西武バス滝山営業所
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西武バス滝山営業所(せいぶバスたきやまえいぎょうしょ)は、東京都東久留米市下里の滝山団地に隣接した場所にあり、主に東久留米駅・清瀬駅・花小金井駅を中心に、西武池袋線以南の東久留米市や清瀬市、小平市東部、武蔵野市・西東京市周辺の路線を受け持っている営業所。営業所内には社員の教習所が設けられており、路線車を転用した教習車も在籍している。
1994年の田無営業所閉鎖を受けて、一部路線(ひばりヶ丘駅・田無駅周辺)の路線については、当営業所の支所的扱いの滝山営業所西原車庫(にしはらしゃこ)を設置して統合した(残りの担当分は上石神井営業所に移管)。また、西東京市はなバスの運行も行っている。
車庫最寄りの停留所は「滝山営業所」(車庫前および車庫内に設置)または「滝山団地」である。本項では西原車庫(最寄り停留所:「文華女子中学高校前」。文華女子高前と略すことも)の路線についても説明する。
目次 |
[編集] 沿革
滝山営業所は、公団滝山団地が開設されるのに先駆けて、1968年12月1日に設置・業務開始、東久留米市における西武バスの拠点となった。1988年~89年にかけて、清瀬営業所(新座営業所の前身)からの路線移管が行われたほか、1994年6月16日の田無閉鎖により、西原車庫が田無市(現・西東京市)西原町の文華女子中学・高等学校前に設置された。
西原車庫を含む滝山管轄路線の歴史は、1921年に田無自動車商会が武蔵境駅 - 田無駅間のバスを開業したことに始まる。同商会は角筈(西新宿)の桑原晴民による創業であったが、同区間にはすでに地元の本橋による乗合馬車が運行されており、両者間の激しい競争を招くこととなった。結局この競争は、翌1922年に自動車路線の営業権を本橋が譲り受けることで決着し、以後昭和初期にかけて、田無町駅(現・ひばりヶ丘駅)や前沢などへの路線延長がなされていった。
その後、本橋のバスは1934年に西武新宿線系統の前身会社である旧・西武鉄道に買収される。旧・西武鉄道は、このときすでに鉄道線に並行する青梅街道の関 - 田無 - 花小金井間にバス路線を有していたため、これにより田無を中心に各方角へ延びる主要道路上に同社の路線が築かれることとなった。これらの路線は、終戦を経て西武自動車(現・西武バス)となってからは、田無駅前に置かれた田無営業所の受け持ちとなった。
終戦後から1950年代にかけては急速に路線網が拡張された時期で、この地域では東武東上線を北限、国鉄中央本線を南限として各鉄道間を結ぶ長距離路線が多数開設されていった。田無営業所では、戦前から続く武蔵境 - 田無 - ひばりヶ丘駅線が朝霞まで延長、小金井街道周辺では清瀬営業所の下で武蔵小金井 - 清瀬 - 志木線、武蔵小金井 - 東久留米線が開通した。また、宅地化の進行に伴って運行回数も増加し、1959年に公団ひばりが丘団地が完成すると同団地への乗り入れも開始された。
この地域の宅地化は1960年代に入ってからも続き、古河団地や滝山団地、久留米西団地の入居が開始された。特に滝山団地の規模は大きく、同団地輸送のための新たな拠点が必要となったため、1969年に滝山営業所が開設された。この頃になると、交通量の増加や踏切待ちによる渋滞の悪化で、長距離路線を中心に正常運行が困難になってきた。これにより利用者が逸走し始めたことから、一部では路線の分断や短縮などによる効率化が図られていった。
