渡辺忠昭

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渡辺 忠昭(わたなべ ただあき)は元東宝特殊効果師。

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[編集] 来歴・人物

1954年、父親の親友、円谷英二が撮った映画「ゴジラ」を見て感動し、1957年東宝撮影所に入社。専門学校化学を専攻していた事から火薬師として山本久蔵を補佐しながら特殊効果を学ぶ。「潜水艦イ-57降伏せず」の撮影後のある夜、親友と共にそうとう酔っ払って撮影所をメチャクチャにしてしまい上司に大目玉をくらいクビになるところだったが、円谷の「ナベは用事があるから」という言葉でクビをさけられた。その腕を認められたのは「青島要塞爆撃命令」の攻撃のシーンだった。いつものように早とちりをする渡辺は円谷に大目玉を食らうが、フィルムで見た映像が見事な物だった事から特殊効果としての実績を開花し後の作品をドンドン盛り上げた。

1970年、円谷英二の死に伴い特殊技術課は解散。渡辺は親友の付き合いに乗ろうと思ったが、入社した時に円谷から「永く勤めろ」と言う言葉を忘れたくない事から東宝に残る事にした。

1970年の代表作は「日本沈没」の大爆破だった。中野昭慶の要求で火薬量を増やして見たが、いざマスコミに公表した時に相当な勢いだった為消火器が足りず、大火事になる大惨事になるところだったが、ホースで消した事で未遂に防げた。だが次の「ノストラダムスの大予言」でスタジオを燃やす大惨事を起こしてしまった。

その後も平成ゴジラモスラシリーズを支え、2000年に定年退職する。

あだ名のナベ美術監督渡辺明に名づけられたものである。

[編集] 主な参加作品

[編集] 映画

[編集] 火薬助手作品

[編集] 特殊効果作品

最終更新 2009年7月2日 (木) 08:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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