田村亮 (お笑い)

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 田村亮
本名 同じ
生年月日 1972年1月8日(37歳)
出身地 大阪府高槻市
血液型 A型
身長 172cm
方言 大阪弁
最終学歴 大阪府立芥川高等学校
出身 銀座七丁目劇場オーディション
コンビ名 ロンドンブーツ1号2号
相方 田村淳
芸風 コント(ツッコミ)など
事務所 吉本興業
活動時期 1993年 - 現在
同期 アンジャッシュ など
現在の代表番組 特に無し
過去の代表番組 いただきマッスル!
配偶者 既婚
  

田村 亮(たむら りょう、1972年1月8日 - )は、日本お笑いタレントロンドンブーツ1号2号ツッコミ担当(時々ボケ担当)。吉本興業所属で相方は田村淳大阪府立芥川高等学校卒業。

目次

[編集] 人物

  • 大阪府高槻市出身。身長172cm。
  • 血液型はA型。
  • 相方・淳と同じ姓だが血縁関係はない。
  • 短い金髪がトレードマーク。ブレイク前は黒い長髪だったが、先輩・加藤浩次の勧めで金髪に。そして2009年6月29日のトークライブで14年ぶりに黒髪に戻す。
  • 担当はツッコミだが天然ボケの傾向があるため、逆によく突っ込まれたりイジられたりしている。さらに、淳がドSということもあってかバンジージャンプなどのドッキリの餌食にも度々させられる。
  • 仕切りも苦手で、司会以外の役に頻繁に回っている。コンビでの出演ではスタッフが殆ど淳としか打ち合わせしない、「ロンドンハーツ」のスペシャルの時は殆ど仕事がなく子供とゆっくり過ごせるなど「(淳)じゃない方」扱いされる[1]反面、近年は単独でのゲスト出演の機会が増えている。
  • 父親は大工(既に他界している模様)。学生時代はそれを継ぐつもりで修業もし、『いただきマッスル!』等で能力を度々披露。また淳が鈍足(2006年7月4日放送の『ロンドンハーツ』より)であることも手伝いその他の力仕事も時々任されている。
  • アゴがしゃくれていることを淳によくネタにされる。
  • ラジオでは台本を良く噛む。例えばポルノグラフィティの曲「ヴォイス」を紹介する際「ヴァイス」と読むなど。
  • リズム感や音感がなく、ロンドンブーツ1号2号として二人でレコーディングを行った際、ギターとリードボーカル担当の淳がさっさと録音を終えたのに対し、彼のパートはコーラスだけであったにも関わらずかなり難航したという。
  • 田中直樹ココリコ)、藤井隆と仲が良く、三人で海外旅行に行ったこともある。松本人志曰く「やさし~い、デリケートな三人」。特に田中とは独身時代からの付き合い。
  • 最近では、相方淳頼みのキャラを出している。淳のえこひいきにも「まぁ、ええやろ」と妥協していたり「これからも捨てんで下さい。お願いします。」と発言し、「淳、やっぱりお前がいんと無理や!」と番組中で叫ぶ等。

[編集] 来歴

高校3年生の頃、よみうりテレビ製作『鶴瓶上岡パペポTV』の収録を欠かさず見に行っていたという。

吉本男前ランキング」において2000年から3年連続でNo.1に選ばれ、2003年に殿堂入り。しかし、淳とは対照的に独身時代なぜかモテなかったため、彼によく冷やかされていた。ラジオ番組で淳の軽いノリにより、島崎和歌子に手紙で告白させられたことも。

2000年7月12日未明にバイクを運転中、下り坂と間違えて階段に進入、両腕を骨折する事故を起こした。そのため出演予定だったドラマのクランクインを遅らせることに。

2002年1月30日には田村亮としてのデビューシングル『存在』が発売された。作詞・作曲は田村淳。

2003年に、岡山県出身の女性とできちゃった結婚。『ロンドンハーツ』で独占結婚発表会見が行われた(番組の企画であり、実際の記者会見ではない)。 2008年現在、2男児をもうけている。

