渡辺美佐 (芸能事務所社長)

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渡邊 美佐(わたなべみさ、1928年9月25日 - )は、株式会社渡辺プロダクション代表取締役会長、渡辺プロダクショングループ代表・芸能プロモーター

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[編集] 来歴・人物

1955年、夫の渡辺晋前社長と共に「渡辺プロダクション」を設立、ショービジネスの世界に近代化をもたらす。テレビ創世期の「シャボン玉ホリデー」は有名。また1958年日劇ウエスタンカーニバルなどを手がけ、マダム・ロカビリーの異名をとった戦後のショービジネスのリーダー的存在。

曲直瀬正雄・花子夫妻の長女として横浜市に生まれ4人の妹、2人の弟がいる。

横浜市の青木小学校からミッション系の捜真女学校に入学。1945年宮城県登米郡登米町疎開し、仙台市ミッションスクール宮城女学校に転入し、ここから東京都日本女子大学英文科に入学する。

1946年、母花子が仙台駐留のアメリカ軍基地に通訳として採用され、両親は仙台にマナセプロダクションの前身であるオリエンタル芸能社を設立する。学生時代より、アルバイトで学生バンドの通訳マネージャーをやり、主に進駐軍の王子キャンプに出入りする。

この頃、ジャズバンド・シックスジョーズのマネージメントを引き受け、リーダーで後に夫となる晋と知り合う。晋と美佐は、ショービジネスの世界を合理化・近代化し、日本の音楽とミュージシャンをレベルアップさせ国際的に通用するものにとのテーマのもと、1955年1月、渡辺プロを発足させ、同年3月に結婚

長女の渡辺ミキは、ワタナベエンターテインメント社長、渡辺プロダクション副社長。次女の渡辺万由美はトップコート社長。元フジテレビジョン編成制作局バラエティ制作センター部長で現ワタナベエンターテインメント会長の吉田正樹はミキの夫。

ザ・ピーナッツの直接のマネージャーではなかったものの、行動を共にすることが多く、ザ・ピーナッツが日本国外で公演の際には美佐もサポート役として付き添いをすることも多かった。

[編集] 渡辺美佐を演じた女優

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年6月11日 (木) 12:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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