烏丸家
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| 烏丸家 | |
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鶴の丸
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| 本姓 | 藤原北家日野流庶流 |
| 家祖 | 烏丸豊光 |
| 種別 | 公家(名家) 華族(伯爵) |
| 出身地 | 京都 |
| 著名な人物 | 烏丸光広 烏丸資慶 烏丸光栄 烏丸光徳 |
| 支流、分家 | 勘解由小路家(名家) 裏松家(名家) 六角氏(武家) |
| 凡例 / Category:日本の氏族 | |
烏丸家(からすまるけ)は、日本の氏族(公家)。藤原北家真夏流日野家庶流。家格は名家。家業は和歌。家紋は鶴の丸。
権大納言日野資康の三男である権中納言烏丸豊光を始祖として、室町時代初期に創立された。豊光の姉妹である日野康子(北山院)は将軍足利義満の継室となり、また日野栄子は将軍足利義持の正室になって足利義量の母となった。このように日野家は足利将軍家との密接な関係を持ち、豊光自身も義持及び足利義教に仕え、義教の意向によって烏丸を家号とした。豊光の子・准大臣烏丸資任は足利義政の初期に政治を壟断した「三魔」(今参局・有馬持家・烏丸資任)の一人と言われた。
江戸時代の家禄は954石。和歌の家として名高く、権大納言烏丸光広・権大納言烏丸資慶・内大臣烏丸光栄らは歌人として活躍した。権大納言烏丸光胤(中御門宣顕の子)は宝暦事件で永蟄居に処せられた。明治維新期の烏丸光徳は戊辰戦争で功績があり、江戸(東京)府知事などの重職を務めた。明治17年(1884年)に烏丸光享が伯爵になった。
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