田向正健
田向正健の最新ニュースをまとめて検索!
田向 正健(たむかい せいけん、1936年9月27日 - )は、日本の脚本家。「田向」は向田邦子への尊敬からつけたペンネーム。本名は不詳。
目次 |
[編集] 経歴・人物
東京都出身。東京都立深川高等学校を経て1961年に明治大学文学部卒業後、松竹大船撮影所に助監督として入社。1969年に、映画『とめてくれるな、おっ母さん』で脚本・監督を務める。同年木下惠介プロに移籍し、それ以後は脚本家の道を歩む。1976年、NHK連続テレビ小説『雲のじゅうたん』で人気脚本家となる。
1988年、NHK大河ドラマ『武田信玄』を大ヒットさせ、大河史上2位の平均視聴率を上げた。その後も、2本の大河ドラマを執筆している。
同世代の脚本家である山田太一との交流が深い。山田は、刺激を受けた脚本家として倉本聰と向田邦子、田向の名を挙げている[1]。
『レイコの歯医者さん』『徳川慶喜』で組んだ大原麗子が2009年に死去した際には、「ユニークで、年齢というものをあまり感じない人だった。(…)最近はいわゆる俳優というものが日常のドラマからいなくなっている。日本を代表する女優の一人がまた消えたかという感じがする」とのコメントを出した[2]。
[編集] 主な作品
[編集] 映画
[編集] テレビドラマ
- 『冬の旅』(1970年、TBS)
- 『喪服の訪問者』(1971年、日本テレビ)
- 連続テレビ小説『雲のじゅうたん』(1976年、NHK総合)
- 『魔女と呼ばれる占い師は自己革命を夢みてた』(1977年、日本テレビ)
- 『サーカス』(1977年、NHK)
- 『優しい時代』(1978年、NHK)
- 銀河テレビ小説『家族日記』(1979年、NHK)
- 『見えない影』(1979年、テレビ朝日)
- 『草野球・草家族』(1980年、テレビ朝日)
- 『しあわせ戦争』(1980年、TBS)
- 『いつか黄昏の街で』(1981年、TBS)
- 『海辺のマリア』(1981年、MBS)
- 『リラックス 松原克己の日常生活』(1982年、関西テレビ)
- 『鳥人伝』(1982年、TBS)
- 銀河テレビ小説『やつらの戦い』(1983年、NHK)
- 『夏に恋する女たち』(1983年、TBS)
- 『未知なる叛乱』(1983年、TBS)
- 連続テレビ小説『ロマンス』(1984年、NHK)
- 銀河テレビ小説 『やつらの戦い2』(1985年、NHK)
- 『夫婦生活』(1985年、TBS)
- 『オアシスを求めて』(1985年、NHK)
- 銀河テレビ小説『下町三人娘』(1986年、NHK)
- 火曜サスペンス劇場『盗聴する女』(1986年、日本テレビ)
- 銀河テレビ小説『おんなの時代』(1987年、NHK)
- 『橋の上においでよ』(1987年、NHK)
- 大河ドラマ『武田信玄』(1988年、NHK)
- 『問題の教師』(1989年、テレビ朝日)
- 『真夜中のテニス』(1990年、NHK)
- 『大石内蔵助・冬の決戦』(1991年、NHK)
- 大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』(1992年、NHK)
- 『街角』(1993年、NHK)
- 『和菓子の味』(1994年、NHK)
- 月曜ドラマスペシャル『ひとさらい』(1995年、TBS)
- ドラマ新銀河『レイコの歯医者さん』(1996年、NHK)
- 『月の船』(1996年、NHK)
- 月曜ドラマスペシャル『誰かが私を愛してる』(1997年、TBS)
- 大河ドラマ『徳川慶喜』(1998年、NHK)
- 『ワルシャワの秋』(2003年、関西テレビ)
- 『ハチロー~母の詩、父の詩~』(2005年、NHK)
[編集] 脚注
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年11月12日 (木) 23:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【田向正健】変更履歴


