玉造 (大阪市)

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玉造(たまつくり)は、大阪市中央区天王寺区東成区にまたがる一帯を指す地名である。住居表示では複数の町名にまたがる。

目次

[編集] 概要

住居表示としては、中央区玉造、天王寺区玉造元町、天王寺区玉造本町がある。また広い意味では、中央区上町、天王寺区空堀町・清水谷町・餌差町・空清町・真田山町、東成区東小橋・中道あたりの周辺地域も玉造に含むことがある。

住宅と企業等の事務所が混在している地域である。また、高等学校も多く設置されている。

[編集] 交通

鉄道は玉造駅があり、大阪環状線および大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線の2路線が利用できる。このほか、近鉄大阪線大阪市営地下鉄千日前線鶴橋駅大阪市営地下鉄中央線森ノ宮駅大阪市営地下鉄谷町線谷町六丁目駅についても、場所によっては徒歩圏内となる。

道路は南北方向に玉造筋、東西方向に長堀通が走っている。玉造筋と長堀通の交点に玉造交差点がある。

[編集] 歴史

勾玉などを製作する玉造部が、古代にこの地に居住していたことが地名の由来だといわれている。

昔から交通の要所であり、大坂から東へ向かう古道街道)のいくつかがここを経由し、奈良八尾信貴山方面へつながっていた。 前述の玉造部と、高安(現在の八尾市神立地区)の玉造部との間に、玉祖道を通じて交流があったといわれている。

戦国時代には大阪城の城下町の一つにあたり細川忠興の屋敷があった。大坂夏の陣では前田利政が陣取った。

江戸時代には近郊農業の産地として、玉造黒門越瓜(たまつくりくろもんしろうり、「玉造黒門白瓜」とも表記)が栽培されていた。玉造黒門越瓜の「黒門」の名は、現在の中央区玉造1丁目付近にあった大阪城の玉造門が黒く塗られていたことに由来する。

明治時代に入り、城東線(現在の大阪環状線)の玉造駅の開業や、大阪市電(現在は廃止)の路線などの開通、映画館の完成などで、一帯は住宅地や繁華街へと変化した。

[編集] 主要施設

[編集] 中央区

[編集] 天王寺区

[編集] 出身者

[編集] 玉造ゆかりの有名人

[編集] 関連項目

最終更新 2009年7月26日 (日) 09:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【玉造 (大阪市)】変更履歴

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