田嶋陽子

田嶋陽子の最新ニュースをまとめて検索!

日本の政治家
田嶋 陽子
たじま ようこ
出生地 岡山県浅口郡鴨方町
出身校 津田塾大学学芸学部卒業
津田塾大学大学院修了
前職 法政大学第一教養部教授
現職 田嶋陽子女性学研究所代表取締役
所属政党 社会民主党→)
無所属
称号 博士(津田塾大学・1969年
公式サイト 田嶋陽子 Yoko Tajima HP

選挙区 比例区
当選回数 1
任期 2001年7月29日 - 2003年3月27日
  

田嶋 陽子(たじま ようこ、1941年4月6日 - )は、日本文学者英文学女性学)、タレントラディカル・フェミニストシャンソン歌手政治家学位博士津田塾大学1969年)。株式会社田嶋陽子女性学研究所代表取締役

法政大学第一教養部教授参議院議員(1期)などを歴任した。

目次

[編集] 概要

岡山県浅口郡鴨方町(現・浅口市)出身。静岡県浜松市育ち。1980年代には、NHK教育テレビの最上級者向け英会話番組「英語会話II」(1985年1988年)の司会進行役だった。初年度は日本語ビデオ内容を概説するだけで英語はほとんど話さなかったが、後にイギリス人ゲストと会話もするようになった。後の活発な言論活動が想像もつかぬほど地味な役回りだった。

1990年フジテレビ系『笑っていいとも!』の「モリタ花婿アカデミー」のコーナーに「講師」として出演。それまではこの番組やタモリのことを全く知らなかったという。その時に初めてメディアで「女性本位、男性卑下」の持論を展開し、反響を呼びその後レギュラーとして出演。

1991年1月7日にテレビ朝日系『ビートたけしのTVタックル』にゲストとして出演。そこで「パンツも洗えないような男は一人前じゃないよね」という男性差別発言でビートたけしと論争になった。その後レギュラーとして出演し、番組でもよく性差別問題を扱うようになり、女性差別批判と男性差別擁護を繰り広げるなど、女性本位で男性を感情的に卑下する論調から、他の多くの男性パネリストと論戦バトルを繰り広げ、特に舛添要一を敵対視し、舛添は演説で「田嶋さんとメディアでよく喧嘩しているけど、あの人の事は本当に嫌いなんです。『本当は仲良いんでしょ』とかよく聞かれるんですけどね。」と述べている。嵐山光三郎と出演した際は怒って途中退席した事もある(ただし、嵐山からの質問に対しては答えずに席を立ったため、単に答えに窮して逃げただけとの見方も出来る)。東京都知事に就任する前の石原慎太郎が出演した際にも「人の言うことはきちんと聞いてから物を言った方がいい」と田嶋を批判した石原に対して熱弁を振るったが、石原は終始呆れ顔であり、「あんまりためにならないねこの番組は」と吐き捨てた。

1994年ニッセンのCMに出演し、その中の「見ーてーるーだーけー」のフレーズが有名。1996年には伊丹十三の映画「スーパーの女」にも出演。

2003年からよみうりテレビたかじんのそこまで言って委員会』に準レギュラーで出演。しかし、発言が感情的で論理的でないことから、番組内でしばしば三宅久之桂ざこば橋下徹(現大阪府知事)、宮崎哲弥勝谷誠彦ケビン・クローンらと論戦になることがある。その中でも三宅、勝谷、橋下、宮崎と口論になることが多いが、特に三宅久之との口論は番組の名物となり、「因縁の対決」とも言われている。ただ、三宅は田嶋の出演していない回の同番組で「田嶋さんがいないとテンションが上がらない」と発言している。

2006年初回放送の中で「今年の公約」という項目に対し「三宅さんに『私が間違っていました』と言わせる」と宣言した(に三宅久之の公約は「猛女田嶋女史の精神を改造し素敵な女性にしたい」)。しかしこれらの公約は結局守られなかった。また同番組で、「司会者までが私の事を憎んでいる」と田嶋が発言した事に対して、宮崎哲弥は、「愛してますよ」と発言し、この意見に橋下やたかじんを始めスタジオ全体が同調した。それに対し、田嶋は「うるさいよ」と言いながら照れていた。なお、この日は、三宅久之は出演していなかった。不在の回でも「田嶋さんがいないから代わりに言いますけど」などと他のパネラーがしばしば発言している。2008年8月には、三宅が田嶋に対して「人がいいんだけれども、思想が良くない」と言っている。

