浅間山
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| 浅間山 | |
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航空機から見た浅間山。溶岩流出跡、前掛山、
仏岩火山、カルデラなどの様子が良く分かる。 |
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| 標高 | 2568m |
| 位置 | 北緯36度24分12秒 東経138度31分34秒 |
| 所在地 | |
| 山系 | 浅間山系 |
| 種類 | 活火山ランクA(カルデラ) |
ウオッちず Google Map 浅間山の位置
浅間山(あさまやま)は、群馬県吾妻郡嬬恋村と長野県北佐久郡軽井沢町及び御代田町の境にある安山岩質の複合火山。円錐型をしている。標高2,568m。世界でも有数の活火山として知られる。
数十万年前から周辺では火山活動が活発であり、それらの火山は浅間烏帽子火山群と総称される。噴火と山体崩壊を繰り返し、現在の姿に至る。大規模な山体崩壊と崩壊土砂が流出した痕跡は、遠く離れた群馬県前橋市の台地上などに厚い堆積物として残っている。現在噴火活動をしているのは、前掛火山である。
目次 |
[編集] 浅間山の周辺
- 浅間山の南麓、長野県側には軽井沢町が、北麓の群馬県側には吾妻郡長野原町北軽井沢があり、風光明媚な避暑地として古くから開発が進んでいる。
- 過去に流出した溶岩流の跡が鬼押出し園及び鬼押出し・浅間園として整備されている。浅間園内に浅間火山博物館がある。
- 火山噴出物が堆積した水平面から湧水が吹き出す白糸の滝が名所となっている。
[編集] 登山
浅間山の火口付近は、火山噴火に伴い、1972年より立ち入りが禁止されてきた。その後沈静期には規制が解除されたこともあるが、その火山活動に応じて地元自治体より火口からの一定の直線距離以内が立入禁止区域として登山規制になることがある。そのため、登山者は最新情報を入手し注意する必要がある。ただし、登山規制が緩和された場合でもあくまでも目安的なものであり、大自然相手に100%の安全を保証するものではなく、登山の安全に関しては自己責任が求められる。
- 軽井沢口:国道146号線「峰の茶屋」コース。
- 浅間山火口周辺立入禁止(火口から2キロメートル以内規制)。
- 小浅間山・石尊山へ通ずる登山道は登山可能。
- 浅間山火口周辺立入禁止(火口から2キロメートル以内規制)。
- 小諸口:「黒斑コース・火山館コース」
- 浅間山火口周辺立入禁止(火口から4キロメートル以内規制)。
- 賽の河原まで登山可能。
- 浅間山火口周辺立入禁止(火口から4キロメートル以内規制)。
[編集] 生物
浅間山はシラビソやオオシラビソを中心とした亜高山帯の自然植生を残し、その周辺にカラマツの天然林が広がり、野生の動物が多数生息している。その中でも、イヌワシやツキノワグマなどの生息地として重要であることから国指定浅間鳥獣保護区(大規模生息地)に指定されている(面積32,218ha、うち特別保護地区947ha)。
[編集] 歴史
[編集] 浅間山の活動史
噴火口の位置と溶岩の性質から、3つに分類されている[1]。
- 黒斑期(-2.1万年前)
- 現在の黒斑山は東に開いた馬蹄形カルデラである。カルデラ形成以前は、現在の湯の平付近に中心火道を持つおよそ2800mの成層火山であったと考えられている。カルデラ形成は2万3千年前。玄武岩質安山岩及びから安山岩質の溶岩。このときに発生した岩屑なだれの痕跡が前橋台地や浅間山周辺の流れ山として確認できる。
- 仏岩期(2.1-1.5万年前)
- 浅間山を南から見ると山体右側に膨らみを確認する事ができる。これが仏岩火山である。黒斑山の山体崩壊後活動を開始した。1万5千年前の大規模噴火からしばらくしてその活動を終える。万座鹿沢口周辺に見られるベージュ色の崖はこのときの噴出物である。この噴火によってカルデラが形成されたと考えられている。
- 前掛期(1.5万年前-現在)
- 安山岩質の複成火山で 仏岩火山の活動終了後、黒斑山と仏岩火山の中間地点である浅間前掛火山(狭義の浅間火山)で噴火が始まった。13層の降下軽石層が確認され、大規模噴火の噴火間隔は700~800年と考えられている[2]。大きな噴火としては4世紀、1108年、1783年のものが知られ、溶岩流、火砕流の噴出を伴っている。1108年の噴火は1783年の噴火の2倍程度の規模で山頂に小規模なカルデラ状地形を形成した。
[編集] 記録に残る主な噴火
- 685年(天武天皇14年:飛鳥時代)(日本書紀)
- 1108年(嘉承3年、天仁元年:平安時代) 天仁大規模噴火。大量の噴出物を伴う大噴火。上野国一帯に噴出物が降り積もり、田畑に壊滅的な打撃をもたらした。「中右記」に記録されている。復興のために開発した田畑を豪族が私領化し、さらに荘園へと発展した。この噴火は上野国の荘園化を促すきっかけとなった。また、長野県側にも火砕流(追分火砕流)が約15Km程駆け下り、湯川、小諸市石峠付近まで達した。
