海原お浜・小浜
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海原お浜・小浜(うなばらおはま・こはま)は、上方の女流漫才師。
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[編集] メンバー
- 海原お浜(うなばら おはま、本名梅本キミコ。1916年5月22日 - 1994年9月14日)岡山県高梁市出身。
- 海原小浜(うなばら こはま、本名田中桃江。1924年4月15日 - )岡山県高梁市出身。石川玉若は夫。
[編集] 来歴
月の家桃子として4歳でデビューし舞台などで活躍していた小浜が、当時17歳の叔母のお浜と1933年コンビ「ハッピー姉妹」結成。奈良県高田市高田劇場でデビュー。戦前・戦時中の敵性語忌避の風潮により、「愛国お浜・小浜」と改称。その後「海原お浜・小浜」となった。 戦後、漫才作家秋田實が書き下ろしたロマンスシリーズなどで人気を博す。
1976年、お浜の白内障による引退に伴いコンビ解消(その後、お浜は1994年に死去)。1978年、サヨナラ公演を行った。小浜はその後司会者・タレントとして活躍、現在でも芸能界で活動を続けている。所属事務所はケーエープロダクション。
2006年3月、上方演芸殿堂入りを果たした。その際に小浜は「最近の若手は勉強が足りん」と辛口なコメントを残した。
[編集] テレビ・ラジオ・ドラマ
- 「チンドンヤ万才」(1961年、読売テレビ)
- 「夫婦百景」(1961年、読売テレビ)
- 「お浜・小浜の先客万来」(1965年 - 1972年 毎日放送)
- 「ドーンとしゃべって90分」(1975年から後に「海原小浜の太陽におはよう」とタイトルを変え1995年まで、ラジオ関西)ラジオ関西の土曜の朝の顔として長らく活躍。
- 「夫婦でドンピシャ!」(1976年 - 1982年、朝日放送)
- 「おてんば人生」(1978年、日本テレビ)
- 「2時のワイドショー」(1979年 - ??、読売テレビ)
- 「大奥」(1983年、関西テレビ)
- 「わが歌ブギウギ」(1987年、NHK)
- 「部長刑事」(1980年10月25日、朝日放送)
- 「見上げればいつも青空」(1987年、読売テレビ)
- 「いっしょに住もうよ」(1991年6月23日、毎日放送)
- 「ああ重度痴呆病棟」(1991年、FBS福岡放送)
- 「許さへんで悪質商法」(1991年、毎日放送)
- 「ヒロイン! なにわボンバーズ」
- 「真夏のクリスマス」(2000年、TBS)
- 「オクト暮らしのショッピング」
他多数
[編集] 関連人物・海原一門
- 海原さおり・しおり
- 海原かける・めぐる(かけるは小浜の息子、めぐるの名は二代あり初代が後の玄ゴローで二代が後の池乃めだか)
- 海原はるか・かなた
- 海原千里・万里(千里は後の上沼恵美子)
- 海原やすよ・ともこ(小浜の孫であるが、師匠は中田ボタン)
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月20日 (金) 07:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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