2006年2月19日に、歌手としてリサイタルを開催し、プロを目指してレッスンに励んでいるが、成果は出ていない。

[編集] 人物

  • 幼少の頃、戦争中で父親が召集され家を転々とし居候生活をしていた。小学生の頃、母親が脊椎カリエスを発病し寝たきりの生活を送っていたが、その中で母親から非常に厳しく育てられた。だが、母親は兄に対しては余り厳しくなかったため、この経験は一種のトラウマになり、本人曰く「解放されるのに育てられたのと同じだけの時間がかかった」。また「何故自分だけが厳しく育てられなければならなかったのか」との問題意識から女性学を学んだというが、この様な母親の態度は社会的な性差別問題に基づくものではなく、個人の教育方針によるものである(実際に逆の教育方針を取る母親も多い)にもかかわらず、そのことについての言及はない。なお、学生の頃の夢は医者になることだった。
  • 本人の弁では「一度目のイギリス留学の間に、年下のベルギー公爵に求婚され、交際中はお城での生活を送っていた」とのことである。また二度目のイギリス留学でも帰国後10年間の「通い婚」を経験したと語っている。なおその後、討論バラエティー番組内で、結婚制度について「合法的なレイプだと思っている」という旨の(ラディカル・フェミニズムの主張の)発言をし、他の出演者から反発を買ったことがある(『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。』)が、留学時の自らの行動との矛盾点についての釈明は行っていない。
  • 「フェミニスト」を自称し大学教授を務めていたため、フェミニズム学者のようなイメージを持たれているが、実際は英文学者として出発し、国内外の文学テキストのフェミニズム的読解を一般向けに発表していた。法政大学教員のポストも英文学の領域で得たものである。大学の講義も、第一教養部では英語に関する授業で中身は女性学というものを開講していた(後に法学部の専門科目を担当した際は、普通に日本語で女性学を講義した)。
  • テレビの討論番組などに出演した際の発言がしばしば攻撃的ととられ、よく他の出演者と論戦になることがある一方で、一般的な左翼派の人物が、局もしくは制作会社側から出演依頼しても断る例が多い保守派寄りの「バトルトーク番組」にも積極的に出演しており、そこで孤立無援の状態で自論を展開する姿は保守派の人間の中からも『悪役レスラー的な立場を敢えて貫いているフシさえある』と一面評価する者もいる(先述の『たかじんのそこまで言って委員会』での三宅久之との、時には罵倒合戦にまで発展するほどの論争ぶりは番組名物と化しているが、三宅本人は田嶋の思想は別にして『人としてはいい人』と語っている)。説明用のVTRの放映中や他人の発言中に「その通りだ」、「違う」、「おかしいよ」等々の合いの手を入れ、議論ということにおいてマナー違反と考えられる言動を多くとるが、これもショー的に盛り上げのためと考えることもできる。
  • 「男女」という表現は差別だから、「女男」という表現を使おうと主張した事があったが、この発言に関しては、「『男女』が差別なら、『女男』も差別だ。本当に平等を望む人間なら、もっと中性的な造語を作るもんじゃないのですか」といった冷静な指摘を受けても主張を変えようとはしなかった。また、一部の自民党議員から「伝統的な日本語表現を破壊する言葉狩りだ」といった反発をうけた。
  • テレビや講演会などで「漢字は男女差別を内包しているので、漢字のあり方についても考えるべき」という趣旨の発言を行っているが、上記の様に「女性優位、男性卑下」の思想に基づき、根拠があいまいなことから殆ど支持されていない。なお自らの「女性優位、男性卑下」思想もあり、女系天皇には全面的に賛成する立場をとっている。
  • その主張や経歴(元社民党議員)から誤解されがちであるが、社会主義者やマルキストの類ではなく、むしろ経済競争を強調する新自由主義者と言える。歴史認識、憲法改正反対等で歩を同じくするはずの社民党・共産党に対しても「小さくまとまって何もできない人達」と批判する。経済格差を「絶対悪」とは認識していない点も、この二政党とは主張を異にする。
  • 実際に、かねてからイギリスサッチャー政権(サッチャリズム)を全面的に支持しており、臨調行革路線や国鉄分割民営化電電公社民営化などを手放しで支持し、小泉改革(郵政民営化には賛成)や堀江貴文に一定の評価を下すなど、経済的な面では新保守主義に対しては肯定的な立場を取るが、男女の役割分担や、性に関する問題、ジェンダーフリーといった経済面以外では、新保守主主義と真っ向から対立する。実際、第44回衆議院議員総選挙の時には、「郵政の対案すら出せず郵政問題に関して逃げた民主党には失望した」と発言し自民党を支持している。
  • なお、元々政治に興味があったわけではなく特に社民党の政策を支持していたわけでもなかったが、参議院議員選挙出馬時の記者会見では「頼まれたから出馬することにした。自分の主張を国会に反映させられるなら何処でも良いと思っている。他党が社民党より優れていると判断すれば、直ちに移籍する。」と発言。しかし、2001年参院選より導入された比例区選出議員の政党間移動禁止を福島瑞穂より指摘され、「何故出来ないのか。そんな議員の自由な活動を縛る制度はおかしい」と憤慨した。またその発言に対し「選挙民をだますという卑劣な手段だ」として、自民党議員から非難された。[要出典]
  • 参議院議員としての経験について、後に『ビートたけしのTVタックル』で「あんなに忙しいとは思わなかった。あれじゃ他のことが何もできやしない」と語っている。
  • 「TVタックル」にて1995年の東京都知事選挙に当選した青島幸男の選挙の手法に話題が及んだ際、「うるさく騒ぐ党や候補者に入れない」ということを明らかにした。しかし、上記のとおり2001年に社会民主党から田嶋自身が出馬した際には、自らかなりうるさく騒ぎたて「お祭り状態」で選挙を行ったあげく、投票日当日には大きな声で社会民主党に入れたことほのめかす言葉を報道陣の前で発言した。
  • その後神奈川県知事選挙に立候補した際、記者から神奈川県の財政状況を聞かれ「知りません」と発言し、中田宏横浜市長から「立候補するのはご自由であるが、せめて神奈川県の財政状況くらいは勉強して欲しい」と苦言を呈されている。選挙の結果、田嶋は松沢成文知事に敗れた。
  • 静岡県伊豆市にある「ライフハウス友だち村」で、年4回「田嶋陽子のおしゃべりサロン」を開催している。

