玉春日良二

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玉春日良二
四股名 玉春日
本名 松本 良二
生年月日 1972年1月7日(37歳)
出身 愛媛県東宇和郡野村町(現:西予市
身長 182cm
体重 156kg
所属部屋 片男波部屋
成績
現在の番付 引退
最高位 西関脇
生涯戦歴 603勝636敗39休(89場所)
幕内戦歴 444勝537敗24休(67場所)
優勝 十両優勝1回
殊勲賞1回、敢闘賞2回、技能賞2回
データ
初土俵 1994年1月場所
入幕 1996年1月場所
引退 2008年9月場所
備考
金星7個
貴乃花3個、若乃花2個、1個、武蔵丸1個)
2008年9月28日現在
  

玉春日 良二(たまかすが りょうじ、本名:松本 良二(まつもと りょうじ)、1972年1月7日 - )は、愛媛県東宇和郡野村町(現在の西予市)出身で片男波部屋所属の元大相撲力士。身長182cm、体重156kg。最高位は西関脇1997年7月場所)。得意手は突き、押し。現在は年寄楯山

目次

[編集] 来歴

農家の六人兄姉の三男。中央大学法学部で相撲部出身。学生相撲で活躍し、1994年1月場所、幕下付出初土俵を踏む(なお、学生時代の同期に武双山土佐ノ海がいる)。四股名の「玉春日」は野村高校在学時代の下宿先である相撲道場『春日館』に由来する。同高校時代は生徒会役員も勤めたという。

1995年3月場所に十両に昇進、1996年1月場所には幕内に昇進。初土俵から入幕まで負け越し知らずだった。1997年7月場所に関脇に昇進。関脇はこの1場所だけで、以後2度の小結を経験するも、三役での勝ち越しはなかった。

平幕下位に甘んじていた2005年7月場所では東前頭13枚目だったが、首を痛め途中休場し再び十両に陥落。幕内復帰を目指して十両の土俵に上がっていたが、2006年1月場所に東十両6枚目で12勝3敗と大勝し、4場所ぶりの幕内復帰を決めた。同7月場所では、本来の押し相撲が久々に鋭さを見せ、11勝4敗の好成績で技能賞を受賞した。この三賞受賞は前回から55場所の間隔があり、史上最も間隔があいての受賞という珍しい記録を持っている。また、この場所は幕内で初めて11勝をあげた(なお、同部屋弟弟子の玉乃島も同じ場所に11勝を上げ、こちらは敢闘賞を受賞している)。しかし、東前頭4枚目に昇進して久々の幕内上位となった翌9月場所は初日からまさかの12連敗で、1勝14敗と散々な成績だった。2007年1月場所は鋭い突き押しで初日から7連勝し、一時は優勝争いの先頭に立ったが、プレッシャーのためか中日から6連敗で結局9勝6敗だった。その後は首の痛みもあり幕内の中位~下位を行き来していたが、十両に下がった2008年9月場所の千秋楽に引退を表明した。

[編集] 取り口

基本に忠実な突き押し相撲は高く評価された。土俵生活も後半にさしかかると若い頃の突き押しの馬力はやや影を潜め、左右のおっつけ、いなしなどの技を生かした渋い押し相撲を取った。体が柔らかく、土俵際でのしぶとさはがあり、捨て身の首投げも時として鮮やかに決まった。

[編集] エピソード

  • 1998年6月に久万高原天体観測館の職員が発見した小惑星の一つが、同じ愛媛県出身の力士として勝ち星を挙げてほしいと願い、「Tamakasuga」と名付けられた。また、天体に力士名が命名されたのは世界初のことだった。
  • デーモン小暮閣下明石家マンション物語のコーナー「クレーマークレーマー」に出演した際、大相撲中継におけるアナウンサーの「玉春日出る」という実況が卑猥な意味に聞こえると指摘した。
  • 趣味は音楽鑑賞、愛称は「タマちゃん」、血液型はO型。真面目な性格で、負けた時でも報道陣の受け答えに必ず応ずるなど誠実な人柄で知られているが、サインはしない主義である。
  • 引退し、楯山となった現在はサインにも気さくに応じる姿がみられる。
  • 子犬を飼い始めたことなどが、2008年12月から始めたブログで報告されている。ちなみに犬種はゴールデンレトリバー、名前はタロウでブログにも写真付でたびたび登場している。