2006年、淳が出演していた大河ドラマ功名が辻』にゲスト出演。相方との絡みは無かったが、同じドラマにコンビ揃って出演したことになる。

2007年9月19日放送の「ザ・ベストハウス123」で、マカオ・タワーから2人同時バンジーのギネス記録を達成したかに思われたが、直後にロケに同伴した後藤喜男プロデューサーにあっさり更新されてしまった(しかし、放送後に視聴者から亮を擁護する抗議が殺到)。

2007年10月には田村亮一座を旗揚げし「噂のホスピタル~太陽のコマチ・エンジェル~」を開催。座員はカリカBコース黒沢かずこ森三中)、三瓶入江慎也カラテカ)、パンチ浜崎(ザ・パンチ)、ノンスモーキン辻修ほか。

船舶免許を持っている田村亮は、ある日チャーターした船を操船し出港した際に防波堤に激突して船を破損させた。 所有者から田村本人が吐くほど怒られ、免許も偽造ではないかと疑われたと笑っていいとも!で公表した。

[編集] 趣味

  • プロレス・格闘技ファン。自身も柔道の黒帯を持つ。
  • 旧車マニアで愛車は日産・ブルーバード(510型の2ドア)。
  • 日本のパンクバンドthe ピーズのファンである。
  • 海洋生物も非常に好き。番組で企画されたコーナーでグラビアアイドルの袋閉じには見向きもしなかったが、海洋生物の袋閉じには我を忘れて開き中を凝視したほど。
  • 釣りが趣味で、クールアングラーズアワード2007を受賞した。

[編集] エピソード・その他

  • 2000年、事故で両腕骨折した亮を看病したのは当時売れない芸人として自宅に同居していた川田広樹ガレッジセール)。亮は手が使えなかったため、トイレに行く際川田がお尻を拭いていた。小は品川祐品川庄司)が担当。
  • 2007年2月1日放送の『とんねるずのみなさんのおかげでした』にて行われた卓球対決で敗れ、罰ゲームでパンチパーマ(金髪はそのまま)に。また、パンチパーマ姿で同年2月7日放送の『ザ・ベストハウス123』の収録を行った。
  • 何度もドッキリを受ける一方、自分がドッキリを仕掛ける側になるとうまくいかない。例えば2008年3月に次男が生まれた日はちょうど『ロンドンハーツ』の収録日だったので、普段とは逆に淳ら出演者を驚かせようとしたが、番組スタッフにより既に伝えられていたためあっさり失敗した。
  • 俳優田村亮とは別人だが、家は近い。ある時、俳優・田村亮宛の小包が誤ってロンブー・田村亮宅に届いてしまい、ロンブー亮夫人と俳優・田村がその際会って面識ができたという。
  • タマちゃん騒動の時期、ちょうど亮の(しゃくれた)アゴに髭が生えていたため「お前、アゴヒゲアザラシじゃん!」と言われた後、その軽いノリのまま多摩川をB-DASHGONGONと共にイカダ下りさせられた経験がある。
  • ロンブー龍』の企画で野菜中心の和食の店『菜乃家わいんち』をプロデュースし、オープン。本人も時々店を手伝っている(亮本人は出資しておらず、いわゆる名義貸しである)。
  • 出会った芸能人で最もオーラを感じた相手は本人曰くビートたけし。それまでも「芸能人は皆例外なくオーラを持っている」と思っていたが、たけしは格が違ったという。
  • 喋らない、言葉を噛むなど、芸人として致命的であるが、亮の家を隠し撮りした際、家族といる時はよく喋り、言葉を噛む事が無い。それを見た淳は「家族に毎回(収録に)来てもらいたい」「(噛むのがワザとなら)やめてもらいたい」と発言した[2]

[編集] 単独での出演作品

[編集] 現在

テレビ
ラジオ
  • BATTLE NIGHT RYO キックorチョップ(bayfm
雑誌

[編集] 過去

テレビ
CM

これらの他、近年は単独でのゲスト出演もこなしている。

コンビでの活動はロンドンブーツ1号2号を参照のこと。

[編集] 脚注

  1. ^ 「アメトーーク」~じゃない方芸人
  2. ^ 2009年5月19日放送「ロンドンハーツ」より。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月21日 (土) 13:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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