田中和徳
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| 生年月日 | 1949年1月21日(60歳) |
|---|---|
| 出身地 | 山口県下関市 |
| 出身校 | 法政大学法学部卒業 |
| 学位・資格 | 学士 |
| 前職 | 川崎市議会議員 神奈川県議会議員 |
| 所属委員会 内閣役職 |
衆議院財務金融委員(委員長) |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 比例南関東ブロック(神奈川県第10区) |
| 当選回数 | 5回 |
| 所属党派 | 自由民主党(山崎派) |
| 党役職 | 副幹事長 |
| 会館部屋番号 | 衆・第1議員会館504号室 |
| ウェブサイト | 衆議院議員 田中和徳 公式WEBサイト |
田中 和德(たなか かずのり、1949年1月21日 - )は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員。
目次 |
[編集] 概要
山口県下関市(旧豊田町)生まれ。山口県立西市高等学校を経て1972年に法政大学法学部卒業。その後、斎藤文夫の秘書となり、川崎市議会議員を2期8年、神奈川県議会議員を1期4年を務める。1996年に衆議院議員に初当選。神奈川10区で比例復活(同じ法大法律学科卒の菅義偉も衆院初当選)。国土交通大臣政務官、財務大臣政務官、外務政務官を歴任し、国会対策副委員長を務める。2006年9月発足の安倍内閣で財務副大臣に任命。2007年7月、党財務金融部会長とイラク・テロ特別委員会理事に就任。
2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙に自由民主党から出馬。公明党の推薦も受ける。小選挙区では落選も比例区で復活当選。[1]
[編集] 人物
- 自由民主党政策調査会 無駄遣い撲滅プロジェクトチーム所属
- 街の酒屋さんを守る国会議員の会会長
- 北京オリンピックを支援する議員の会 所属
- 消費者金融(サラ金)など貸金業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)から政治献金を受けている[2] 。
- 自民党遊技業振興議員連盟(自民党パチンコ議連)幹事
- パチンコ・チェーンストア協会の政治アドバイザー
[編集] 政策
「街の酒屋さんを守る国会議員の会」会長を務めているように、酒類小売業者の経営の改善等に関する緊急措置法を議員立法で成立させた実績があり、酒販売の規制緩和に否定的で、消費者より個人商店・中小企業の酒屋を支持する立場を鮮明にしている。
外国人参政権については、在日韓国人組織の民団の集会で「外国人登録者は200万人を突破し、永住者も83万人にのぼる。開かれた国、誇り高い国として、開かれた社会の構築へ、共に地方参政権実現に努力することを約束する」と、定住外国人への地方参政権付与に肯定的な発言をした。[3]他方、従軍慰安婦問題に関しては、中川昭一が中心となって行った議論の中で、河野談話は踏み込みすぎであり、強制連行があったという証拠は弱いのに「自虐的」な議論を中学生の教科書に載せるべきではなく、義務教育の段階では国旗・国家を敬うことを教えることのほうが重要であるとの見解を述べている。[4]
各省庁の無駄遣いを一掃することを目的として2008年6月に発足した自由民主党政策調査会「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」のメンバーとして、第一次緊急取りまとめ(2008年6月30日)の策定に関与した。[要出典]その中で、「独立行政法人整理合理化計画」(平成19年12月24日閣議決定)に盛り込まれた改革を厳しく検証し、特に、引き続き検討するとされた雇用・能力開発機構、住宅金融支援機構、都市再生機構の見直しの方向性を早急に検討するとした。
地元(神奈川10区)の政治活動においては、地元への国の機関誘致に力を入れている。[要出典]2000年には、神奈川10区に労働福祉事業団(現、独立行政法人労働者健康福祉機構[5])を誘致し、それを活動実績として自身のホームページにおいて公開している[6]。
[編集] 不祥事
[編集] 知的障害者を不在者投票へ動員
2003年、公明党支持者の3名が、重度の知的障害者に、田中と公明党のページが見えるよう折り曲げた選挙公報を持たせて不在者投票に行かせ、選挙管理委員会職員を騙して選挙区・田中、比例・公明党と解釈させて、職員の代理投票により票を得た事件(公職選挙法の投票偽造)が発覚、川崎市の議会で日本共産党の市議が選管と市長の見解を問う質問を行うことになった[7]。しかし、当時の読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・東京・神奈川の各新聞の記事では、公明党の名も、田中和徳の名も出ていない(犯人の名は実名報道である)。大手新聞で公明党と田中の名前を実名報道したのは、産経新聞のみであった[8]。
[編集] 脱税企業から多額の献金
2005年、東京国税局が脱税容疑で調査をしていた信用保証会社の「全国保証」会長浅川忠俊は、料亭で田中和徳に500万円、同席した神奈川県議に300万円を渡し、税務調査を逃れようとした。複数の同社関係者は、「会食と献金は税務調査を止めてもらうためだった」と話しているのに対して、田中は、当選祝いの趣旨で受け取ったとしている。また、これとは別に、「全国保証」と関連会社の「野村エステート・ファイナンス」からあわせて240万円の献金を受け取っていることが報道された時は、同様に問題の無い金で、受け取った当時は全国保証に税務調査が入っていたとは知らなかったとしている。他方、同じ献金を受けていた神奈川1区の自民党衆議院議員松本純は、「税金を払わない企業が、政治献金するのはおかしい」という指摘は正当なものだと考え、脱税行為の該当期間分の献金は返却したと自身のサイトで報告している。
[編集] 議員会館に事務所を設置
2007年1月28日、衆議院内部規定(1994年12月衆議院管理委員会決定)に違反し、田中が資金管理団体以外の政治団体の「主たる事務所」を議員会館に設置していたことが発覚した。田中が代表の「新都市構想懇話会」は2005年10月から、資金管理団体でないにも関わらず衆議院議員会館の田中の事務所に主たる事務所を置いていたと新聞報道される。マスコミからの取材に対し、田中の事務所は、議員会館に政治団体の事務所を移した理由として、新都市構想懇話会の役員の都合と説明している。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 衆院選小選挙区 自民128人推薦 2009年8月7日公明新聞
- ^ パーティ券リストの面々 しんぶん赤旗 2003年9月12日
- ^ 民団新聞 2008年3月26日 http://www.mindan.org/sidemenu/sm_sansei_view.php?newsid=9510&page=4&subpage=130&sselect=&skey=
- ^ 日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会「歴史教科書への疑問 若手国会議員による歴史教科諸問題の総括」展転社
- ^ 独立行政法人労働者健康福祉機構は、労災保険を原資とした未払賃金の立替払事業を行っている(会社倒産時に借り入れ可能な金は、医療費だけでなく、あらゆる用途に使える)ほか、高尾みころも霊堂を運営している。
- ^ 田中和徳公式ホームページには、「川崎市への国の機関を多数誘致」という項目があり、「実は、平成12年に労働福祉事業団(現独立行政法人労働者健康福祉機構。全国39の労災病院の本部。現在は川崎駅西口「ソリッドスクエア」に移転)を誘致するまで、川崎には全くありませんでした」「引き続き他の機関の誘致実現に努力します」と記載されている。
- ^ 川崎市議会の議事録オンライン検索で閲覧可能。ただし、市長の返答は「遺憾である」であり、選管の発言はない。
- ^ 川崎市選挙管理委員会が保存していた当時の新聞の切り抜きによる。開示請求可能。ただし、川崎市の文書保管期限は不明。
最終更新 2009年9月12日 (土) 14:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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