琉球ゴールデンキングス

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琉球ゴールデンキングス
原語表記 琉球ゴールデンキングス
愛称 キングス
チームカラー ゴールド
創設年 2007年
所属リーグ 日本の旗 bjリーグ
本拠地 沖縄県
アリーナ 沖縄コンベンションセンター
収容人数
代表者 木村達郎
ヘッドコーチ 桶谷大
優勝歴 1回
公式サイト 公式サイト
ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ
1st ゴールド ゴールド
2nd ホワイト ホワイト
Team colours Team colours Team colours
Team colours
 
1st
Team colours Team colours Team colours
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2nd

Template(ノート 解説)プロ・バスケチームpj

琉球ゴールデンキングス(りゅうきゅう―)は、那覇都市圏を中心に沖縄県をホームタウンとするプロバスケットボールチーム。2007-08シーズンよりbjリーグに新規参入した。沖縄県初のプロスポーツチーム。

チーム名「キングス」は沖縄が琉球王国であった歴史に由来し、bjリーグの中でもキングのような存在になって欲しいという願いも込められた。なお、bjリーグでは、ホームタウンの自治体名を公式の略称とするので、琉球ではなく「沖縄」を用いる。

目次

[編集] 概要

[編集] チームカラー

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[編集] ユニフォームスポンサー

[編集] ユニフォームサプライの遍歴

[編集] 歴史

[編集] bjリーグ参戦まで

沖縄はアメリカ文化の影響を強く受けた経緯から、バスケットボールが野球とともに盛んである。特に中学生のバスケ部入部率が高く、全国大会優勝回数も都道府県別で最も多い。また、沖縄出身の選手もトップレベルで数多く活躍している。

bjリーグ発足後、沖縄でもプロチーム結成の機運が高まり、東京のスポーツビジネス関連会社スポーツ・イノベーション株式会社が中心となって運営母体となる「沖縄バスケットボール株式会社」が設立された。2006年10月5日、bjリーグ参戦が決まった。

チーム名は一般公募し、候補を「沖縄アイランダーズ」「琉球キングス」「沖縄ティーダーズ」の3件に絞り込み、インターネット投票によって12月1日決定した。

2007年1月27日には、bjリーグ参入を記念し、沖縄バスケットボールとbjリーグ主催の元で、宜野湾市で第1回オールスターゲームが開催される。同日、正式チーム名「琉球ゴールデンキングス」が発表された。

チーム側はメインアリーナを沖縄コンベンションセンターとしているが、2008-09シーズンでは那覇市民体育館での開催が圧倒的に多い。その他、宜野湾市立体育館、名護21世紀の森体育館などが使用される。

[編集] 2007-2008シーズン

シーズン前に沖縄県内でプレ・トライアウトを実施し、合同トライアウトドラフトで、澤岻直人ブライアン・シンプソンを獲得。外国人フォワードや、日本人は沖縄出身の選手多く獲得し、戦力を整えた。

シーズンでは開幕カードの大分ヒートデビルズ戦の第2戦で1勝を挙げ、記念すべき初勝利を挙げる。次節の対戦相手である埼玉ブロンコス戦の第1戦でも1勝を挙げ、早くも連勝するが、この後9連敗を喫してしまうなど、ゴールデンキングスの1年目は10勝34敗とウェスタンカンファレンス5位と苦しいものとなった。それでも富山グラウジーズから全勝し、大阪エヴェッサ新潟アルビレックスBBのホームゲームでも勝利するなど、アウェイでは5勝を挙げている。

[編集] 2008-2009シーズン

前年度の西地区最下位にともないヘルナンド・プラネルズヘッドコーチを解任。後任に前年度まで大分を率いた桶谷大を招聘した。

吉田平をフリーエージェントで失う(契約をせず事実上の解雇)などしたが、ドラフトでレラカムイ北海道菅原洋介を指名し、ベテランの青木勇人を大分から移籍獲得するなど補強を決行した。シーズン序盤は、昨年王者の大阪エヴェッサからアウェイで連勝するなど開幕9連勝を記録、以後も快進撃を続け参入2年目はウェスタンカンファレンス1位となった。

