清水市
清水市の最新ニュースをまとめて検索!
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
清水市(しみずし)は、静岡県中部(旧駿河国)にかつて存在した市。現在の静岡市清水区の大半で、旧蒲原町および旧由比町を除いた部分に当たる。
2003年4月1日、静岡市(〜2003年3月)との合体合併(新設合併)により、新市制下の静岡市(2003年4月〜)の一部となった。静岡市と清水市を合わせて静清〈せいしん、せいせい。[1]〉という呼称があり、それから静清合併と呼ぶことがある。
目次 |
[編集] 概要
日本平の東麓に位置し、富士山を望む港町である。清水地区は天然の良港である折戸湾を持ち、古くから海運中継地として発展した。一方、江尻地区は東海道江尻宿の宿場町として発展した。
本市出身の漫画家さくらももこ原作の漫画「ちびまる子ちゃん」の舞台として有名である。また、日本でも有数のサッカー王国としても知られ、Jリーグ草創期には「日本のブラジル」とも呼ばれた。
[編集] 地理
駿河湾岸に位置し、平野部から山間部まで広い地域を占める。富士山の眺望が良く、「富士山と太平洋」の絵画や写真は、清水港とセットとなっている物が多く見られる。また、東の横浜に比較的近い点から、特に港湾・観光・娯楽の面では、横浜と対比されることもある。
[編集] 地域
市域が広いので、鉄道駅を基準にした地域ごとに見る場合もある。
[編集] 姉妹都市・友好都市・提携都市
- 国外
- 国内
[編集] 歴史
- 古代
なお、日本書紀には663年有名な朝鮮「白村江の戦い」に当地から廬原君臣に率いられた万余の健児(兵士)が出港して行ったことが記述されている。
- 江戸時代まで
- 明治から第二次大戦まで
- 1889年2月1日:東海道本線が開通し、江尻駅(現清水駅)が開設される。
- 1889年10月1日:町村制施行に伴い、有渡郡に清水町・入江町・不二見村・三保村が発足、庵原郡に江尻町が発足した。
- 1893年4月9日:江尻町から辻村が分立する。
- 1896年4月1日:有渡郡が廃止され、安倍郡に編入される。
- 1899年:清水港が貿易港の指定を受ける。
- 1918年8月1日:辻村が町制を施行し、辻町となる。
- 1924年1月13日:安倍郡入江町が庵原郡江尻町・辻町を編入する。
- 1924年2月11日:清水町、入江町、不二見村、三保村が合併し、清水市となる。全国で第101番の市制施行だった。
- 1945年7月7日:清水大空襲。市街地や港湾を中心に被災した。
- 第二次大戦後
- 1952年2月1日:清水港が特定重要港湾に指定される。
- 1954年2月11日:庵原郡飯田村を編入する。
- 1955年4月1日:安倍郡有度村、庵原郡高部村を編入する。
- 1958年4月1日:旧有度村のうち中吉田・平沢・谷田の一部・中之郷の一部が分離し、静岡市に編入される。
- 1961年6月29日:庵原郡興津町、袖師町、庵原村、小島村、両河内村を編入する。
- 1969年4月25日:東名高速道路清水IC開通。
- 1993年1月1日:中之郷・谷田・草薙の一部が分離し、静岡市に編入される。
- 2001年4月1日:特例市となる。
- 2003年4月1日:清水市と静岡市(~2003年3月)が合併(新設合併)し、静岡市(2003年4月~)が設置され、その一部になる。
- 2005年4月1日:静岡市が政令指定都市に移行、旧市域は清水区となる。
[編集] 歴代市長
- 大島要蔵(1924.7.7~1925.9.9)
- 山田勝四郎(1926.1.13~1929.3.8)
- 塩原時三郎(1929.10.12~1932.2.22)
- 大石恵直(1932.3.18~1937.6.14)
- 山田勝四郎(1937.7.11~1946.11.13)
- 山本正治(1947.4.6~1955.4.7)
- 鈴木平一郎(1955.4.30~1959.4.30)
- 稲名徹(1959.5.1~1960.7.22)
- 稲名亀造(1960.9.15~1964.9.12)
- 池上善作(1964.9.13~1965.7.6)
- 佐藤虎次郎(1965.8.20~1977.8.19)
- 稲名嘉男(1977.8.20~1985.8.19)
- 宮城島弘正(1985.8.20~2003.3.31)
[編集] 経済
農業・工業・商業の三面が斉った都市として、一部の地理教科書で採り上げられたこともある。
[編集] 第一次産業
みかんの生産が知られるが、日本平界隈や山間部では緑茶の農地も多く見られる。清水港は、鮪の輸入日本一で知られ、緑茶の輸出も行われている。また、バラの生産量はかつて日本一であった。
[編集] 工業
臨海部の大企業は戦時中は軍需工場であったが戦後はその技術を引き継ぐ民生品製造工場として残っている。 なお、昭和20~30年代には更に各種工場が建設され、清水の工業生産高は一時県下一を誇ったが、産業構造の変化によりその地位を失った。 また、江尻漁港を抱え「魚の缶詰」などの食品工場も立地している。が、その割合はごく小部分を占めるにすぎない。なお、全体の工業生産高は一時の底を脱し近年は微増に転じている。