[編集] 略歴

[編集] 出演番組

[編集] バラエティ

[編集] ドキュメンタリー

  • 世界わが心の旅 ~スマトラ大地の女たち~(NHK衛星第2

[編集] ダンス

[編集] ドラマ・映画

[編集] 語学

  • 英語会話Ⅱ(1985年~1988年・NHK教育)※英語講師として出演

[編集] CM

[編集] 著書

  • 愛という名の支配(講談社α文庫・2005年/太郎次郎社・1992年)
  • もう、「女」はやってられない。(講談社・1993年)
  • だからなんなのさ! -史上最強の田嶋陽子DX(テレビ朝日・1995年)
  • それでも恋がしたいあなたへ -私の性体験談(徳間文庫・1999年)
  • 田嶋陽子が人生の先達と考える女の大老境(マガジンハウス・1997年)
  • ヒロインはなぜ殺されるのか(講談社・1997年)
  • だから、女は「男」をあてにしない(講談社・2001年)
  • もう男だけに政治はまかせられない。(オークラ出版・2002年)
  • 女は愛でバカになる(集英社・2003年)
  • 田島陽子と日本全国1憶2000万人のバトルロワイアル(2008年)

[編集] 訳書

  • 現代イギリス女流短編集(Muriel Spark著、太陽社、1974年)
    全317ページ中、「ゴー・アウェイ・バード」(101 - 161ページ)を担当。
  • シベリアの馬ジャンパー(Nicholas Kalashnikoff著、ぬぷん児童図書出版、1978年)
  • 届かない手紙 - レベッカ・ウエスト(フェイ・ウェルドン著、山口書店、1997年)

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 2008年11月28日放送の探偵!ナイトスクープより。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月26日 (木) 13:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【田嶋陽子】変更履歴

ご利用上の注意