その結果、主要道路上を東京と埼玉にまたがって運行されていた長距離路線はほぼ全廃され、西武池袋線を大まかな境界として運行エリアの分断化が進むこととなった。また、田無営業所や清瀬営業所は、それぞれ田無駅、清瀬駅に隣接して立地していたが、両駅前の再開発計画に従って移転の必要が生じてきた。これらを背景として1990年代に、営業拠点の郊外への移転と管轄地域の再編成が以下のように実施された。
- 1992年12月24日:清瀬市元町にあった清瀬営業所を新座市に移転、新座営業所とする。これに先駆け、1989年にひばりヶ丘駅北口発着路線を清瀬に、玉突きで武13を滝山に移管。
- 1992年6月16日:清02を滝山に移管。
- 1994年6月16日:田無を廃止し、田無市(当時)における新たな拠点として滝山営業所下に西原車庫を新設。保谷駅発着路線は上石神井に移管し、残りの大部分は西原車庫が継承。所沢担当の田46も廃止された。
近年では、バス前面の「後乗り」表示をサボ式からペイントで出場させたりし、利用客に見やすい表示にしようとする独自の設定を滝山・西原共に行っている。こうして滝山営業所は、従来の滝山団地周辺路線のみを担当する営業所から、分車庫を有して都下東部地域を広く管轄する営業所へと姿を変えた。
[編集] 現行路線(滝山営業所管轄)
[編集] 久留米線
滝山管内でも伝統ある路線で、東久留米駅から小金井街道を経由して運行される。後述する武21などの開設で便数は減ったが、東久留米市の中央部を南北に通り抜ける路線として、武13(清瀬駅南口 - 武蔵小金井駅、小平担当)とともに利用者が多い。
なお、東久留米駅西口のロータリーが完成する前は、久留51・52と共に駅から少し離れた「東久留米駅バスターミナル」から発着していた。詳細は東久留米駅の項目を参照。
[編集] 滝山・久留米線
- 久留51:東久留米駅西口 - 東久留米郵便局 - 前沢宿 - 前沢十字路 - 滝山団地 -(→滝山営業所)- 久留米西団地
- 久留52:東久留米駅西口 - 東久留米郵便局 - 前沢宿 - 前沢十字路 - 滝山団地 - 滝山営業所
武12とは前沢住宅まで並行し、以後は滝山中央通りを走行する。久留米西団地へ伸びる久留51は後述する武21の開設もあり、以前より便数が極度に少なくなった(現在は平日1往復)。久留52が滝山営業所内からの発着が開始される前は、近くの滝山団地停留所が終点となっていた。
[編集] 滝山・小金井線
- 武14:武蔵小金井駅 - 小金井公園西口 - 花小金井駅入口 - 花小金井五丁目 - 滝山団地 -(→滝山営業所)- 久留米西団地(朝・夜のみ運行)
- 武15:武蔵小金井駅 - 小金井公園西口 - 花小金井駅入口 - 花小金井五丁目 - 滝山団地 - 滝山営業所
- 系統なし:武蔵小金井駅 → 小金井公園西口 → 花小金井駅 → 花小金井五丁目 → 滝山団地 → 滝山営業所 → 久留米西団地(小平が一部担当)
滝山営業所と花小金井駅・武蔵小金井駅を結ぶ路線。武21の新設で以前よりは便数が減ったが、駅から遠い滝山・久留米西両団地への足として利用者が多く、主力路線のドル箱の一つといえる路線である。1969年に滝山団地の入居開始に伴い開設された。武15は滝山営業所 - 武蔵小金井駅間の運行であったが、武13(武蔵小金井駅 - 清瀬駅)が小平管轄となり、武蔵小金井方の同系統運用車輌補充のため武15の一部が小平の管轄となった。なお、小平管轄による運行区間は滝山団地 - 武蔵小金井駅間のみで滝山営業所構内には入らない。
[編集] 花小金井・滝山線
- 花01:花小金井駅 - 花小金井五丁目 - 滝山団地 -(→滝山営業所)- 久留米西団地
- 花02:花小金井駅 - 花小金井五丁目 - 滝山団地 - 滝山営業所
武14・15や、後述する清03・03-1とも多くの区間で並行する路線だが、花小金井駅と久留米西団地を結ぶ路線として多数運行される。花小金井駅は、武蔵小金井駅発着系統は小金井街道沿いの西友前からの発着[1]で駅前には乗り入れないため、駅前からの利用や踏切渋滞を避けて駅へ向かう需要に応えている。
