清水圭

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しみず けい
清水 圭
本名 清水圭太
別名 圭ちゃん、圭さん、圭
生年月日 1961年6月24日(48歳)
出生地 京都府宇治市
国籍 日本
血液型 A型Rh-
活動期間 1984年 - 現在
活動内容 タレント
配偶者 香坂みゆき

清水 圭(しみず けい、1961年6月24日 - )は日本のタレント吉本興業所属。本名、清水圭太(しみず けいた)。京都府宇治市出身。血液型はA型Rh-。


目次

[編集] 人物・略歴

同志社香里中学校・高等学校同志社大学商学部卒。

大学卒業後、アパレルメーカーに就職。2年のサラリーマン経験を経て、1984年6月同志社大学後輩の和泉修漫才コンビ清水圭・和泉修(略称:圭・修)」を結成。1986年には、新人の登竜門である今宮子供えびすマンザイ新人コンクールで優勝するなど、関西で多数のレギュラーを抱える人気コンビとなる。

1987年8月~1988年4月までニッポン放送のラジオ番組、「圭・修のオールナイトニッポン」でパーソナリティーを努めるなど東京進出も果たしたが、大成せず東京から一時撤退。再び活動の場を関西に移した。

1993年に清水が東京に再進出してからは、それぞれ単独での仕事(主にクイズ番組のパネラー、レポーターなど)が多くなり、同年にコンビとしては活動休止状態となり、2001年に正式に解散。和泉は2001年高山トモヒロ(元ベイブルース)と漫才コンビ「ケツカッチン」を結成して活動中。

1994年、香坂みゆきと結婚。現在2児の父である。

サッカーゴルフサーフィン等をこなすスポーツマンタレントとしても知られる。小5より地元の少年サッカークラブに所属しサッカーを始める。同志社大学在学中はサッカー同好会・三ツ葉キッカーズに所属し、同好会ながら日本一に輝いた。現在は俳優の勝村政信らと葛飾シニア・リーグのサッカーチーム「F.C.ALIANZA」で活動している。

