灘本昌久
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灘本 昌久(なだもと まさひさ、1956年4月6日 - )は、日本の教育学者。京都産業大学文化学部教授。差別問題、近現代史を専門に研究している。京都部落問題研究資料センター所長(2000年から2004年まで)。京都大学文学部史学科卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修了。教育学修士(大阪教育大学)。
[編集] 経歴
本人は被差別部落の外に生まれ育ったが、父方も母方も祖父母の代までは被差別部落出身。大阪府立豊中高等学校在学中は新左翼運動に傾倒、狭山闘争を中心に部落解放運動に関わりだしてから祖先が被差別部落民であることを知る(こぺる編集部編『部落の過去・現在・そして…』阿吽社、1991年、3-4頁参考)。京都大学文学部在学中は上田正昭の部落史ゼミに参加、部落史を卒業論文のテーマに選ぶ(「高松差別裁判糾弾闘争について」)。1986年、「アメリカ黒人の社会的地位に関する論争-W.J.ウィルソン『低下する人種の有意性』をめぐって-」により教育学修士の学位を取得。 卒業後は、1986年より京都部落史研究所助手、1988年より同研究員として、「京都の部落史」編纂事業に携わった。1993年、京都産業大学専任講師に着任、1997年助教授、2004年より現職。
人権教育・同和教育を長らく研究し、『ちびくろサンボ』の絶版に際しては、『「ちびくろサンボ」絶版を考える』(径書房、1990年)、『ちびくろサンボよ すこやかによみがえれ』(径書房、1999年)などによって、反対の立場を代表し、同書の新訳も著した(ヘレン・バナーマン 文・絵/灘本昌久訳『ちびくろさんぼのおはなし』径書房、1999年)。
2000年に、京都部落問題研究資料センター(京都部落史研究所から改組)所長に就任したが、2003年4月25日発行の同センター機関紙『Memento』12号に掲載した論文「部落解放に反天皇制は無用」が、スポンサーである部落解放同盟京都府連合会を含むセンター関係者の批判を受け、2004年9月末をもって辞任した。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月14日 (金) 17:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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