海原やすよ・ともこ

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海原やすよ・ともこ(うなばら やすよ・ともこ)は、実の姉妹による漫才コンビ。どちらも大阪府寝屋川市出身。所属事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー

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[編集] メンバー

妹。ツッコミ担当(結成当時はボケ)。
2005年12月オリックス・バファローズ宮本大輔投手と結婚。
  • 海原 ともこ(本名:前田 智子(まえだ ともこ/旧姓:梅本(うめもと))、1971年12月27日 - )淀之水高等学校卒業
姉。ボケ担当(結成当時はツッコミ)。
2003年に1度離婚したが、2006年8月16日に、元男闘呼組前田耕陽できちゃった再婚(前田もバツイチなのでお互い再婚)。2007年4月12日、第1子となる女児を出産。6月7日よみうりテレビなるトモ!』より復帰。

[編集] 概要

  • 海原お浜・小浜の小浜の孫で、「海原かける・めぐる(後の池乃めだか)」のかけるを父、マジシャンワンダーのり子を母に持ち、母方の母にワンダー天勝がいる。親子3代で漫才師であり、親子3代で上方漫才大賞を受賞している、いわゆるお笑い界のサラブレッドである。
  • 幼い頃から2人でよく漫才をしており、1992年2月に正式にコンビ結成。師匠は中田ボタンであり、本来ならば「中田やすよ・ともこ」となるはずだが、「女流漫才の名門である海原姓を名乗ったほうが良いと思う。おばあちゃん(小浜)に海原姓を名乗っていいかどうか、相談しておいで」という師匠の計らいと、それを快諾した小浜のおかげで海原姓を名乗る運びとなった(小浜は2代目『海原お浜・小浜』を名乗っても良いとまで言ったそうであるが、やすよ・ともこの2人が拒否したとの事、このエピソードは朝日放送の番組『ナンバ壱番館』で紹介されている)。従って、海原小浜の弟子ではなく、海原一門とも直接的な関係はない。またコンビ名で妹・やすよの名が先にくるのはボタンへの師事がやすよが先・ともこが後であったからだったことに起因する。
  • 結成当初はやすよがボケ、ともこがツッコミを担当していたが、2年目から現在のスタイルに交替。
  • 大阪NSC10期生は先輩に当たるが、水玉れっぷう隊とはデビューがほぼ同時期である。中川家ケンドーコバヤシたむらけんじら11期生は厳密には後輩であるはずだが、やすよはほぼ同期として扱われている(ともこは先輩として扱われている。)。きっかけは、たむらがやすよを呼び捨てで呼ぶようになったためであるという。
  • やすよは16歳で姉と一緒にデビューしたこともあり、年上の後輩が比較的多い。(千原兄弟千原ジュニアが同様のケースにあたる)
  • 元漫才師の高僧・野々村の2人とはすんげー!Best10出演時より交流があり、野々村は芸人を引退した後も構成作家としてやすよ・ともこの漫才を2人と共同で制作していた。現在は構成作家としても一線を退いているが、やすともの漫才作家の仕事だけは継続している。高僧と交流があるかは不明である。
  • ネタは、最新の芸能ネタを前振りにして、そこから転じて「東京と大阪の女の子の違い」や「大阪のオバチャンの生態」を示すものが多い。大げさに大阪の女の子やオバチャンを表現するともこのボケを、やすよが宥める。
  • 格闘家の武蔵TOMO兄弟と仲が良く、ともこは梅宮アンナとも親交が深い。
  • 二人とも華流スターのファン(特に姉ともこがF4の大ファン)で、同じF4ファンからはファン代表のように慕われている。
  • 姉妹で大阪・天満橋にある「ちゃんこ家unabara」をプロデュースしている(経営者は実父)。
  • また、2009年11月1日に大阪・梅田のヨドバシカメラ7階に、プロデュースするモンブランの専門店をオープンしている。
  • ともこは結婚(再婚)の際、前田耕陽と付き合っていることを、『なるトモ!』で同じ番組に出演している芸能リポーター駒井千佳子に相談していた。

[編集] 受賞歴

[編集] 出演テレビ番組

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月22日 (日) 14:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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