清武町

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清武町
きよたけちょう
日本
地方 九州地方
都道府県 宮崎県
宮崎郡
団体コード 45301-3
面積 47.81km²
総人口 28,701
推計人口、2009年10月1日)
人口密度 600人/km²
隣接自治体 宮崎市日南市
町の木
町の花 ウメ
他のシンボル
清武町役場
所在地 〒889-1696 宮崎県
宮崎郡清武町大字船引204番地
清武町役場
電話番号 0985-85-1111
外部リンク 清武町
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町中心部

清武町(きよたけちょう)は、宮崎県南東部にある宮崎郡に属する。宮崎県内では数少ない人口の増加が続く自治体であり、隣接する宮崎市ベッドタウンでもある。

目次

[編集] 地理

宮崎県の南東部に位置し、町中心部は清武川の沖積平野に位置する。南部は鰐塚山地が広がる。町域は東南北から宮崎市に挟み込まれるような形となっており、宮崎市のベッドタウンとして発展し続けている。近年発展の中心は加納地区となっており、典型的な近郊型中規模小売店が目立つ。

  • 河川:清武川
  • 山:荒平山

[編集] 隣接する自治体

[編集] 歴史

江戸時代には加納・木原・今泉が飫肥藩に、船引が延岡藩(後に天領)に属していた。

飫肥藩領は清武郷として統治され、中野地区に地頭所がおかれた。清武郷の範囲には現在の宮崎市南部(大淀川南岸から青島地区、旧田野町にかけての地域)も含まれており、飫肥藩における北の拠点として機能していた[1]飫肥城から清武までは飫肥街道(現在の県道27号宮崎北郷線などにあたる)で結ばれていた。

[編集] 近現代

廃藩置県で飫肥藩・延岡藩はそれぞれ飫肥県・延岡県となるがすぐに都城県が発足。1873年に宮崎県(初代)が設置されるが、1876年に鹿児島県に併合された。1883年5月に宮崎県は再置され、1889年に町村制施行により加納・船引が北清武村、今泉・木原が南清武村として発足した。更に2年後の1891年7月4日に北清武村・南清武村が対等合併し清武村が発足した。現在の清武町域はこの時点でほぼ確定することとなる。

1895年には清武小学校・大久保小学校・黒坂小学校(1957年に閉校)をそれぞれ設置。1907年8月には清武川上流に黒北発電所が完成し、宮崎県で初めて一般家庭に送電されるようになった。このときは宮崎町(現・宮崎市)向けに送電しており、清武村へは1914年9月に送電を開始している。現在の日豊本線は宮崎-清武間が1915年に、清武-青井岳間が1916年に開通した。当時村内に設置されたのは清武駅のみであり、日向沓掛駅は1965年10月1日に、加納駅は1989年に開設されている。太平洋戦争では1945年4月に加納地区が空襲の被害を受けた。

1950年当時の西新町(役場付近)
池田台

1950年5月3日に町制を施行。1965年に宮崎学園女子短期大学(現・宮崎学園短期大学)が開学したのをきっかけに学園都市としての発展が始まる。1974年には宮崎医科大学(現・宮崎大学医学部)が、1994年には宮崎国際大学が開学した。1980年代からは「池田台」などの開発が要因となり宮崎市のベッドタウンとしての発展もみられ、人口増の対策として1985年には加納小学校(2代目)、1999年に加納中学校がそれぞれ開校した。同時期には宮崎SUNテクノポリスとして、更に木原地区が宮崎学園都市として工業団地が整備された。

交通面においても発展が見られ、1981年には宮崎自動車道が、2000年には東九州自動車道が開通し町内にインターチェンジが設けられた。町内を東西に貫く国道269号も改良が進められており、2008年7月には4車線規格のバイパス道路が完成した。

平成の大合併では、2004年11月の住民投票の結果[2]を受けて15代町長一ノ瀬良尚が2004年12月に自立の意を表明した。しかし、2007年5月に町長が合併推進派の鐙和俊に交代したことにより、再び宮崎市との合併を目指している。2009年2月には2度目の住民投票が実施され「宮崎市との合併に賛成」が「反対」を393票上回った。これを受けて同年3月に宮崎市議会・清武町議会で合併関連議案を議決、同年7月31日に総務大臣による告示がなされ、合併がほぼ確定した[3]。現時点では2010年3月23日に宮崎市へ編入される予定である[4]

[編集] 行政

  • 町長:鐙和俊(2007年から、1期目)

[編集] 経済

人口や立地条件の割に産業が発達している。

[編集] 産業

昭和シェルソーラー
工業

宮崎SUNテクノポリス構想の中核として半導体医薬品などの工場が数多く立地している。

農業

日向夏切干大根などが中心。2007年1月13日、町内の養鶏場でトリインフルエンザが発生した。

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 海外

[編集] 地域

[編集] 人口

清武町と全国の年齢別人口分布 清武町の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 清武町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 14,528人
1985年 16,629人
1990年 22,507人
1995年 27,127人
2000年 28,755人
2005年 28,696人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 地名

  • あさひ
  • 池田台
  • 池田台北
  • 大字今泉
  • 大字加納(郵便番号表で加納(番地)と記される。)
  • 加納(郵便番号表で加納(丁目)と記される。)
  • 大字木原
  • 正手(しょうで)
  • 新町
  • 大字船引

[編集] 教育

[編集] 大学

宮崎国際大学
国立
私立

[編集] 中学校

加納中学校
町立

[編集] 小学校

学制発布後、中野(明教堂が前身)・木原・今泉・船引・沓掛・加納の6か所に小学校が設置され、1895年に清武・大久保・黒坂の3小学校に再編された。

黒坂小学校は1957年に閉校。1985年に清武小学校から加納小学校(2代目)が分離開校した[5]

町立

[編集] 交通

[編集] 鉄道

[編集] バス

[編集] 路線バス

[編集] 道路

[編集] 高速道路

[編集] 一般国道

国道269号の渋滞(加納バイパス開通前)
  • 国道269号 - 東西を貫く。加納地区を中心に発生していた渋滞の対策として、2008年7月に加納バイパスが完成した。

[編集] 県道

主要地方道
  • 宮崎県道13号高岡郡司分線 - 宮崎市高岡町から南下し、町中心部からは東進する。
  • 宮崎県道27号宮崎北郷線 - かつての飫肥街道。

[編集] 清武町出身の有名人

[編集] 脚注

  1. ^ ひむか神話街道を巡る旅<清武町> - みやざき観光コンベンション協会。
  2. ^ 「合併しない」が「田野町(2006年に宮崎市に編入)との合併」「宮崎市・田野町との合併」を上回った。
  3. ^ 官報(平成21年7月31日、第5124号)
  4. ^ 市町村合併の経緯 清武町公式サイト内。
  5. ^ 清武小学校 学校沿革 清武小学校公式サイト内。

[編集] 関連項目

[編集] 参考資料

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年10月9日 (金) 16:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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