[編集] 商業
清水駅を軸に商店街が形成されているが、百貨店は存在せず、市街地型ショッピングセンターとして西友が清水駅前交差点の脇に立つ。しかし、市内には郊外型大規模店が多く進出しており、中心部は現在劣勢である。近年では、長崎屋、丸井、セイフー、ダイエーの4軒が、相次いで閉店した。
更に、静清合併の暁には、東静岡駅界隈に中枢機関を移転する構想が持ち上がっており、この際には清水市街地、静岡市街地と列ぶ第三極が形成されるため、静岡市街地と共に衰退を危ぶむ声も出ている。
[編集] 本社を置く主な企業
[編集] 娯楽
日本で五指に入る「サッカー王国」として有名であり、Jリーグチームの清水エスパルスの本拠地である。市内の小中学校やグラウンドには、夜間照明が整備されており、長期に渡ってインフラ面を整備して来たことが特徴である。
後に「清水三羽烏」と呼ばれた長谷川健太・堀池巧・大榎克己の三人を擁した清水FCが、全日本少年サッカー大会で全国優勝している。1987年から、毎年8月には、清水カップと題した全国少年少女草サッカー大会も開かれている。
しかし、2000年頃からは、清水を初めとする静岡県中部勢の全国大会における低迷、エスパルスの低迷など、明るい材料が少ない。2005年に長谷川健太がエスパルス監督となり、再建に乗り出している。
[編集] 観光
[編集] イベント
- 清水七夕まつり
- 清水みなとまつり
- 羽衣まつり
[編集] 観光地
- 日本平 日本武命(やまとたけるのみこと)の名を残し、富士山・三保の松原の絶景を望む丘陵地
- 三保の松原(日本三大松原)
- 龍華寺(高山樗牛ゆかりの寺)
- 鉄舟寺(山岡鉄舟ゆかりの寺)
- 梅陰寺(清水次郎長墓)
- 末廣(清水次郎長の経営した船宿。復元)
- エスパルスドリームプラザ
- 清水市日本平運動公園球技場(日本平スタジアム)
- 清水ナショナルトレーニングセンター(通称J-STEP)
- 船越堤公園(桜の名所)
- 西里温泉
- 清水市民文化会館(現・静岡市清水文化センター ※創価学会の施設が「清水文化会館」という名称であるため、改名した。)
- 三保文化ランド
- 清見寺(起源は7世紀ころと言われる。朝鮮通信使ゆかりの寺)
- 坐漁荘(西園寺公望の別荘)
- 薩埵峠(さったとうげ)
- 独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所カンキツ研究興津拠点(旧農商務省農事試験場園芸部)
- 日米友好のため旧東京市からアメリカ合衆国に贈られワシントンD.C.のポトマック川畔に植えられた桜の育苗地。
- 贈られた桜の兄弟桜やアメリカ合衆国から返礼に贈られたアメリカヤマボウシ(ハナミズキ)が現存する。)
- 東海道広重美術館
[編集] 博物館
- 東海大学海洋科学博物館
- 東海大学自然史博物館
- 清水港湾博物館
- フェルケール博物館
- 清水視聴覚ライブラリー
[編集] 土産
- 追分羊羹
- 茶
[編集] 交通
[編集] 鉄道
- 中心駅:清水駅
- 路線
[編集] 道路
- 道路元標:清水駅前交差点
- 路線
[編集] 学校
(高等学校以上のみを掲載する。小学校と中学校は「清水区」を参照すること。)
- 高等学校
公立
- 静岡県立清水東高等学校
- 静岡県立清水西高等学校
- 静岡県立清水南高等学校
- 静岡県立清水工業高等学校
- 清水市立商業高等学校(通称「清商」、現・静岡市立清水商業高等学校)
私立
- 清水国際高等学校
- 東海大学付属翔洋高等学校
- 静岡星美高等学校(現・静岡サレジオ高等学校)
- 大学
- 東海大学(海洋学部)
- 各種学校
- 国立清水海員学校
[編集] 清水を舞台にした作品
- ちびまる子ちゃん(さくらももこ)
- トライアルかおる!(山本よしふみ)
- ピンチランナー(撮影協力)
- ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃
- ビー・バップ・ハイスクール(きうちかずひろ)
- 当作品は、清水が舞台になったのではなく、作者が清水出身で、作者のイメージする風景が清水周辺だった事から、撮影地となったに過ぎない。舞台設定は、東京近郊の中都市である。
[編集] 関連項目
- 東海道
- 焼津市(焼津港)
- 横浜市(横浜港)
- 銚子市(銚子漁港)
- 日本の廃止市町村一覧
- 静岡県の廃止市町村一覧
[編集] 補足
- ^ 「静清」には「せいしん」と「せいせい」の二通りの読み方がある。「せいしん」と読まれる機関は静清信用金庫や静清バイパスなどであり、「せいせい」と読まれる機関は静清中央卸売市場、静清合併協議会、静清工業高等学校などである。 第三者からは、清水(しみず)から「しん」という風に、「せいしん」と読まれることが多い。しかし、戦後の学校教育において「清」の音読みは「せい」が一般的となった影響か、地元では新に命名される場合は「せいせい」と読まれることが多い。テレビなどの報道においては、「静清合併」は、合併協議会の読みに倣い、「せいせい」と発音される。(参考:『SBSテレビ夕刊』静岡放送)なお、静清工業高等学校は、開校当初は旧静岡市に立地していたが、現在は藤枝市に移転した。


