琉球エアーコミューター
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| 設立日 | 1985年12月24日 | |||
| ハブ空港#拠点都市 | 那覇空港 | |||
| マイレージサービス | JALマイレージバンク | |||
| 親会社 | 日本トランスオーシャン航空 | |||
| 本拠地 | 沖縄県那覇市山下町3番1号 | |||
| 代表者 | 代表取締役社長 神山正實 | |||
| 外部リンク | http://rac.churashima.net/ | |||
| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | 非上場
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| 本社所在地 | 〒900-0027 沖縄県那覇市山下町3番1号 |
| 電話番号 | 098-858-9664 |
| 設立 | 1985年12月24日 |
| 業種 | 空運業 |
| 事業内容 | 航空運送事業、航空機使用事業、他 |
| 代表者 | 代表取締役社長 神山正實 |
| 資本金 | 3億9,600万円 |
| 売上高 | 24億3785万円(2006年度) |
| 従業員数 | 75名(2006年7月1日現在)[1] |
| 主要株主 | 日本トランスオーシャン航空 72.9% 沖縄県 5.1% その他 22.0% |
| 外部リンク | http://rac.churashima.net/ |
| 特記事項:日本トランスオーシャン航空の2009年3月期決算広告では、所有割合は74.5%。 | |
琉球エアーコミューター(りゅうきゅうエアーコミューター、略称: RAC)は、那覇空港をベースに沖縄の離島路線を運航している航空会社であり、JALグループの構成企業である。
目次 |
[編集] 概要
もともとは公共施設地図航空[2]が運航していた那覇 - 慶良間線(現在は廃止)を1987年に継承したのが始まり。1989年に那覇 - 粟国線を開設して計2路線を運航したが、1991年に南西航空(現日本トランスオーシャン航空)の増資を受け傘下に入りその後順次日本トランスオーシャン航空からDHC-6の路線の移管が始まった。現在14の路線を運航している。
JALグループではあるが、厳密に言えば、日本トランスオーシャン航空(JTA)の子会社という方が適当であり日本航空との直接の資本関係はない[3]。
JALグループの航空会社で唯一統一ビジュアルイメージである『Arc of the Sun(太陽のアーク)』のデザイン・塗装を使用せず、従来からの独自デザインを使用していたが、2007年4月よりロゴマークをJALグループと統一したものに変更。また、同年4月導入のDHC-8-300は、JALグループと同じ塗装で納入された(旧塗装の機体は、次回重整備のタイミングでJALグループ塗装に変更する予定である)。
JALマイレージバンク(JMB)のマイル加算対象となる路線は日本トランスオーシャン航空も運航している路線(那覇 - 宮古線、那覇 - 久米島線、石垣 - 与那国線、宮古 - 石垣線)と那覇 - 与那国線のみであり、その他の路線ではマイルは加算されず、JMBマイル加算非対象路線に関してはJAL Fly on Point(JALのFrequent Flyers' Program=FFP)のポイント積算基準の対象外である。ワンワールドのメンバーとはならない。また、小型機での運航であるため、手荷物の無料許容重量が他のJALグループ各社と異なり10kgまでに制限されている(持込手荷物・受託手荷物の合計で10kgである)。
[編集] 沿革
- 1985年12月24日 琉球エアーコミューター株式会社(RAC)設立
- 1987年2月17日 当社初の就航路線となる那覇-慶良間線開設(使用機種・BN-2Bアイランダー)
- 1989年12月20日 那覇 - 粟国線開設(BN-2Bアイランダー、1992年11月16日からは南西航空のDHC-6も継承)
- 1991年 南西航空(SWAL、現・日本トランスオーシャン航空、以下同)からの増資を受け、同社の子会社となる(同時にJALグループの一員となる)
- 1992年11月16日 SWALから、同社のDHC-6就航路線を移管
- 1997年1月 DHC-6の後継機となるDHC-8-100(ダッシュ8)を導入
