犠牲バント

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犠牲バントをする打者

犠牲バント(ぎせいバント)とは、野球で、打者アウトになる代わりに、走者を進塁させることを目的としたバントのことである。公認野球規則10.08により犠牲バントは定められている。

目次

[編集] 概要

犠牲バントは、バントをして内野に打球を転がし、内野手が打球を処理する間に塁上の走者を進塁させ、打者自身は一塁でアウトになる戦術である。広義にいう犠打の一種であり、記録上の用語としても犠打が用いられる。犠打は、バントをした結果塁上の走者が進塁し、打者が一塁に達する前にアウトになったときに記録される。犠打が成立した場合、その打席は打数にカウントされない。送りバントとも呼ばれる。

特に三塁走者を本塁に生還させる犠牲バントはスクイズと呼ばれる。

最初からバントの構えをしたものとそうでないものは現代プロ野球では区別されている。日本プロ野球ではセーフティバントが犠打になっても、犠打は記録されず、最初からバントの構えをしたバントのみが犠打になる[要出典]

着実な方法で行う限り、通常の内野ゴロ等の凡打によるダブルプレー(併殺打)を防止でき、走者を得点圏(二塁や三塁)に確実に進塁させることができるため、僅差の試合や長打の少ない場合などには多用される戦術である。

日本野球界では広く用いられており、特に高校野球では多用される。ただし、常葉菊川のようにバントをしない名門校も存在する。一方アメリカでは、セイバーメトリクスによる統計学的な分析によって、近年では犠牲バントの有効性は疑問視され、「新思考派」と呼ばれるセイバーメトリクスに重きを置いた戦術を取るチームでは軒並み犠牲バントの数が極端に減っている。2004年に悲願のワールドシリーズ優勝を果たしたボストン・レッドソックスはその典型で、2004年のシーズンはチーム全体の犠打数が12個と極めて少なかった。

ちなみに1000試合以上出場選手田淵幸一ブーマーT.ローズA.ラミレスカブレラは1度も記録されていない。

[編集] 犠牲バントに関する記録

[編集] 日本プロ野球

[編集] 通算記録

記録は2008年シーズン終了時点

順位 名前 犠打 順位 名前 犠打
1 川相昌弘 533 11 *小坂誠 250
2 平野謙 451 12 土井正三 242
3 *宮本慎也 337 13 弓岡敬二郎 240
4 伊東勤 305 14 近藤昭仁 239
5 新井宏昌 300 15 大石大二郎 236
6 正田耕三 282 16 久慈照嘉 233
7 水口栄二 279 17 福良淳一 224
8 *石井琢朗 271 18 *金子誠 222
9 大島公一 265 19 石毛宏典 218
10 吉田義男 264 20 山崎隆造 217
*は現役選手
川相昌弘の犠打533は世界記録

[編集] シーズン記録

順位 名前 所属 犠打 達成年
1 宮本慎也 ヤクルトスワローズ 67 2001年
2 川相昌弘 読売ジャイアンツ 66 1991年
3 川相昌弘 読売ジャイアンツ 58 1990年
田中賢介 北海道日本ハムファイターズ 2007年
5 和田豊 阪神タイガース 56 1988年
川相昌弘 読売ジャイアンツ 1996年
7 平野謙 中日ドラゴンズ 51 1982年
田中浩康 東京ヤクルトスワローズ 2007年
9 平野謙 西武ライオンズ 50 1990年
平野謙 西武ライオンズ 1991年
宮本慎也 ヤクルトスワローズ 2003年

[編集] その他の記録

1試合最多犠打
日本シリーズ最多犠打
  • 6犠打 田中賢介(2006年、5試合)

[編集] アメリカメジャーリーグ

※注:一部記録については犠飛(犠牲フライ)を含む。

[編集] 通算記録

記録は2009年シーズン終了時点

順位 名前 犠打 順位 名前 犠打
1 エディ・コリンズ 511 12 タイ・カッブ 295
2 ジェイク・ドーバート 392 13 マックス・キャリー 290
3 スタッフィー・マッキニス 383 14 ジミー・シェッカード 286
4 ウィリー・キーラー 366 15 ジョー・ティンカー 285
5 ドニー・ブッシュ 337 16 ジャック・バリー 284
6 レイ・チャップマン 334 17 フランク・シュルト 279
7 ビル・ワムスガンス 323 18 ジミー・オースティン 278
8 ロジャー・ペキンポー 314 19 ハリー・ハイルマン 277
9 ラリー・ガードナー 311 20 エベレット・スコット 275
10 トリス・スピーカー 309 ジョー・シーウェル
11 ラビット・マランビル 300 フレッド・テニー

[編集] シーズン記録

順位 名前 所属 犠打 達成年
1 レイ・チャップマン クリーブランド・インディアンス 67 1917年
2 ビル・ブラッドリー ナップス 60 1908年
3 ジャック・バリー ボストン・レッドソックス 54 1917年
4 ボブ・ガンリー ワシントン・セネタース 52 1908年
ドニー・ブッシュ デトロイト・タイガース 1909年
6 レイ・チャップマン クリーブランド・インディアンス 50 1919年
7 ドニー・ブッシュ デトロイト・タイガース 48 1920年
ジョー・ギデオン セントルイス・カージナルス 1920年
9 オッシー・ビット ボストン・レッドソックス 47 1919年
10 ビル・ブラッドリー ナップス 46 1907年
ジミー・シェッカード シカゴ・カブス 1909年
ラルフ・ヤング デトロイト・タイガース 1919年
バッキー・ハリス ワシントン・セネタース 1924年

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月4日 (水) 03:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【犠牲バント】変更履歴

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