甚目寺町

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甚目寺町
じもくじちょう
日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
海部郡
団体コード 23423-1
面積 9.34km²
総人口 39,802
推計人口、2009年10月1日)
人口密度 4,260人/km²
隣接自治体 中村区清須市稲沢市
美和町七宝町大治町
町の木 クスノキ
町の花 キク
他のシンボル
甚目寺町役場
所在地 〒490-1198 愛知県
海部郡甚目寺町大字甚目寺字二伴田76番地
電話番号 052-444-3166
外部リンク 甚目寺町

甚目寺町位置図(愛知県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
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甚目寺町(じもくじちょう)は、愛知県の中西部に位置する2010年3月22日に同郡美和町七宝町と合併してあま市となり消滅する予定。

目次

[編集] 地理

[編集] 隣接している自治体

[編集] 人口

甚目寺町と全国の年齢別人口分布 甚目寺町の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 甚目寺町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 28,270人
1985年 28,839人
1990年 31,282人
1995年 33,018人
2000年 35,916人
2005年 38,563人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 歴史

海道記』に萱津とある。

渡りはつれば尾張の國に移りぬ。(中略)萱津の宿に泊りぬ。

[編集] 沿革

  • 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行により、
    • 甚目寺村・坂巻村・本郷村が合併し、甚目寺村。
    • 上萱津村・中萱津村・下萱津村が合併し、萱津村。
    • 石作村・方領村・小路村が合併し、春富村。
    • 西今宿村・上条村・土田村・迫間村が合併し、白鷹村。
    • 及び、森村、新居屋村、東今宿村の7村が誕生。
  • 1906年(明治39年)7月1日 - 甚目寺村、萱津村、森村、春富村、新居屋村、東今宿村、白鷹村が合併し、甚目寺村発足
  • 1919年(大正8年)10月 - 廻間地区を清洲町に編入する。
  • 1933年(昭和8年)8月1日 - 町制施行をし甚目寺町となる。
  • 1943年(昭和18年)1月1日 - 土田・上条地区を清洲町に編入する。
  • 2008年(平成20年)[1]
    • 5月1日 - 美和町七宝町大治町との間に、東部四町合併研究会設置。
    • 11月5日 - 大治町の離脱により研究会を解散、七宝・美和・甚目寺町合併研究会設置。
  • 2009年(平成21年)
    • 2月 - 住民に対して合併に関するアンケートを実施。甚目寺町では「賛成」が41.5%、「どちらかといえば賛成」が23.9%であった[2]
    • 4月 - アンケート結果を受け、七宝・美和・甚目寺町合併協議会を設置[3]
    • 7月24日 - 新設される市名として公募多数と委員会選出の計6つを候補とし、協議会での投票の結果「あま市」と決定された。同時に美和町役場を市役所の本庁舎とし、七宝と甚目寺の各町役場を分庁舎とすることが決定された[4]

[編集] 行政

  • 町長:村上浩司(2006年12月25日~)

周辺町村と病院組合を作り、甚目寺町はその中心となっている。1955年より甚目寺町、大治町七宝町美和町新川町(現・清須市)の5町で公立尾陽病院を設立している。

[編集] 経済

名古屋市中心部からの距離が近いが、その割に地価が低いとされる。

[編集] 商業

[編集] 教育

甚目寺観音

[編集] 高等学校

[編集] 中学校

  • 甚目寺町立甚目寺中学校
  • 甚目寺町立南中学校

[編集] 小学校

  • 甚目寺町立甚目寺小学校
  • 甚目寺町立東小学校
  • 甚目寺町立南小学校
  • 甚目寺町立西小学校

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

[編集] 道路

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

町内に当時の壕などが残る。1995年に甚目寺町教育委員会が「甚目寺飛行場」という冊子を作成した。

[編集] 脚注

[ヘルプ]

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ


最終更新 2009年11月3日 (火) 11:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【甚目寺町】変更履歴

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