津山線

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津山線(つやません)は、岡山県岡山市北区岡山駅から岡山県津山市津山駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線地方交通線)である。

岡山駅と法界院駅ICOCASuicaTOICAPiTaPaが利用可能。

目次

[編集] 路線データ

現在の管轄は岡山支社直轄であるが、一時期全線を津山鉄道部が管轄していた。岡山支社管内で独自に設定されているラインカラーはピンク(福塩線も同系の色のラインカラーであるが、津山線の方が薄い色になっている)。

[編集] 運行形態

正式な起点は岡山駅だが、列車運行上は津山駅から岡山駅へ向かう列車が下り、逆方向が上りとなっている。これは、岡山駅で接続する山陽新幹線山陽本線赤穂線伯備線を含む)・宇野線瀬戸大橋線)・吉備線、津山駅で接続する姫新線因美線を含む)に方向をあわせたためである。

当線は、快速(後述する「ことぶき」を含む)と普通列車が運転されている。岡山 - 津山の全線通しでの運転が基本で、快速・普通あわせて1時間に1本以上の運転本数が確保されている。加えて福渡や野々口発着の区間運転列車も少数存在するほか、通学輸送のための岡山 - 法界院間の区間列車も運転されており、一部は吉備線の総社駅まで乗り入れている。かつては津山から先、因美線・姫新線に直通し岡山 - 鳥取を結ぶ列車や岡山 - 中国勝山を結ぶ列車もあったが、現在はすべて津山で運転系統が分かれている。

ただし、しばしば臨時で津山から姫新線新見(西)方面への延長運転が行われており、2006年3月には「勝山お雛まつり」の期間中、2009年3月13日まで設定されていた急行「つやま」が津山から快速として新見まで延長運転されていた。2007年には4月1日から6月30日まで開催されていた「岡山デスティネーションキャンペーン」期間中の毎日、岡山からの快速「ことぶき」が中国勝山まで1往復延長運転していた。これが好評であったため、同年7月以降も土休日及びお盆休み期間中などに実施されている。

[編集] 快速「ことぶき」

ことぶき号

全線で快速運転する快速列車ことぶきの名称が与えられている。一般公募で津山線沿線に福渡駅など縁起の良い駅名があることから名付けられた。

1997年11月29日ダイヤ改正で、岡山駅 - 鳥取駅間を津山駅経由で結んでいた急行砂丘」の廃止により、急行「つやま」1往復とともに運行を開始した。

2009年3月14日のダイヤ改正で急行「つやま」が廃止となり、格下げされる形で快速「ことぶき」が1往復増発され、下り8本・上り7本の運転となっている。

[編集] 運行概況

当初は急行列車代替でもあったことから、指定席も設定されていた。しかし、津山線でみどりの窓口があるのは岡山・法界院・津山の3駅のみで、金川・福渡などのように停車駅でありながら座席指定券を購入できない駅があり、運用面で問題があった。しかも座席は自由席と変わらず、座席近くの窓に「指定席」と書かれた藁半紙の紙片やステッカーが貼られていただけであった。あまりの扱いのひどさから「最低の指定席」と非難され、地元メディアや雑誌などでも話題にされたこともあった。このためか徐々に縮小され、2001年3月7日に指定席の設定が廃止。現在は全車自由席となっている。以降は案内上で「ことぶき」の名前が使われることは少なくなり、単に「快速」と案内されることもしばしばである。

日中はほぼ2時間ヘッドとなっている。また、一部はワンマン運転となっており、途中の無人駅では後部車両は締め切り扱いとなっている。停車駅は、駅一覧を参照。

車両は、運行開始当初はエンジンを330PS仕様のものに換装した岡山電車区気動車センター所属の専用塗色のキハ47形気動車2両編成による限定運用であったが、その後同センター所属のキハ47形のエンジンが全て330PS仕様となった為に、現在は限定運用は解除され専用塗色でない同センターのキハ47形も使用されている。

毎年8月には津山市で開かれている「津山納涼ごんごまつり」をPRをする目的で快速「ことぶき」や姫新線の列車に河童のヘッドマークを取り付けて「ごんちゃん号」として走る。「ごんごまつり」のごんごとは津山の方言で河童を意味している。

[編集] 歴史

中国鉄道(現在の中鉄バス)が私設鉄道法で開業した私鉄が発祥で、1944年6月1日戦時買収で国有化された路線である。

[編集] 国有化以前

岡山県の県庁所在地である岡山と美作地方の中心都市津山とは明治維新以降人や物の往来が増加していた。古くから両都市を結ぶ津山街道(現在の国道53号とほぼ同じルート)があったが、辛香峠などの難所があった。また、当時の岡山県の南北交通で主流であった舟運(高瀬舟)を使おうにも岡山は旭川水系、津山は吉井川水系であり、旭川を北上して福渡から津山街道に入るか落合までさらに北上し院庄から津山に入るなどの方法しかなく、人や物の往来に困難を来していた。このため最新の交通手段である鉄道の敷設が企画され、1896年4月30日に中国鉄道が設立された。

