泰阜村
泰阜村の最新ニュースをまとめて検索!
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
泰阜村(やすおかむら)は、長野県下伊那郡の南部に位置する村である。
目次 |
[編集] 地理
[編集] 隣接している市町村
[編集] 歴史
- 1872年(明治2年)2月 - 伊那県に編入。
- 1871年(明治4年)6月 - 戸籍法が公布され、伊那県戸籍区の第十一区(金野村、平島田村、唐笠村、門島村、黒見村、万場村、平野村、明島村、田ノ口村、柿野村の十ヵ村)、第十三区(左京村、鍬不取村、打澤村、高町村、稲伏戸村、怒田村、南山村の七ヵ村)が設置された。戸籍区の成立によって従来の名主、庄屋及び年寄制は廃止され、戸長・副戸長制となる。
- 1872年(明治5年)4月 - 筑摩県の第一六五区(左京村外七ヵ村)、第一六六区(平島田村外九ヵ村)が設置された。
- 1872年(明治6年)3月 - 筑摩県の一六五区、一六六区、一六七区、一六八区、一七〇区、一七一区、一七二区と共に第二十二大区に編入され、第一六五区を第一小区に、第一六六区を第二小区となる。
- 1875年(明治8年)1月23日 - 平島田村、柿野村、明島村、平野村、黒見村、田野口村、唐笠村、門島村、万場村、高町村、金野村、稲伏戸村、打沢村、怒田村、鍬不取村、左京村、南山村が合併して泰阜村となる。
- 1876年(明治9年)8月21日 - 筑摩県が廃止され、長野県に編入。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制が施行され下伊那郡泰阜村を設置。
[編集] 歴代村長
| 代 | 氏名 | 選任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 1 | 萬場芳衛
金野年穂 斯波甚三郎 吉沢藤蔵 |
1875年1月 | 1875年10月 |
| 2 | 金野年穂 | 1875年10月4日 | |
| これより公選となる | |||
| 3 | 吉沢藤蔵 | 1879年7月1日 | 1879年12月 |
| 4 | 萬場芳衛 | 1880年1月 | 1883年3月 |
| 5 | 吉沢藤蔵 | 1883年3月 | 1883年12月 |
| 6 | 島岡米太郎 | 1884年1月 | 1885年3月 |
| これより官選となる | |||
| 7 | 山口機三 | 1885年3月 | 1886年3月 |
| 8 | 大河内弥三郎 | 1886年3月 | 1887年1月 |
| 9 | 飯富安忠 | 1887年1月 | 1888年2月 |
| 10 | 田中正巳 | 1888年2月 | 1888年3月 |
| 11 | 熊谷正雄 | 1888年3月 | 1889年5月 |
[編集] 行政
[編集] 人口
| 泰阜村と全国の年齢別人口分布 | 泰阜村の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
|
■紫色 ― 泰阜村
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] 道路
- 村域を通過する国道はない。
- 村内に信号機は1台も設置されていない。
[編集] 学校
- 全て村立。
- 泰阜北小学校
- 泰阜南小学校
- 泰阜中学校
- 村内に高等学校はない。近くの高等学校は長野県阿南高等学校、長野県阿智高等学校など。村内を飯田線が通っているため、飯田市内の高等学校へも他の村に比べて通学しやすい。
[編集] その他
- 2003年(平成15年)9月26日に、当時の長野県知事である田中康夫(現新党日本衆議院議員)が住民登録をしたことで、全国的に知られるようになった。(その後、田中康夫は、2004年(平成16年)12月2日 に北佐久郡軽井沢町へ住民票を移転している)
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 『泰阜の地に生れ育てられて』 宮下明男著、1995年7月。
[編集] 泰阜村出身の有名人
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.



