谷地八幡宮例祭)
- 谷地ひなまつり
- 最上川グリーンパーク
- 世界スリッパ卓球大会
- 冷たい肉そば
[編集] 出身有名人
[編集] 外部リンク
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