同年に岡山 - 津山 - 勝山 - 根雨 - 米子の免許が下り、早くも7月には起工、1898年12月21日に「中国鉄道本線」として岡山市 - 津山(現在の津山口)までが開業した。津山以遠は建設を断念し免許は失効、後年国により姫新線伯備線として建設された。開業区間はほぼ津山街道に沿う形であるが、法界院 - 野々口間は難所の辛香峠を避け旭川沿いに建設されている。建設は国の技術によらなかったため、曲線やトンネルの断面などが独自の規格となっている。現在でも曲線半径が綺麗な数字になっていないのはこのためである。

鉄道の開通により高瀬舟による旭川の舟運は主役の座から降りることとなり、金川や福渡といった鉄道の結節点から先の末端へのフィーダーに変化した。このため金川や福渡は大きく栄えることとなる。

当初はタンク式蒸気機関車が牽引する列車であったが、1930年以降は気動車を導入。吉備線とあわせ国鉄制式車並の大型車総勢17両を揃え、手堅い設計で実用的に使いこなし全国的にも知られる存在であった(買収気動車を参照)。しかも一部は便所付き車両を導入するなど旅客サービス水準は高かった。しかし戦時買収で国有化され中国鉄道本線から津山線となった。

[編集] 国有化以後

戦後中国鉄道の気動車は地方私鉄に払い下げられ、設計の優秀さから長く使用されたが、当の津山線はC11形などが牽引する列車で運転された。

その後国鉄でも気動車が次々と投入され、津山線に再び気動車が戻るようになり、旧岡山鉄道管理局管内では比較的早くに無煙化された。

その後は国道53号の整備や沿線の過疎化もあって合理化され、交換設備が取り外されたり列車本数が削減されるなど徐々に利便性が悪化していた。このため、1996年に沿線自治体の資金負担や住民の募金によって高速化改造(交換設備の復活と一線スルー化)、キハ120形気動車の投入が行われ、所要時間の短縮や増発が行われた。なお、当線の高速化への取り組みは後年鳥取県島根県山陰本線を高速化する際に参考としている。

[編集] 年表

  • 1898年明治31年)12月21日 - 中国鉄道本線 岡山市 - 津山間(34M76C≒56.25km)が開業。岡山市駅、玉柏駅、野々口駅、金川駅、福渡駅、弓削駅、誕生寺駅、亀甲駅、津山駅(現在の津山口駅)開業。岡山 - 岡山市間に人力貨車運搬線を敷設。
  • 1900年(明治33年)4月14日 - 建部駅開業。
  • 1902年(明治35年)11月12日 - 営業キロの表記をマイル・チェーンからマイルのみに簡略化(34M76C→35.0M)。
  • 1903年(明治36年)4月18日 - 法界院仮停車場開業。
  • 1904年(明治37年)11月15日 - 岡山 - 岡山市間(0.3M≒0.48km)が延伸開業し国鉄岡山駅に乗り入れ。岡山市駅を岡山荷扱所に改称。
  • 1908年(明治41年)6月20日 - 法界院仮停車場廃止。別の場所に法界院簡易停車場開業。
    • 9月2日 - 法界院簡易停車場を駅に変更し法界院駅開業。
  • 1912年大正元年)10月10日 - 牧山停留場開業。
  • 1923年(大正12年)8月1日 - 津山駅を津山口駅に改称。
    • 8月21日 - 国鉄作備線の支線として津山 - 津山口間(1.2M≒1.93km)が開業。
  • 1924年(大正13年)5月1日 - 津山口 - 津山間を作備線の本線に編入。
  • 1927年昭和2年)4月1日 - 原仮停留場開業。
  • 1928年(昭和3年)2月20日 - 原仮停留場再開業。
    • 3月20日 - 岡山 - 法界院間に博覧会場前仮停留場開業。
    • 5月19日 - 博覧会前仮停留場廃止。
    • 12月16日 - 神目仮停留場開業。
  • 1929年(昭和4年)6月20日 - 原仮停留場を正式な停留場に変更し原停留場開業。
    • 12月25日 - 神目仮停留場を正式な停留場に変更し神目停留場開業。
  • 1930年(昭和5年)4月1日 - 営業距離の表記をマイルからメートルに変更(中国鉄道本線 35.3M→56.8km、作備線 1.2M→1.9km)。
  • 1933年(昭和8年)12月20日 - 亀甲 - 津山口間に高尾仮停留場開業。
  • 1934年(昭和9年)9月29日 - 建部 - 福渡間に南仮乗降場、北仮乗降場開業(旭川橋梁流失のため)。
    • 11月27日 - 旭川橋梁復旧に伴い南仮乗降場、北仮乗降場廃止。
  • 1936年(昭和11年)10月10日 - 作備線を姫新線に編入、津山 - 津山口間は同線の支線となる。
  • 1937年(昭和12年)6月15日 - 佐良山停留場開業。高尾仮停留場廃止。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 中国鉄道の鉄道部門が国有化され、岡山 - 津山口 - 津山間が津山線となる。停留場を駅に変更。原停留場を備前原駅に改称。岡山荷扱所廃止。中国鉄道はバス事業者の中鉄バスとして現存している。
  • 1956年(昭和31年)10月1日 - 小原駅開業。
  • 1982年(昭和57年)8月31日 - 全線CTC化。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道が承継。全線の貨物営業廃止
  • 1990年平成2年)6月1日 - 岡山支社直轄から津山鉄道部管轄に変更。ワンマン運転開始。
  • 1996年(平成8年)12月1日 - 全線高速化。
  • 1997年(平成9年)11月29日 - ダイヤ改正で、岡山駅 - 鳥取駅間を津山線・因美線経由で結んでいた急行砂丘」の廃止により、急行「つやま」と共に、快速「ことぶき」運行開始。
  • 1999年(平成11年)10月2日 - 津山鉄道部管轄から岡山支社直轄に変更。
  • 2001年(平成13年)3月7日 - 「ことぶき」指定席設定廃止。
    津山線代行バス。金川駅にて(2006/11/25)
  • 2005年(平成17年)2月26日 - 玉柏 - 牧山間で土砂崩れが発生しキハ40の単行で運転されていた回送列車が衝突。玉柏 - 金川間が不通に(その後、不通区間は玉柏 - 牧山間に短縮、3月14日運行再開)。
  • 2006年(平成18年)11月19日 - 玉柏 - 牧山間で落石が発生し津山発岡山行キハ120の2両編成で運転されていた普通列車が脱線し、乗客・乗員26人が負傷。同区間が不通となる。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - 不通区間の運行を再開。
  • 2007年(平成19年)9月1日 - 岡山 - 法界院間にICOCA導入。
  • 2009年(平成21年)3月13日 - 急行つやま廃止。


