浪曼劇場

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浪曼劇場(ろまんげきじょう)は、日本の劇団1968年結成、1972年解散。


[編集] 概要

1963年、『喜びの琴』上演中止により文学座を退座した三島由紀夫矢代静一賀原夏子中村伸郎らは、1964年にNLTを結成、独自の演劇活動を開始する。

しかし、やがてこのNLT内部で路線対立が起こる。海外の喜劇作品を中心としたレパートリーを志向する賀原らと、三島作品の上演を望む中村らとの演劇観の違いから、NLTは分裂することとなった。NLTでは顧問として裏方に徹していた三島は、表に立って「三島由紀夫を中心とする劇団」の結成に踏み切ることとなり、1968年4月、NLTから脱退して劇団浪曼劇場の旗揚げを宣言した。

旗揚げ公演は翌1969年1月、三島の書き下ろしによる『わが友ヒットラー』。その後も、『朱雀家の滅亡』、『サド侯爵夫人』、『薔薇と海賊』など、三島作品を中心に上演を続けるが、1970年11月25日、三島が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で衝撃的な自害を遂げたことで、劇団は大きく揺れた。

三島の自害以前から既に決定していた、1971年3月公演の『サロメ』は、急遽三島由紀夫追悼公演となった。公演が行われた紀伊國屋ホールには多くの観客が詰め掛け大盛況となったが、精神的支柱であった三島を突然失ったことで、その後の劇団の行く末は全く見えなくなってしまった。1972年、劇団浪曼劇場は解散。実質的な劇団としての活動期間は、わずか3年足らずだった。

[編集] 浪曼劇場参加者

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最終更新 2009年7月2日 (木) 11:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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