- 1783年9月1日(グレゴリオ暦)(天明3年8月5日) 大噴火。溶岩流(鬼押し出し溶岩流)と吾妻火砕流が発生、群馬県側に流下。長野原町や嬬恋村鎌原地域など吾妻川流域を中心に1,500人の死者を出した(浅間焼泥押)。この溶岩流は火口から溢れた溶岩が直接流下した物ではなく、噴出した溶岩が火口付近に堆積し溶結し再流動して流下した火砕成溶岩であると考えられる。江戸時代の天明年間には東北地方で約10万人の死者を出した天明の大飢饉が起きた。同じ天明年間に浅間山が天明の大噴火を起こしていることから、浅間山の影響で飢饉が起こったと長い間認識されてきた。しかし、天明の大飢饉は天明の大噴火の前に起こっており、また大飢饉の前にアイスランドでラカギガルの大噴火により大量のエアロゾルが放出されていたことがわかったため、気象的条件からもラカギガルの影響が強いと今日では見られている。ラカギガルのエアロゾルはフランスでも不作を招き、後のフランス革命の遠因の一つになったという。また、気象変動ではないが、火山灰はロンドンでも記録されている。
- 1973年(昭和48年)2月1日 爆発、小規模な火砕流発生。6月頃まで活発な活動が続く。
- 1983年 (昭和58年) 4月8日 爆発、福島県の太平洋岸でも降灰を観測。
- 2004年(平成16年)9月1日 噴火確認。9月23日には中規模の噴火[3]
- 2008年(平成20年)8月10日 小規模噴火を確認。(http://www.jma.go.jp/jp/volcano/306-20080810035600-43.htmlより)
- 2009年(平成21年)2月2日 噴火確認。ウィキニュースに関連記事あり。(噴火画像、噴火前後1時間動画、噴火当日24時間動画)
- 噴火記録(太字は被害記録があるもの)は685年、1108年、1281?年、1427年?、1527-1528年、1532年、1596年、1598年、1604年、1605年、1609年、1644-1645年、1647-1649年、1651-1652年、1653または1655-1659年、1669年、1704年、1706年、1708-1711年、1717-1718年、1720-1723年、1728-1729年、1732-1733年、1754年、1776-1777年、1783年(鬼押出し)、1803年、1815年、1869年、1875年、1879年、1889年、1894年、1899年、1900年、1901年、1902年、1904年、1907年、1908年?、1909年、1910年、1911-1914年、1916年、1917年、1919年、1920年、1921年、1922年、1927年、1928年、1929年、1930年、1931年、1932年、1934年、1935年、1936年、1937年、1938年、1939年、1940年、1941年、1942年、1944年、1945年、1946年、1947年、1951年、1952年、1953年、1954年、1955年、1958年、1959年、1961年、1965年、1972年、1973年、1982年、1983年、1990年、2004年、2008年、2009年
[編集] 浅間山の防災
過去の噴火事例から避難経路などを取りまとめたハザードマップの作成が行われている。
また、群馬県側の吾妻川には、過去に山体崩壊に伴い大規模な土石流が流下し、前橋市付近までの広い地域に土砂が堆積した形跡があることから、長期的にみれば極めて大規模な防災対策が必要である。
気象庁、東京大学地震研究所等により365日24時間の観測が行われている。
[編集] 浅間山熔岩樹型
[編集] 信仰と伝承
「あさま」は火山を示す古語とされる。富士山の神を祀る神社が浅間神社(せんげんじんじゃ)と呼ばれるのも同様の理由であり、阿蘇山の「あそ」も同系のことばであると言われる。浅間山も多くの山々と同じく、古くから信仰の対象となっており、浅間神社(通常の浅間神社とは祭神が異なる)が鎮座している。
[編集] 賽銭集め
かつて、山麓のひとびとは、旧暦4月8日、潔斎して、それぞれタケ筒に水をいれ、わらじを水にひたして火気をふせぐ用意をして、登山した。その一日は火気ゆるしといわれた。山頂の穴におりたち、登山者のなげいれた賽銭を取り出すが、紙につつんでなげいれられたものも紙がこげないまま取り出される不思議があったと、「年中行事大成」にある。
[編集] 日本各地の浅間山
日本各地に浅間山と命名された山が点在するが、富士講(富士山信仰)のあった地域が主である。
「浅間山 (曖昧さ回避)」を参照
[編集] 画像ギャラリー
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日本海側より見る浅間山 |
[編集] 関連項目
- 鬼押出し園
- 鬼押出し・浅間園
- 利根川
- 利根川東遷事業
- 天明の大飢饉
- あさま
- あさま山荘事件、軽井沢町南部の別荘地レイクニュータウンで発生したものである。
- 日本百名山
- 鎌原観音堂
- 地質・鉱物天然記念物一覧
- 日本の地質百選
[編集] 参考文献
- 国立天文台編 『理科年表 平成20年』 丸善、2007年、ISBN 978-4-621-07902-7。
- 根岸鎮衛 『耳嚢』全3冊 長谷川強校注、岩波書店〈岩波文庫〉、1991年。 - 江戸時代の随筆。浅間山の噴火についての逸話を収録。
[編集] 脚注
- ^ 前掛火山噴出物と仏岩火山および黒斑火山噴出物の全岩化学組成の比較.MgO vs. SiO2図日本大学文理学部地球システム科学教室
- ^ 浅間前掛火山の噴火様式と噴火史日本大学文理学部地球システム科学教室
- ^ 2004/09/02 : 浅間山噴火における震動波形防災科学技術研究所
[編集] 外部リンク
- 気象庁
- 国土地理院
- 自治体
- 浅間山監視カメラ映像 (長野県佐久建設事務所)
- 群馬県消防防災課
- 軽井沢町
- 軽井沢町役場 浅間山噴火予報・噴火警報
- 小諸市 浅間山登山情報
- その他の公的機関、研究団体等
- 民間など
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