渉外法律事務所

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渉外法律事務所(しょうがいほうりつじむしょ)は、本来的には、渉外性(国際性)のあるビジネス法務を主に扱う法律事務所のこと。現在では、(実態とは異なるものの)かつて大手渉外事務所と呼ばれた四大法律事務所などを指して呼ぶことも多い。渉外事務所または渉外と略されることが多い。渉外案件を取り扱う弁護士を渉外弁護士という。

目次

[編集] 「渉外」の意味

「渉外」とは、一般的・抽象的には対外的な事項に関することを意味し、文脈によってその具体的な意味は異なるが、ここでいう「渉外」とは、「外国法ないし外国人が関わる」という程度の意味である(一般的には「国際」と置き換えてもよく、実際に置き換えられることは多い。)。したがって、「渉外案件」とは、国際的な法律案件を指すことになる。

もっとも、かつては、渉外法律事務所は渉外案件を中心に扱っていたものの、業務分野の拡大とともに、現在においては、渉外法律事務所と呼ばれる法律事務所には、むしろ国内案件を多く扱う事務所が多い。

「渉外」とは法律上定義された言葉ではなく、弁護士法などの法令上は、通常の法律事務所と特に異なる取り扱いがなされているわけではない。 また、法律事務所の名称としても「渉外」との文言は含まれていない。ただし、「○○国際法律事務所」を名乗る例はあるが少数に留まる。

[編集] 渉外事務所の歴史

[編集] 明治・大正期

幕末開国以来、日本には渉外法務(特に、貿易関係の法律事務や外国法・外国人に関する訴訟など)の需要は存在したはずであるが、それを担う渉外弁護士は日本には存在していなかった。 そんな中、1870年代には、星亨司法省附属代言人、日本人初の英国法廷弁護士)や目賀田種太郎横浜米国領事裁判所代言人、ハーバード大学卒)、増島六一郎(英国法廷弁護士、東京大学法学部卒)といった代言人が渉外法務を担った先駆け的な人物として登場した。特に、増島の業績と名声は高く、また、訴訟だけでなく予防法務を中心とした業務を行い、また、東京横浜神戸上海に事務所をおいたという。 明治期には、米国人弁護士が日本において法律事務所を開設した例があり、そのうち、ニコラス・N・マカイバーが米国横浜領事在日米国裁判所判事を退官後1897年に横浜に開設した法律事務所が、後の青木総合法律事務所の起源である。 また、この頃から存在する日本の弁護士による渉外事務所としては、湯浅法律事務所(現在のユアサハラ法律特許事務所)がある。

[編集] 終戦から60年代初めまで

第2次世界大戦の終了に伴い、渉外法務が再び重要性を帯びることとなった。占領軍統治下において、1949年制定の弁護士法の下、外国弁護士資格者(主に米国弁護士)は、最高裁の承認を得て弁護士会の準会員として、日本において法律事務を行うということができるという特例が認められていた(なお、承認を受けた外国弁護士資格者の事務所は外国弁護士資格者法律事務所と称するものとされた。)。この特例は弁護士法の1955年改正によって終了したが、経過規定により、すでに準会員である外国弁護士はその後も引き続き業務を行うことができた。当時の渉外法務(主に米国との関係)はこのような準会員系事務所にほぼ独占されていた。後のアンダーソン・毛利法律事務所はこの時期に設立された準会員系の渉外事務所である。準会員系事務所ではないが、米国人弁護士であるブレークモアにより設立されたブレークモア法律事務所(後の常松簗瀬関根法律事務所の出身母体でもある)もこの時期に設立されている。いずれにせよ、この時期の渉外法務は主として外国弁護士の経営する法律事務所により担われていた。

[編集] 60年代(半ば以降)

1960年代半ばからは、日本の弁護士によって渉外法務が開拓されるようになった。所沢・長島法律事務所(後の長島・大野法律事務所)が渉外法務に携わるようになったのも、当初から渉外法務を志向した西村小松友常法律事務所(後の西村総合法律事務所小松・狛・西川法律事務所及び友常木村法律事務所)が設立されたのもこの時期である。

[編集] 70年代から80年代

この頃には、渉外法務は主に日本の弁護士によって担われるようになっていた。柳田濱田法律事務所(後の柳田野村法律事務所濱田松本法律事務所)、東京青山法律事務所桝田江尻法律事務所(後のあさひ法律事務所国際部門)、三井安田法律事務所が登場したのはこの頃である。

[編集] 90年代

1990年代以降、さまざまな社会条件の下で企業法務における弁護士の役割が拡大すると、先進的な米国の企業法務に接する機会の多い渉外事務所のいくつかが、国内企業法務において業務を拡大し、同時にその規模も拡大した。四大法律事務所などの大手法律事務所はこの時期から急速にその規模を拡大している。国内企業法務の割合が拡大し、もはや渉外事務所というには大きく乖離した実態を有するに至ったのである。 一方、いわゆる外弁規制の緩和に伴い、外国法律事務所が、特定共同事業を通じて日本の法律事務所をその傘下におく例が登場した。

[編集] 2000年代

いわゆる大手渉外事務所が、中小規模の法律事務所を吸収して規模及び分野を拡大する例が相次ぎ、四大法律事務所などと呼ばれるようになっていった。この過程で、常松簗瀬関根法律事務所濱田松本法律事務所友常木村法律事務所、及び青木総合法律事務所といった金融ブティックや、三井安田法律事務所あさひ・狛法律事務所といった準大手法律事務所が解散し、(四大法律事務所などの)他の大規模法律事務所に吸収されるか、外国法律事務所の傘下に入ることとなった。

一方で、外弁規制のさらなる緩和によって外国法共同が導入され、外国法律事務所が中小規模の国内法律事務所を傘下におさめる例も相次いだ。こういったいわゆる外資系法律事務所は、程度の差は大きいものの、概ね渉外案件の比重は相当程度に高く、むしろ渉外事務所という名称にふさわしい実態を有しているといえる。

[編集] 主な業務分野

以下のように分類できる。

企業法務
コーポレートともいう。一般企業法務、M&A独禁法関係、労使関係不動産取引、国際商取引など。
金融法務
ファイナンスともいう。キャピタル・マーケット、バンキング保険、金融規制、ストラクチャード・ファイナンスアセット・マネジメントなど。
倒産・事業再生
法的又は私的な清算又は再建に関わる。
争訟
国内外を問わず、民事訴訟行政訴訟(特に税務訴訟)、仲裁あるいは交渉などによる紛争解決。
知的財産
社内調査・危機管理
中国法務
その他
行政機関等との協力、セミナー、論文執筆、書籍出版などである。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月29日 (木) 20:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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