津島利章

津島利章の最新ニュースをまとめて検索!

津島利章
基本情報
出生 1936年5月22日(73歳)
学歴 日本大学芸術学部
出身地 日本の旗 岡山県
職業 作曲家
活動期間 1960年代 -
  

津島 利章(つしま としあき、1936年5月22日 - )は岡山県出身の作曲家

目次

[編集] 来歴・人物

四国の新浜工業高校電気科を卒業。上京し、東京工業大学を受験するも不合格となり、日本大学芸術学部音楽理論科に入学。音楽を志すつもりはなく、合格後も代々木の予備校に通った。夏休みに黄疸にかかり、翌年春までの闘病となり、工大受験を断念。

日大3年生の折に作曲した『管弦四重奏』が、「毎日音楽コンクール」で入賞。周囲の勧めもあり、作曲家となる。1961年、フジテレビの『宮本武蔵』で注目を浴び、 1964年の『三匹の侍』で東映京都のプロデューサーの目に留まり、誘いを受けて映画音楽家となる。以後様々な映画テレビドラマ音楽を担当している。

多作で知られ、1970年には年間14本の映画音楽を手掛けており、これは総計で約420曲を作曲した計算である。自ら「津島節というものがない」と語り、作曲手法はピアノやギターなど楽器を使わない、他者に見られないものである。譜面はほとんど人に進呈してしまい、手元に残さないという。

代表作の『仁義なき戦い』のほかに津島が印象に残っている作品は『仁義の墓場』、『博奕打ち・総長賭博』だという。「忘れるのも仕事のうち」と語り、これらも代表作という意識はなく、作品ごとで完全燃焼するので個々の仕事はあまり覚えていないという。

[編集] 音楽担当作品

[編集] 映画

[編集] テレビ

[編集] 参考文献

季刊誌「シネマアイ」1982年夏号

最終更新 2009年9月18日 (金) 15:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【津島利章】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!