田中和子 (競輪選手)

田中和子 (競輪選手)の最新ニュースをまとめて検索!

田中 和子(たなか かずこ、1934年- )は、奈良県を登録地としていた元女子競輪選手で、競輪学校ができる前に選手登録された期前選手。選手登録番号405。

目次

[編集] 女王・田中

1949年に選手登録される。デビューしてまもなくの頃は、神奈川の渋谷小夜子が断然強く、田中はその影に隠れていた形となっていたが、1952年川崎競輪場で開催された第6回全国争覇競輪において渋谷らを破って初のタイトルを奪取。

さらに渋谷が引退すると独擅場の強さを誇るようになり、特別競輪を15回制覇。また、落車を1回した以外は全て1着だったという年まであった。また、後続をぶっちぎって悠々と1着ゴールしたケースも数知れず。この驚愕ともいえる強さから、今もなお、女子競輪が存在した時代の代表選手として、田中の名前を挙げる人は少なくない。ちなみに「男子選手」の特別競輪全冠制覇は1988年井上茂徳まで達成した選手はいなかったが、女子競輪における「全冠制覇」は、田中が1955年に達成しており、また女子では唯一の全冠制覇選手でもある。また、当時トップスターの一人であった高橋恒と結婚し、結婚後もしばらく競走生活を続けていた。

しかし1960年限りで引退。田中が引退したことで女子競輪廃止の機運が一気に高まったと見られ、1964年10月31日限りで、女子競輪全廃のため、当時在籍していた女子選手は全て登録を抹消された。引退後は甲子園競輪場にあった食堂の経営者になったという。

[編集] 特別競輪優勝実績

1952年
第6回全国争覇競輪川崎競輪場
1954年
第5回高松宮同妃賜杯競輪大津びわこ競輪場
第9回全国争覇競輪(川崎競輪場)
1955年
第6回高松宮同妃賜杯競輪(大津びわこ競輪場)
第9回全国都道府県選抜競輪大宮競輪場
第10回全国争覇競輪(大阪中央競輪場
第3回競輪祭小倉競輪場
1956年
第10回全国都道府県選抜競輪(名古屋競輪場
第7回高松宮同妃賜杯競輪(大津びわこ競輪場)
第11回全国都道府県選抜競輪(神戸競輪場
1957年
第8回高松宮同妃賜杯競輪(大津びわこ競輪場)
1958年
第14回全国都道府県選抜競輪(花月園競輪場
第15回全国都道府県選抜競輪(一宮競輪場
1959年
第16回全国都道府県選抜競輪(立川競輪場
1960年
第17回全国都道府県選抜競輪(一宮競輪場)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年9月20日 (日) 10:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【田中和子 (競輪選手)】変更履歴

ご利用上の注意