[編集] 駅一覧

  • 全駅岡山県に所在。
  • 普通列車は全駅に停車する。
  • 快速ことぶき:※印(左欄)は津山7時53分発岡山行き3933Dの停車パターン。右欄はそれ以外の「ことぶき」の停車パターン。
凡例
停車駅 … ●:停車、▲:一部の列車が停車、|↑:通過(↑は矢印の方向のみ運転)
列車交換 … ◇・∧:交換可、|:交換不可
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 快速ことぶき※ 快速ことぶき 接続路線 列車交換 所在地
岡山駅 - 0.0 西日本旅客鉄道山陽新幹線山陽本線赤穂線*・伯備線*・宇野線瀬戸大橋線吉備線
岡山電気軌道東山本線岡山駅前駅
岡山市北区
法界院駅 2.3 2.3  
備前原駅 2.8 5.1  
玉柏駅 2.4 7.5  
牧山駅 3.9 11.4  
野々口駅 5.3 16.7  
金川駅 3.0 19.7  
建部駅 7.3 27.0  
福渡駅 3.3 30.3  
神目駅 6.2 36.5   久米郡
久米南町
弓削駅 4.0 40.5  
誕生寺駅 3.0 43.5  
小原駅 2.0 45.5   久米郡
美咲町
亀甲駅 3.6 49.1  
佐良山駅 4.3 53.4   津山市
津山口駅 3.4 56.8  
津山駅 1.9 58.7 西日本旅客鉄道:姫新線因美線**
  • *:赤穂線の正式な終点は山陽本線東岡山駅、伯備線の正式な起点は山陽本線倉敷駅だが、旅客列車は両線とも岡山駅に乗り入れている。
  • **:因美線の正式な終点は姫新線東津山駅だが、列車は津山駅に乗り入れている。

[編集] 廃駅

括弧内は岡山駅起点の営業キロ。

  • 岡山荷扱所(旧・岡山市駅) : 1944年廃止、岡山 - 法界院間 (0.5km)
  • 博覧会場前仮停留場 : 1928年廃止、岡山 - 法界院間(約1.2km)
  • 法界院仮停車場 : 1908年廃止、岡山 - 現・法界院間(約3.2km)
  • 南仮乗降場 : 1934年廃止、建部 - 福渡間 (29.3km)
  • 北仮乗降場 : 1934年廃止、建部 - 福渡間 (29.8km)
  • 高尾仮停留場 : 1937年廃止、佐良山駅付近 (53.3km)

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月27日 (火) 21:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【津山線】変更履歴

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