渡邉一成
渡邉一成の最新ニュースをまとめて検索!
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 自転車競技 | ||
| UCIトラックワールドカップクラシックス | ||
| 銀 | 2004 モスクワ | チームスプリント |
| 銀 | 2005 シドニー | チームスプリント |
| 銀 | 2008 メルボルン | チームスプリント |
| 銅 | 2005 マンチェスター | チームスプリント |
| アジア競技大会 | ||
| 金 | 2006 ドーハ | チームスプリント |
渡邉 一成(わたなべ かずなり。1983年8月12日- )は、日本競輪選手会福島支部に所属する競輪選手。日本競輪学校第88期生。福島県立小高工業高等学校出身。師匠は谷津田陽一。福島県双葉郡双葉町出身。
[編集] 経歴
高校1年生の頃から師匠の谷津田が主宰する練習グループに入る。と同時に高校時代に所属していた陸上部をやめ、高校時代はほとんど谷津田のグループで競輪選手になるための練習を積む。その成果が実り、競輪学校は1回の受験で合格を決めた。主な同期には山崎芳仁、武田豊樹、佐藤友和、永井清史、成田和也らがおり、同じ谷津田グループである森田達也も同期である。
デビュー戦は2003年7月7日の京王閣競輪場で、初勝利も同日。果敢な先行ぶりが当時日本代表監督であったゲーリー・ウエストに見初められ、翌2004年にトラックナショナルチームメンバーとして、同期の成田らとともに招集される。2004年11月から2005年2月まで開催されたUCIトラックワールドカップクラシックス(ワールドカップ)では、成田、及川裕奨と組んで出場したチームスプリントの第1・2・4戦において全て3位以内に入る。また2005年の世界自転車選手権にも出場し、成田、及川と組んだチームスプリントでは6位入賞を果す。
翌2006年のワールドカップ第4戦では井上昌己、金子貴志と組んでチームスプリント3位。世界選手権の同種目では9位だった。一方、同年のアジア競技大会チームスプリントでは、成田、新田祐大の「福島トリオ」で挑んで見事優勝を果す。
翌2007年の世界選手権チームスプリントでは、成田、井上と組んで7位。同年10月に開催された全日本自転車競技選手権大会・個人スプリントにおいて、同種目アジア王者の北津留翼を破って優勝を果たす。この結果により、同月23日に伏見俊昭、永井、北津留とともにトラックナショナルチーム短距離種目のメンバーに選出された。
2008年にデンマークのバレルプで開催されたトラックワールドカップ第4戦の個人スプリントでは5位。同年の世界自転車選手権(マンチェスター)では、チームスプリント8位、個人スプリント15位の成績。また同年3月30日時点におけるスプリントのUCIランキングでは5位となり、同種目の北京オリンピック出場枠を獲得した。同年5月7日、北京オリンピック自転車競技トラックレース日本代表に選出された。北京オリンピックでは、長塚智広(第1走)、渡邉(第2走)、永井清史(第3走)で挑んだチームスプリントで6位入賞。またスプリントにも出場し12位となった。
同年11月に行われた、トラックワールドカップ第2戦のメルボルン大会、チームスプリントにおいて、2年前のアジア大会と同じく、成田和也、新田祐大の福島トリオで挑み、2位に入った。
2009年、アジア自転車選手権(インドネシア・カリマンタン)のケイリンで優勝。
一方、国内の競輪に目を向けると、2005年、2006年のヤンググランプリ出場(いずれも9着)、2006年の東日本王座決定戦決勝4着、2007年のふるさとダービー松阪決勝8着というのが今のところ主だった戦績である。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年8月31日 (月) 16:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【渡邉一成】変更履歴