- 1997年4月15日 那覇 - 与論線をSWALから移管、機材はそれまでのYS-11に替わって最新のDHC-8を就航
- 1997年7月20日 現南大東空港開港により、那覇 - 南大東線にDHC-8が就航
- 1997年10月9日 北大東空港の滑走路が1500mに延長により、那覇 - 北大東線にDHC-8が就航。同時に南大東 - 北大東線開設(但し那覇 - 南大東 - 北大東 - 那覇あるいは那覇 - 北大東 - 南大東 - 那覇の三角運航)
- 1997年11月7日 那覇 - 久米島線開設(DHC-8)
- 1999年2月1日 那覇 - 奄美線開設(DHC-8、これまでエアーニッポンが就航していたのを継承)
- 2000年7月21日 那覇 - 与那国線、石垣 - 与那国線開設(いずれもDHC-8で週4日運航)
- 2002年1月23日 DHC-6ツインオッターが退役(就航していた路線はBN-2Bに変更)
- 2003年10月10日 現在の多良間空港開港により、宮古 - 多良間線にDHC-8就航。宮古 - 石垣線開設(DHC-8)
- 2006年3月31日 那覇 - 慶良間線、石垣 - 多良間線廃止
- 2006年7月 那覇-宮古線開設(DHC-8、7月半ば - 9月の季節限定運航)
- 2007年4月 社名(略称)ロゴをJALグループ仕様(太陽のアーク)に変更。
- 2007年4月27日 DHC-8-300(Q300)を導入、那覇 - 久米島線と那覇 - 南大東線にそれぞれ就航させた。
- 2007年11月30日 石垣 - 波照間線廃止
- 2009年5月31日 那覇 - 粟国線運休。尚、運休後も6月4日 - 17日の期間、チャーター便が1日2便運航された。[4]
[編集] 就航路線
- 那覇空港 - 奄美空港、与論空港、粟国空港(2009年6月1日より運休)、久米島空港、北大東空港、南大東空港、宮古空港(7月中旬 - 9月運航)、与那国空港
- 石垣空港 - 宮古空港、与那国空港
- 宮古空港 - 多良間空港
- 南大東空港 - 北大東空港
[編集] 使用機材
[編集] 保有機材
- ブリテン・ノーマン アイランダー(BN-2B) 設立当時から保有の機材。2009年6月以降は定期運航から外れた[5]
- DHC-8-103(ダッシュ8) 1997年にDHC-6に替わる大型機として導入
- DHC-8-300(Q300)2007年導入
[編集] かつての保有機材
- DHC-6(ツインオッター) 1973年に当時の南西航空(現・日本トランスオーシャン航空)が導入、1992年に同社から移管、2002年退役。
[編集] JALグループ企業
(グループ企業のうち、航空事業者)
◎JALグループは国際航空連合(アライアンス)「ワンワールド」に加盟しているが、※のある航空会社は経営施策上ワンワールドには加盟していない。
- (「運送の共同引受」により全便をJAL便として運航。法人名として表記する以外は対外的には「ジェイ・エア」を使用)
- 日本エアコミューター(JAC)※
- 北海道エアシステム(HAC)※
- 琉球エアーコミューター(RAC) ※
[編集] 脚注
- ^ JALグループ会社情報 琉球エアーコミューター
- ^ 一時期金のペーパー商法で有名な豊田商事を傘下に持つ銀河計画のグループ会社だった。会社自体は現存しており、福井空港での遊覧飛行を行っている。
- ^ 親子関係は日本航空 - 日本航空インターナショナル - 日本トランスオーシャン航空 - 琉球エアーコミューターとなり、日本航空から見ると当社は曾孫会社である。
- ^ 事前予約のみで、当日受付は不可。予約は粟国村役場総務課への電話のみ。料金の支払い方法は、村内は役場にて料金を支払い、村外は村口座へ振込みを行い、振込み領収書を村役場宛にFAX送信する必要があった。粟国村役場
- ^ 沖縄タイムス2008年11月27日付夕刊記事より。パイロットの退職に伴い現在運航している那覇-粟国便が休止され運用が消滅する。当初2009年10月から運休予定であったが、大阪の第一航空が2009年6月からの路線引継を表明したため休止を繰り上げた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年8月23日 (日) 08:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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