田嶋伸博
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田嶋 伸博(たじま のぶひろ、1950年6月28日 - )は、日本のモータースポーツドライバー。石川県小松市出身。現在はスズキの四輪モータースポーツ子会社である株式会社スズキスポーツ、モンスタースポーツジャパン、自動車ディーラータジマモーターコーポレーションの代表取締役社長。通称は「モンスター田嶋」。
1968年にモータースポーツデビュー。主にラリーやダートトライアルを得意とし、1996年・1997年・1998年・2001年・2002年と、過去5回アジアパシフィックラリー選手権(APRC)の2輪駆動部門でシリーズチャンピオンを獲得したほか、1995年と2006年・2007年・2008年・2009年の四年連続でアメリカのパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムで総合優勝を飾っている(1995年と2006年はスズキ・エスクード、2007年・2008年はスズキ・XL7、2009年はスズキ・SX4を使用)。
一方で1986年にスズキスポーツを設立し、スズキの車を使用してモータースポーツに参戦するレーサーの後方支援活動も展開。2002年にはスズキスポーツがスズキ・イグニスを使用して世界ラリー選手権(WRC)・JWRCクラスへ参戦するに当たり、そのチーム監督に就任した。また2007年からスタートしている、スズキ・SX4を使用したWRCへの本格参戦プロジェクトの指揮も取っていたが、第11戦後にマシン開発部門へ異動となった。
[編集] エピソード
- ダートラに参戦していた時、出走時にピンクレディーの「モンスター」が流れていた。これは愛称であるモンスターの名に由来。
- 1990年9月に行われたラリーオーストラリアに出走(総合21位完走)した時、最終SS前に一般車両に運転席側ドアに突っ込まれ右腕骨折の怪我を負ってしまったが、その2週間後に行われた全日本ダートトライアル選手権に出走し見事な総合優勝を飾った。普通の人ならまだ入院している状態での優勝に他のドライバーは皆驚いていた。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月1日 (土) 22:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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