2006年春に花小金井駅北口ロータリーが整備竣工される前は、駅北口折返場に隣接して乗り場と案内所が設けられていた。それらが設置される前は、駅北口東側の郵便局前・拓大一高南東角附近[2]に乗り場があり、多少不便であった。なお、武14・15よりも少し遅れて開設された。
[編集] 花小金井・下里線
- 清02:清瀬駅南口 - 東京病院 - 竹丘団地 - 下里団地
- 清02:清瀬駅南口 - 東京病院玄関前 - 竹丘団地 - 下里団地
- 清03:清瀬駅南口 - 東京病院 - 竹丘団地 - 下里団地 - 久留米西団地 - 滝山団地 - 花小金井五丁目 - 花小金井駅
- 清03:清瀬駅南口 - 東京病院玄関前 - 竹丘団地 - 下里団地 - 久留米西団地 - 滝山団地 - 花小金井五丁目 - 花小金井駅
- 系統なし:清瀬駅南口 → 東京病院 → 竹丘団地 → 下里団地 → 全生園角 → 東京病院北 → 清瀬駅南口(下里循環)
- 系統なし:清瀬駅南口 - 東京病院 - 竹丘団地 - 下里団地 - 久留米西団地 - 滝山営業所
- 系統なし:清瀬駅南口 - 東京病院玄関前 - 竹丘団地 - 下里団地 - 久留米西団地 - 滝山営業所
清瀬市南部から東久留米市西部を経て、花小金井駅へ向かう路線。清02がメインだったが1988年に清03が新設されて、分断されていた両地区が結ばれることになった。なお、久留米西団地 - 滝山団地間は久留51、武14、花01が北側を回る(白山公園・下里三丁目経由)のに対し、清03・03-1は、武21と共に南回り・柳窪一丁目経由になる。枝番系統は東京病院の正面まで乗り入れる。2008年7月16日より、沿線の「梅園一丁目」停留所が「複十字病院」へと変更された。
[編集] 久留米錦城小金井線
- 武21:東久留米駅西口 - 東久留米市役所 - 久留米西団地 - 滝山団地 - 錦城高校前 - 花小金井駅入口 - 小金井公園西口 - 武蔵小金井駅
- 系統なし:東久留米駅西口 - 東久留米市役所 - 久留米西団地 - 滝山営業所
東久留米市の都市計画道路開通により、東久留米駅から渋滞しやすい小金井街道を避けて久留米西団地や滝山団地を結ぶ路線として、1998年1月20日に開設された。滝山団地は西半分のみ経由し、新小金井街道および東京街道を経由する。東京街道区間は、小平駅北入口発着の武16を振り替えて開設したもので、新小金井街道交点以西の東京街道にはバスが走らなくなったが、2006年8月16日からは、立川バスが一部区間をカバーしている。
1998年12月からは、西武バス初のノンステップバスが充当されており、交通不便地域だった東久留米市中西部の利便性改善にも貢献している。
[編集] 小金井・吉祥寺線
- 吉64:吉祥寺駅 - 関町南二丁目 - 北裏 - 東伏見 - 田無駅入口 - 橋場 - 花小金井駅
花小金井駅から青梅街道と吉祥寺通りを経由して運行する。田無駅入口は田無駅から歩いても近いため、ここから吉祥寺へ向かう利用者も多い。運行回数は1時間のうちに約2 - 3本である。
西武新宿線と離れていない区間や他社並走区間、道路渋滞の影響を受けやすい路線だが、東京都小平合同庁舎・田無警察署といった公共施設前を通る為もあり、乗車率は良好である。小平合同庁舎 - 柳沢間は都営バスとの共通定期券取り扱いを行なっている。
なお、2007年4月1日より、関連の上石神井営業所管轄路線と共に、「女子大入口」停留所が「東京女子大入口」へとバス停名変更がなされた。