[編集] 幕内での場所別成績

  • 444勝537敗24休場
  • 殊勲賞1回・敢闘賞2回・技能賞2回・金星7個[1]
玉春日良二
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1996年
(平成8年)
東 前頭 #16
10–5
西 前頭 #5
7–8
 
東 前頭 #6
9–6
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #3
6–9
 
東 前頭 #5
9–6
 
1997年
(平成9年)
東 前頭 #2
5–10
 
東 前頭 #6
10–5
東 前頭 #1
8–7
西 関脇
7–8
 
東 小結
6–9
 
東 前頭 #1
4–11
 
1998年
(平成10年)
西 前頭 #6
6–9
 
西 前頭 #9
8–7
 
西 前頭 #4
4–11
 
西 前頭 #10
9–6
 
西 前頭 #3
6–9
西 前頭 #4
8–7
1999年
(平成11年)
西 前頭 #2
5–10
西 前頭 #4
7–8
 
西 前頭 #5
7–8
 
西 前頭 #6
9–6
 
西 前頭 #1
8–7
東 前頭 #1
3–12
2000年
(平成12年)
東 前頭 #8
8–7
 
東 前頭 #2
5–10
 
西 前頭 #4
9–6
 
西 小結
2–13
 
東 前頭 #9
7–8
 
東 前頭 #10
8–7
 
2001年
(平成13年)
西 前頭 #5
7–8
 
東 前頭 #7
9–6
 
西 前頭 #4
6–9
 
東 前頭 #7
8–7
 
西 前頭 #3
5–10
東 前頭 #7
6–9
 
2002年
(平成14年)
東 前頭 #9
8–7
 
西 前頭 #7
8–7
 
西 前頭 #5
7–8
 
東 前頭 #6
6–7–2[2]
 
西 前頭 #8
10–5
 
西 前頭 #3
2–13
 
2003年
(平成15年)
東 前頭 #12
0–5–10[3]
 
(十両) (十両) 東 前頭 #15
7–8
 
(十両) 東 前頭 #13
6–9
 
2004年
(平成16年)
西 前頭 #16
7–8
 
(十両) (十両) (十両) 西 前頭 #14
8–7
 
西 前頭 #13
7–8
 
2005年
(平成17年)
西 前頭 #14
7–8
 
東 前頭 #15
7–8
 
東 前頭 #16
8–7
 
東 前頭 #13
0–3–12[4]
 
(十両) (十両)
2006年
(平成18年)
(十両) 東 前頭 #15
9–6
 
東 前頭 #10
6–9
 
西 前頭 #12
11–4
東 前頭 #4
1–14
 
東 前頭 #14
9–6
 
2007年
(平成19年)
東 前頭 #11
9–6
 
西 前頭 #5
4–11
 
東 前頭 #12
5–10
 
西 前頭 #15
8–7
 
東 前頭 #11
8–7
 
東 前頭 #9
8–7
 
2008年
(平成20年)
西 前頭 #5
4–11
 
西 前頭 #10
6–9
 
西 前頭 #12
8–7
 
西 前頭 #11
3–12
 
(十両)
引退
0–0–15
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下

三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口

幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)
  1. ^ 1個・貴乃花3個・若乃花2個・武蔵丸1個
  2. ^ 左下肢蜂窩織炎により途中休場
  3. ^ 右膝内側半月板損傷により途中休場
  4. ^ 頸椎椎間板障害・左C7放散痛により途中休場


[編集] 主な成績

  • 通算成績:603勝636敗39休(89場所) 勝率.487
  • 幕内成績:444勝537敗24休(67場所) 勝率.453
  • 三役在位:3場所(関脇1場所、小結2場所)

[編集] 三賞・金星

  • 三賞:5回
  • 殊勲賞:1回(1997年5月場所)
  • 敢闘賞:2回(1996年1月場所、1997年3月場所)
  • 技能賞:2回(1996年5月場所、2006年7月場所)
  • 金星:7個(貴乃花3個、若乃花2個、1個、武蔵丸1個)

[編集] 各段優勝

  • 十両優勝:1回(2003年9月場所)

[編集] 改名歴

  • 玉春日 良二(たまかすが りょうじ)1996年1月場所-2000年5月場所、2000年9月場所-2008年9月場所
  • 玉春日 公二(- こうじ)2000年7月場所

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月16日 (水) 12:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【玉春日良二】変更履歴

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