さらにプレイオフではカンファレンスセミファイナルでライジング福岡を圧倒、カンファレンスファイナルでは大阪エヴェッサの4連覇を阻む。そしてファイナルは東京アパッチに89-82で勝利し、初優勝を決めた。このプレイオフでも活躍したジェフ・ニュートンはレギュラー・プレイオフ両方の最優秀選手に輝いた。

[編集] 成績

年度 レギュラーシーズン 最終結果 HC 備考
勝率 ゲーム差 得点 失点 得失点差 順位
2007-08 10 34 0.227 10.0(6.0) 82.5 89.6 -7.1 西5位 - ヘルナンド・プラネルズ 新規参入1年目
2008-09 41 11 0.788 - 84.5 77.7 +6.8 西1位 優勝 桶谷大

ゲーム差は( )外は1位、( )内はプレイオフ圏との差をそれぞれ表している。

[編集] チームの特徴

「バスケットボールの本当の楽しさを知ってほしい」というチームの方針から、走るバスケを展開している。初年度ヘッドコーチであったヘルナンド・プラネルズは、この方針のもとチーム作りを行ったが、走り負けてしまう事が多く、低い得点力も相まって、西地区最下位に沈んだ。しかし、2008-2009シーズンは3ポイントの上手いマクヘンリーや、大阪時代から走るバスケで3連覇を達成したニュートンが加入し、得点力のアップに成功している。

[編集] スタッフと選手

[編集] スタッフ

役職 名前 生年 出身 出身校
ヘッドコーチ 桶谷大 1977 京都府 アリゾナ州立大学
アシスタントコーチ 伊佐勉 1969 沖縄県 専修大学
アシスタントコーチ キース・リチャードソン 1965 米国ノースカロライナ州 ジョージア工科大学
ストレングス&コンディショニングコーチ 大城英稔 1981 沖縄県浦添市 マーシャル大学大学院
アスレチックトレーナー 城間遼子 1983 沖縄県那覇市 カリフォルニア州立大学フレズノ校
通訳兼マネージャー 中村篤郎 1982 千葉県 テキサス大学サンアントニオ校

[編集] 選手

No. 名前 生年 身長、体重 出身 前所属
2 澤岻安史 1979年 181cm/83kg 沖縄県 横浜ギガキャッツ
3 ジョージ・リーチ 1981年 210cm/104kg 米国・ノースカロライナ州 高松ファイブアローズ
5 アンソニー・マクヘンリー 1983年 202cm/101kg 米国・アラバマ州 Fort Worth Flyers(NBADL)
6 金城茂之 1984年 182cm/80kg 沖縄県 大東文化大学
8 与那嶺翼 1983年 173cm/70kg 沖縄県 大分ヒートデビルズ
11 山城吉超 1984年 188cm/120kg 沖縄県 大阪商業大学
13 菅原洋介 1983年 186cm/82kg 北海道 レラカムイ北海道
32 ブライアン・シンプソン 1984年 197cm/97kg 米国・ジョージア州 Kadena Falcons
33 青木勇人 1974年 193cm/92kg 神奈川県 大分ヒートデビルズ
50 ジェフ・ニュートン 1981年 205cm/95kg 米国・ジョージア州 大阪エヴェッサ

[編集] 過去の所属選手

[編集] 琉球ゴールデンキングスが唯一

  • スコアボード、コートサイドのイス席は全てアメリカから輸入したものである。これはbjリーグのチームでは唯一で、日本国内でも唯一である。
  • 発足当初、背番号については看板選手である澤岻直人の番号を一般公募により決定し、その後全選手発表された。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月26日 (土) 05:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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