狩野恵輔
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| 阪神タイガース #99 | |
|---|---|
2008年6月25日(阪神鳴尾浜球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 群馬県勢多郡赤城村(現・渋川市) |
| 生年月日 | 1982年12月17日(26歳) |
| 身長 体重 |
181cm 81kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 捕手 |
| プロ入り | 2000年 ドラフト3位 |
| 初出場 | 2004年9月22日 |
| 年俸 | 1,500万円(2009年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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狩野 恵輔(かのう けいすけ、1982年12月17日 - )は、群馬県勢多郡赤城村(現・渋川市)出身の阪神タイガースに所属するプロ野球選手(捕手)。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入り前
村立北中学校では投手だったが、2年秋に主将となると同時に捕手に転向した[1]。前橋工業高校では3年夏の群馬大会で大会新記録となる4本塁打を放ち、決勝で一場靖弘を擁する桐生第一高校と対戦するも最後の打者となり敗北。しかし、打撃センスを買われて2000年のドラフトで阪神から3位指名を受け入団。
[編集] プロ入り後
入団前から身体能力の高いアスリートタイプの選手と言われており、パンチ力を秘めた打撃や捕手にしては速い足などを生かすために2002年は外野手にも挑戦していたが、翌2003年から再び捕手に専念。2004年シーズン終盤に一軍初出場。同年12月に結婚した。
2006年にはウエスタン・リーグで規定打席不足ながら、不足分の打席を全て凡退として計算してもリーグ最高打率なら首位打者に認定されるルールにより、打率.348で首位打者を獲得した。同年オフの第2子誕生を契機に「これ以上二軍でくすぶって家族に迷惑をかけられない」と一念発起。金本知憲が通う広島のジムで金本と共にトレーニングを積み、正捕手矢野輝弘の自主トレに参加して教えを乞うなど意欲を見せた。背番号も「63」から「もう後がない」という意味で「99」に変更。
2007年は浅井良や野口寿浩を押しのけて初の開幕一軍を勝ち取り、4月20日の読売ジャイアンツ戦で延長12回に代打出場し、プロ初安打初打点となるサヨナラ安打を放った。翌日にはスタメン出場し、プロ初本塁打を記録した。同年の阪神は右打者の不振が深刻で、この本塁打がチーム19試合目で右打ちの野手が放った初本塁打だった[2]。そうしたチーム事情に加え初安打の後1ヶ月近く打撃好調でしばらくは代打の切り札的な存在になり、打撃不振だった正捕手の矢野に代わってスタメン出場も多かった。その後は相手の研究もあってジリジリと打率を下げたが、主に代打や代走要員としてほぼシーズン通して一軍にいた。
2008年は前年結果を出したこともあり次期正捕手として期待されていたが、3月に右ひじの手術を受けた影響で出遅れ一軍出場は12試合に留まった。
2009年は矢野が故障で開幕に間に合わなかったこともあり、初めて開幕スタメン出場をした。その後も実質的に正捕手として投手陣をリードし、打撃でも勝負強さを発揮するなど大きく成長をみせる。矢野が復帰した後半も安藤優也や下柳剛以外の先発投手が登板した試合で捕手を務め、結局126試合出場と大幅に試合数を伸ばし、さらに捕手としては珍しい二桁盗塁、リーグトップの敬遠数を記録した。シーズンオフに城島健司が加入したが、狩野本人は捕手一本で城島と勝負すると意気込みを語っている。
[編集] 人物
特技は小さい頃から習っていたピアノ。鍵盤を叩くことで指先の感覚が鋭くなり、キャッチングにも活かせているという。
高校時代はパンチ力のある打撃と大人びた風貌から「上州の掛布」と呼ばれた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004 | 阪神 | 2 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2005 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2006 | 1 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2007 | 54 | 99 | 95 | 12 | 26 | 5 | 1 | 3 | 42 | 11 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 1 | 21 | 1 | .274 | .296 | .442 | .738 | |
| 2008 | 12 | 9 | 9 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .222 | .222 | .333 | .556 | |
| 2009 | 127 | 432 | 393 | 34 | 103 | 11 | 4 | 5 | 137 | 35 | 10 | 1 | 10 | 0 | 25 | 11 | 4 | 52 | 9 | .262 | .313 | .349 | .661 | |
| 通算:6年 | 198 | 547 | 504 | 48 | 131 | 17 | 5 | 8 | 182 | 47 | 10 | 1 | 11 | 0 | 27 | 11 | 5 | 76 | 10 | .260 | .304 | .361 | .665 | |
- 2009年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 背番号
- 63(2001年 - 2006年)
- 99(2007年 - )
[編集] 個人記録
- 初出場:2004年9月22日、対広島東洋カープ25回戦(広島市民球場)、9回表に鳥谷敬の代打として出場
- 初打席:同上、9回表にジョン・ベイルに対し空振り三振を喫する
- 初先発出場:2004年10月7日、対横浜ベイスターズ27回戦(横浜スタジアム)、8番・捕手として先発出場
- 初安打・初打点:2007年4月20日、対読売ジャイアンツ4回戦(阪神甲子園球場)、12回裏に豊田清からサヨナラ左翼越安打
- 初本塁打:2007年4月21日、対読売ジャイアンツ5回戦(阪神甲子園球場)、4回裏に久保裕也から中越ソロ
- 初盗塁:2009年4月5日、対東京ヤクルトスワローズ3回戦(京セラドーム大阪)、4回裏に二盗(投手:川島亮、捕手:相川亮二)
- 二桁盗塁:2009年
- 最多敬遠11個:2009年
[編集] 脚注
- ^ 「現役の皆さんに聞きました キャッチャーの魅力を教えてください」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、20-21頁。
- ^ 右打者に限れば10試合目に投手のライアン・ボーグルソンが1本打っている。
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年11月28日 (土) 05:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【狩野恵輔】変更履歴



