源重時
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源 重時(みなもと の しげとき、生年不詳 - 康治元年10月4日(1142年))は、平安時代後期の武士・官人。清和源氏満政流。右兵衛尉源重宗の子。母は若狭守源守忠女。子に季遠、重俊らがいる。平安後期の院司受領。無髪判官と呼ばれた。
白河・鳥羽両院の北面武士を務め、宮内丞、検非違使、左衛門大尉及び信濃守や相模守・大和守などを歴任した。私的武力を背景に、追討・追捕や大寺大衆の入京などに際し牽制を行ったことなどが知られる。永久2年(1114年)には、源為義のもとに籠もった公政なる郎等の引渡しを求めるよう白河院に訴えている。大和守在任時の保延元年(1135年)には興福寺僧徒により参拝を拒まれたことがあった。康治元年10月卒去時の最終位階は従五位上だった。
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