瀬戸口勉
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瀬戸口勉(せとぐち つとむ、1936年11月3日 - )は日本中央競馬会の元騎手、元調教師。鹿児島県鹿屋市出身。鹿児島県立鹿屋農業高校畜産科に在学中の昭和30年に騎手見習いになり、翌31年に同校を卒業した。昭和31年卒業弟の瀬戸口悟も名古屋競馬・弥富トレーニングセンターに所属する調教師である。中央競馬の調教師増本豊は妻の弟。
主戦騎手として、平地競走では福永祐一・石橋守の両騎手、障害競走では西谷誠が騎乗することが多かった。
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[編集] 騎手として
1955年、京都の上田武司厩舎に騎手見習いとして入り、1959年、騎手としてデビューする。1963年にはミスマサコで桜花賞を優勝した。1973年に引退、騎手時代の成績は通算2534戦329勝である。
特に障害競走での成績は優れたものがあり、145戦55勝。勝率.379、連対率.641という数字を残している。 京都大障害(秋)は1959年をハルナサン、1960年をシルバオー、1961年には京都大障害(春)、中山大障害(秋)をトサキングで制している。
[編集] 調教師として
1973年に調教師免許を取得し、1975年に栗東トレーニングセンターで開業する。
1988年、地方の笠松から転厩してきたオグリキャップが活躍。
2005年は54勝をあげ、JRA賞(最多勝利調教師)を受賞する。
2007年2月末をもって定年となった。メイショウサムソン・マルカシェンク・マルカラスカルなどの活躍馬を多く管理していたが、定年により管理馬全てが転厩となった。一部スポーツ紙では、一定以上の成績を収めた調教師に関しては定年制を延長するなどの処置を取ろうという動きがあると報道されたが、結局そういった処置はされていない。
2006年2月末で定年になり調教師を引退した北橋修二は親友で、北橋厩舎に所属していた福永祐一を自厩舎でも主戦騎手にしていた。
- 初出走 1975年3月8日 1回阪神3日目第3競走 ホウシュウエタン 5着
- 初勝利 1975年5月10日 3回阪神5日目第4競走 ホウシュウリッチ 18戦目
[編集] 馬主として
調教師引退後、2007年秋に地方競馬の馬主として登録。中央登録を抹消した馬を受け入れ、主に名古屋競馬の瀬戸口悟厩舎へ預託している。
[編集] 主な騎乗馬
- トサキング(1961年中山大障害(秋))
- ミスマサコ(1963年桜花賞)
[編集] 主な管理馬
- オグリキャップ(1988年有馬記念、1989年マイルチャンピオンシップ、1990年安田記念・有馬記念)
- オグリローマン(1994年桜花賞)
- ゴッドスピード(1999年中山大障害)
- エイシンチャンプ(2002年朝日杯フューチュリティステークス)
- ネオユニヴァース(2003年皐月賞・東京優駿(日本ダービー))
- サニングデール(2004年高松宮記念)
- ラインクラフト(2005年桜花賞・NHKマイルカップ)
- メイショウサムソン(2006年皐月賞・東京優駿(日本ダービー))
- マルカラスカル(2006年中山大障害)
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最終更新 2009年11月17日 (火) 14:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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