現代 (時代区分)

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現代(げんだい。contemporary)とは、世界の歴史における時代区分で、現在の政体や国際社会の時代を指す語である。近代の次に当たる。

目次

[編集] 概説

古代中世近世近代→現代”という時代区分の最後に来る。言い換えれば「現在の時代」「私たちの時代」である。

現在の時代」であるが故に、将来的に「現代」という枠組みが変化する可能性は否定できない。何故なら、歴史がこの後にどのように変化していき、歴史的にどのように捉えられる事になるのかを、人々は予想できないからである。

[編集] アジア

アジア史では、概ね1945年9月2日帝国日本の降伏第二次世界大戦終結)を境にして、「近代」と「現代」に分けられている。

日本を初めとするアジア各国では、1945年の第二次世界大戦の終結により、欧米日の植民地支配から独立した国家が多数成立し、1945年までの既存国家も政体が変わって新国家に生まれ変わった。これらの国家は、第二次世界大戦末期のヤルタ会談に始まる冷戦体制の下で独立・成立した国家が多い。これらの中には、朝鮮半島やベトナムのように分断される国家も現れた。但し、ベトナムのように分断を解消して統一を実現した国家では、統一後の時代(ベトナム史では、1976年ベトナム社会主義共和国の成立以後)が「現代」になる。

アジアには、冷戦の終結を引き金にして成立した新国家は存在しない。冷戦が終わり、ソビエト連邦が崩壊した後も、朝鮮半島の未統一、北朝鮮核問題、大陸中国(中国共産党)と台湾(中国国民党)の対立の未解消に象徴される通り、東北アジアには冷戦の残滓が残されたままである。東南アジアでは冷戦時代から通して東南アジア諸国連合が結成されているが、東北アジアまで巻き込んで「亜州連合」となるような地域連合には至っていない。

[編集] ヨーロッパ

ヨーロッパ史では、1989年東欧革命ベルリンの壁崩壊を境にして「近代」と「現代」に分ける見方や、ソビエト連邦崩壊の翌月に当たる1992年以後を「現代」とする見方が増えている。

ヨーロッパの国家は2度の世界大戦を経験したが、2度の世界大戦は植民地主義の段階的な崩壊を意味した。第二次世界大戦の勝戦国(連合国)も、敗戦国(枢軸国)による打撃は大きかった。帝国日本の降伏により第二次世界大戦が終わった途端、アジアにある植民地では独立戦争が始まり、勝戦国たるヨーロッパの国家は植民地を丸ごと失った。2度の世界大戦は植民地主義が極限に達して始まったが、第二次世界大戦が終わっても凝りは残った(例:2度の世界大戦を巡る独仏関係)。冷戦という両極体制も、欧米の第二次世界大戦の最高権力者が作ったシステムである。

ところが、ベルリンの壁崩壊・東欧革命・冷戦終結・ソビエト連邦崩壊というカドラプルパンチは、欧米の第二次世界大戦の最高権力者が作ったシステムの崩壊を意味した。そして、ソビエト連邦が崩壊した後のヨーロッパは、欧州連合に象徴されるように、東欧革命やソビエト連邦崩壊によって成立した国家も巻き込んで、「ヨーロッパは一つ」の動きを強めている。そして、現在の「ヨーロッパは一つ」の動きは、冷戦の45年間を通して西ヨーロッパ諸国が作った「正の遺産」でもある。

一方で、1970年頃から興った近代を批判的に捉え直すポストモダン(postmodern)という運動も、「近代」の枠組みの中に入っているのではないかという議論もある。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月15日 (日) 20:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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