[編集] エピソード

  • 学生時代に「ラブアタック!」に出場した経験がある。この番組の常連で名物みじめアタッカーだった百田尚樹とは、後に「合コン!合宿!解放区!」、「探偵!ナイトスクープ」など数多くの仕事をすることになる。他にも清水K太の名でKBS京都にて大学紹介番組の司会や、ラジオ番組のパーソナリティをした経験もあり、当時の関西の大学生の間では有名な存在だった。
  • 若手時代、他の芸人との付き合いは相方である和泉に任せ、清水自身は漫才コントのネタ作りに集中していた。そのため周囲の芸人から「付き合いが悪い」、「根性が悪い」など揶揄され孤立した時期があった。もう芸人を辞めてしまおうと決意しかけた頃、相談した先輩の島田紳助に「友達を作りにこの世界に入ったわけじゃないやろ。お前才能あるんやから辞めるな。」とアドバイスされ思い留まったという。自称“吉本興業の離れ小島”と呼ぶほど、他の吉本の芸人とはあまりつるむこともなく、吉本内の特定の派閥にも属さない。
  • ダウンタウンがメイン司会の「4時ですよ~だ」を途中降板し、関西テレビの「素敵!KEI-SHU5」のメイン司会を始めたことにより、当時は視聴者や関西マスコミの間でダウンタウンと圭・修の不仲が噂された。また、ダウンタウンが「あいつら、辞めて勝手に番組しやがって」と発言したり、圭・修を貶すような発言で笑いを取るなどした為、さらにこの対立構図を煽る結果となった。ダウンタウンの東京進出後も、関西に柱が欲しかった吉本の制作班編成や売り出し方針に過ぎなかった。その後もこの二組は共演することも珍しくなく、松本が「昨日、圭と遊んだ」とラジオ番組で発言するなど、プライベートでの付き合いもあったようである。また、ジョージアの「明日があるさ」シリーズでは、ダウンタウンと圭単独で共演している。
  • 実際に険悪な仲だったのは森脇健児で、「素敵!KEI-SHU5」の同時間帯によみうりテレビ松竹芸能が「ざまぁKANKAN!」という番組をぶつけ、同番組のメイン司会であった森脇がダウンタウンの圭・修貶しネタに便乗する形で、圭・修を挑発し続けたことが原因である。圭・修が「あどりぶランド」にゲスト出演した際、アナウンサーが「ダウンタウンや森脇との実際の仲は?」と質問し、清水が「ダウンタウンさんは同じ事務所の先輩で尊敬してるし、洒落でやってはるからいいけど、あいつ(森脇)だけは許せない」と答え、和泉も「もしこの世界を辞める事があるとすれば、あいつを殴った時」などと語っていた。これらの過激な言動と視聴率争いで「ざまぁKANKAN!」に敗れたことも影響して、一時期関西で圭・修の仕事が激減したこともあった。後に清水は「夢がMORIMORI」のキックベースコーナーに「週刊スタミナ天国」チームで参加した際や、「笑っていいとも」の特番時などに森脇と共演している。
  • クイズ番組での正解率が高く、レギュラー出演していた「平成教育委員会」で最終回に発表された総合成績では、途中参加という不利な条件ながら歴代四位に輝いた。
  • 徳光和夫が「クイズ$ミリオネア」に出演した際、テレフォンとしてサポートするも間違った答えを教えてしまい徳光を敗退させてしまう。その後、清水自身がリベンジで出演するも、今度はテレフォンを任せた大学の同級生である大八木淳史に間違った答えを教えられ、僅か9問目の10万円で敗退してしまう。ちなみに妻である香坂は500万円を獲得した。
  • 実家が平等院のすぐ近所であることから「10円玉をよく見たら、ウチの実家も描かれている」とボケるネタがある。
  • 清水の父親は京都の祇園で有名な遊び人だったそうで、上岡龍太郎高橋英樹とも顔見知りだった。
  • 浅草橋ヤング洋品店」でテリー伊藤サリン事件を起こす前のオウム真理教の「水中クンバカ」よりヒントを得て企画した水中息止め対決「江頭グラン・ブルー」では、エンゾ清水として江頭2:50のライバルとなり、3分を越える記録を出すなど文字通りの死闘を繰り広げた。2009年3月5日放送の「奇跡体験!アンビリバボー」では久しぶりに水中息止め(水面器による簡易的なもの)に挑戦し、バナナマン、カンニング竹山を一蹴した。
  • 独身時代、ヒロミとマンションの隣りあわせに住んでいた。二人で木梨憲武の船上結婚披露宴の司会もつとめた。
  • 妻である香坂と知り合ったきっかけは、「週刊スタミナ天国」のハワイでのゴルフロケ。香坂はこの仕事の依頼を受けた時、清水圭のことを全く知らず、親友だった故・可愛かずみに「清水圭って人知ってる?」と電話で聞いたそうだ。清水と関西ローカルの「しまうまのおしり」で共演経験があった可愛に「え~?知らないの?関西で凄い人気あるんだよ、面白くていい人だよ」と教えてもらい、香坂はこの仕事を受けることを決めた。後に可愛かずみの存在なくしては二人の結婚は無かったと故人を偲んでいる。
  • 香坂への最初のアプローチは「あなたの住所を教えてください」だった。電話番号を聞くよりも相手に印象が残せることと、比較的教えてもらいやすいという点で、そうアプローチしたと発言している。
  • 香坂との結婚が決まった清水は、当時「探偵!ナイトスクープ」で共演していたキダ・タローに報告するも、キダは歌手の香西かおりと勘違いした。後に音楽関係者が集うパーティの席で偶然会った香西に「水臭いな、なんで挨拶に来おへんねん」と絡んだそうだ。
  • 1998年フランスW杯で吉本興業が「清水圭と行くフランスワールドカップツアー」を企画するも、チケット問題に巻き込まれツアーが中止になった。元々、交友のあった当時の日本代表キャプテン井原正巳経由で自身のチケットを確保していたにもかかわらず、ツアー客と事前に行われた決起集会で意気投合、井原氏からのチケットをキャンセルした後の出来事で、チケットが確保できないままの渡仏を余儀なくされた。
  • 2002年のW杯で中村俊輔が代表から落選し、サッカー好きを自称する芸能人が異論を唱える中、「俊輔は選ばれないのが当然」と主張。周りに流されず理路整然と自らの意見を貫いた姿勢に、多くのサッカーファンから支持を集めた。また、落選して気落ちしていた中村俊輔に「こんな時こそ堂々としていなければ」と、同日である誕生日を祝い励ますなど交流がある。その中村俊輔から「芸能界で一番サッカー上手い」と言われたこともある。
  • プロ野球では読売ジャイアンツのファン。アクセス (ラジオ番組)にゲスト出演した際、「なぜ関西出身で巨人ファンなのか?」というパーソナリティの質問に対し、「阪神が京阪神じゃなかったから、巨人ファンになった。」という発言をしている。
  • ディズニーアニメのキャラクターであるグーフィーのファンで、グッズを集めている。
  • 愛用しているPCMacintosh
  • 週刊SPA!を愛読している。
  • 彼が愛用しているアメリカ車に自分と同じ名前のスズキ・Keiエンブレムを装着している。
  • 小学校時代、空気が読め、とにかく面白い児童としてクラスの人気者だったが、ギャグの一環で女子に対してスカートめくりをしていたのを相手が本気で嫌がったことで、ホームルームの時に摘発されてしまった。それ以後女性不信の状態が長い間続いたという。そのため、初めて彼女が出来たのは大学生になってから、初体験は23歳のときだったという。
  • タモリ倶楽部」の名物コーナー「空耳アワー」に、「空耳俳優」としてワンカットのみ出演している。レイ・パーカー・ジュニアの"She needs to get some"と言う曲の冒頭、歌が入る部分の歌詞が「清水圭さん」と聞こえると言うものがそれ。

[編集] 現在の出演テレビ番組

[編集] 過去の出演テレビ番組

[編集] ラジオ番組

[編集] テレビドラマ

[編集] 映画

[編集] 舞台

  • 悲しくて うれしくて~My favorites in our hard days(1988年12.27~30 MIDシアター)槍魔栗三助(現・生瀬勝久)らと共演
  • 援護レスサマー ENGO LESS SUMMER —誰も助けてくれなかった夏—(2003年08月24日 銀座ガスホール)

[編集] CM

  • ナムコ「ファミリーマージャン」(1987年)
  • サンヨーオートセンター「中古車」(1990年)
  • 日本コカ・コーラ「GEORGIA」(2000年)
  • 日清食品「出前一丁」(2004年 香坂と夫婦共演)
  • ダイエー「50周年感謝祭」(2007年 香坂と夫婦共演)

[編集] 著書

  • 「やがてテレビに出るキミたちへ!」(1994年 ぶんか社
  • 「なんでやねん」(1998年 青心社

[編集] 関連項目

[編集] 関連人物

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月13日 (金) 13:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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