牧野貞通

牧野貞通の最新ニュースをまとめて検索!

牧野 貞通(まきの さだみち)は、江戸時代大名。はじめ日向延岡藩の第2代藩主。常陸笠間藩の初代藩主。成貞系牧野家4代。


牧野貞通
時代 江戸時代中期
生誕 宝永4年8月24日1707年9月19日
死没 寛延2年9月13日1749年10月23日
官位 従五位下、越中守、
従四位下、備後守、侍従
日向延岡藩主→常陸笠間藩
氏族 牧野氏
父母 父:牧野成貞、母:藤田氏
正室:松浦篤信の娘
牧野忠敬(長男)、牧野貞隆(次男)、
牧野貞長(三男)、牧野忠利(八男)、
牧野忠寛(十男)、牧野貞恒(十二男)、
五井松平忠義(十三男)、牧野通英(十四男)、
牧野通亮(十五男)、戸田光廩(十六男)、
深溝松平忠勧(十七男)、娘(奥平昌敦正室)、
娘(越前松平直純正室)、娘(本多忠敝正室)、
娘(松浦致正室)、娘(稲葉泰通正室)、
娘(牧野康満正室)、娘(牧野忠寛養女)、
娘(有馬広之室)

徳川綱吉の側近・牧野成貞の長男。母は側室の藤田氏。成貞73歳の時の子だった。幼名は幸之助、貞倶。牧野家家督は成貞の後、養子の牧野成春、その長男・牧野成央が継いでいたが、成央が21歳で早世したため、後を継ぐこととなった。

享保19年(1734年)28歳で奏者番、翌享保20年(1735年)には寺社奉行を歴任。寛保2年(1742年)には従四位下に上り、京都所司代に就任した。実績が認められ、延享4年(1747年)には常陸笠間に転封された。寛延2年(1749年)、49歳で没。次男・貞隆は早世したため、後を三男・貞長が継いだ。

[編集] 経歴

[編集] 官位位階

  • 1721年(享保6年) :従五位下、越中守
  • 1742年(寛保2年) :従四位下、侍従、備後守


先代:
井上正経
牧野氏(笠間藩初代)藩主
1747 - 1749
次代:
牧野貞長

最終更新 2009年11月23日 (月) 02:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【牧野貞通】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!