猿投神社

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猿投神社
所在地 愛知県豊田市猿投町大城5
主祭神 大碓命
社格 式内社(小)・三河国三宮・県社
創建 仲哀天皇元年
本殿の様式 神明造
例祭 10月第2土・日曜日
  

猿投神社(さなげじんじゃ)は、愛知県豊田市にある神社である。式内社三河国三宮で、旧社格県社猿投山のふもとにある。

目次

[編集] 祭神

大碓命を主祭神とし、大碓命の父の景行天皇、祖父の垂仁天皇を配祀する。

日本書紀に、大碓命は景行天皇に東征を命じられたが、これを恐れて逃亡し、美濃国に封じられたとある。宝亀10年(779年)に編纂された縁起書によれば、大碓命は景行天皇52年(122年)に猿投山中で蛇毒のために42歳で死去し、山上に葬られたという。猿投山西峯にある西宮の後に大碓命の墓がある。

ただし、大碓命が主祭神とされたのは近世以降で、それ以前は猿田彦命、吉備武彦、気入彦命、佐伯命、頬那芸神、大伴武日命など諸説あった。元々は猿投山の神を祀ったものとみられる。

[編集] 歴史

社伝によれば、仲哀天皇元年、勅願により現在地に創建された。国史の初見は、『日本文徳天皇実録』の仁寿元年(851年)10月7日条、従五位下の神階を授けるという記述である。延喜式神名帳では「三河国賀茂郡 狭投神社」と記載され、小社に列している。建治元年(1175年)には最高位の正一位に達した。

明治5年(1872年)9月、県社に列格し、式内社・広沢天神社などを合祀した(広沢天神社は後に分祀し摂社となる)。国幣小社への昇格が内定していたが、昇格される前に第二次世界大戦終戦・社格制度廃止となった。

[編集] 信仰

古来より「左鎌」を奉納して祈願する習慣がある。由来は不詳であるが、古老の伝によれば、双生児は一方が左利きであり、祭神・大碓命は小碓命(日本武尊)と双生児であったので左利きであるとされ、大碓命が当地の開拓に使ったであろう左鎌が奉納されるようになったという。現在では、左鎌をかたどった板が奉納されている。

毎年10月には、無形文化財棒の手が披露・奉納される。

[編集] 施設

猿投山の麓に本社、猿投山東峯に東宮、西峯に西宮がある。境内外社として塞神社・広沢天神社・御鍬社・洲原社・御嶽社・建速神社・秋葉社がある。

[編集] 文化財

重要文化財
  • 太刀 銘行安 附:兵庫鎖太刀拵(ひょうごぐさりたちごしらえ)
  • 黒漆太刀 刀身無銘
  • 樫鳥糸威鎧(かしどりいとおどしよろい)大袖付
  • 古文孝経 1帖 建久6年(1195年)奥書
  • 本朝文粋 巻第二(1冊)、巻第十三残巻(1巻)、巻第十三残巻(1帖)、巻第十三零巻(1巻)
  • 猿投神社漢籍 一括
    • 春秋経伝集解(しゅんじゅうけいでんしっかい)序、隠公第一、桓公第二(1巻)
    • 論語集解 巻第三、第七、第十(3巻) 康安二年(1362年)奥書
    • 論語集解 巻第三(1巻)
    • 論語集解 巻第四(1巻)
    • 史記集解 巻第三十一、第三十三・第三十四、第三十五・第三十六・第三十七・第三十八、第四十(4巻)
    • 帝範 巻上(1巻)
    • 臣軌 巻下(1巻) 元亨四年(1324年)奥書
    • 文選(もんぜん)巻第一(1巻) 弘安五年(1282年)奥書
    • 文選 巻第一(1巻) 正安四年(1302年)奥書
    • 白氏文集(はくしもんじゅう)巻第三(1帖) 貞治二年(1363年)奥書
    • 白氏文集 巻第三(1巻) 貞治四年(1365年)奥書
    • 白氏文集 巻第三(1巻) 貞治六年(1367年)奥書
    • 白氏文集 巻第三(1巻) 観応三年(1352年)奥書
    • 白氏文集 巻第四(1巻) 文和二年(1353年)奥書
    • 白氏文集 巻第四(1巻)

[編集] 写真集

[編集] 交通手段

[編集] 外部リンク

最終更新 2008年1月23日 (水) 13:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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