吉祥寺駅では、自社・他社含めいずれも前乗り先払い方式の中で、当路線のみ中乗り後払いの整理券方式となっていたが、 2009年10月16日より、乗降方法が前のり後降りの申告制運賃先払い方式に変更された。
[編集] 三鷹線(一部西原車庫担当)
- 鷹22:三鷹駅 - 武蔵野営業所 - 八幡町 - 東伏見 - 田無町二丁目 - ひばりが丘団地 - ひばりヶ丘駅
- ひばり81:ひばりヶ丘駅 - 南沢五丁目 - 前沢十字路 - 滝山団地 - 滝山営業所
ひばりヶ丘駅と三鷹駅を結ぶ路線である。東伏見以南は鷹21(関東バスと共同運行)と並行する。1997年以降はスロープ板付き中型ワンステップバスの限定運用になっているが、最近では大型短尺のワンステップバスやノンステップバスによる運行が多い。ひばりヶ丘駅入口 - 谷戸小学校間は境05の経路と同じである。三鷹駅では、自社・他社含めいずれも前のり先払い方式の中で、当路線のみ中乗り後払いの整理券方式となっている。
西原車庫も担当するが、本来は滝山営業所本所で担当する。ひばり81は鷹22に使用する車両が滝山営業所との間で出入庫するために設定。この系統は、もとは南沢五丁目止まり(滝山営業所 - 南沢五丁目間回送)だったものを営業化したもので、南沢五丁目以遠は多くの区間で独自の経路をとる。なお、南沢五丁目 - 前沢十字路間はかつて運行されていた田46と同じルートを通る。
[編集] 現行路線(西原車庫管轄)
[編集] 境線
- 田42:ひばりヶ丘駅 - 谷戸 - 北原住宅 - 田無駅
- 境03:ひばりヶ丘駅 - 谷戸 - 北原住宅 - 田無駅 - 柳橋 - 武蔵境駅
- 境05:ひばりヶ丘駅 - 西友前 - 谷戸 - 北原住宅 - 田無駅 - 柳橋 - 武蔵境駅
- 深夜バス:ひばりヶ丘駅 - ひばりが丘団地 - 北原住宅 - 田無駅- 柳橋 - 武蔵境駅
- 深夜バス:ひばりヶ丘駅 → ひばりが丘団地 → 北原住宅 → 田無駅
ひばりヶ丘・田無・武蔵境の3駅を最短距離で結ぶ路線。西武バスの中でも屈指の主要路線である。谷戸新道 - 武蔵境通り(旧道)が繋がっていた2000年5月まではほぼ一本道で結んでいたが、都市計画道路の完成により田無駅付近の経路が複雑化した。後述の田44・境07(古河団地線)とは共通運用になっている。
田42は早朝・夜間のみの区間便、境05は夜間にひばりヶ丘駅行きのみ運行し、谷戸を通らずにひばりが丘団地を経由する(谷戸小学校以北は後述する鷹22と同じ経路)。深夜バスは境05と同一経路であり武蔵境駅行き・田無駅行きも設定されている。ひばりヶ丘駅発田無駅行きの深夜バスは、深夜1時台と遅い時間に設定されている。2007年10月16日より、「石川島播磨入口」バス停名が「至誠学舎東京前」へ変更された。
[編集] 境・ひばりヶ丘線
- 田43:ひばりヶ丘駅 - ひばりが丘団地 - 六角地蔵尊 - 田無駅
- 境04:ひばりヶ丘駅 - ひばりが丘団地 - 六角地蔵尊 - 田無駅 - 柳橋 - 武蔵境駅
ひばりが丘団地の東側を通る路線で、前面の行先表示器には「ひばりが丘団地」の経由地表示が出る(かつては「団地経由」)。かつては、境03よりも利用者が多い路線であったが、狭隘な沿線道路を通過する上、団地の建て替えによる一時的な人口減少もあり、運転本数維持のため1998年以降は中型車への置き換えがされてきた。ピーク時には98年導入の8台と2000年導入の3台がほぼ専用化されていた。
しかし、近年その専用の中型車が秩父営業所や西武自動車飯能営業所などへ転属したため、大型短尺車(ノンステ・ワンステ車)による運行が始まっており、導入が遅れていたスロープ板装備車も入るようになった。
運行経路内のひばりが丘一丁目付近には狭隘なクランク路があり、田無営業所時代から西原車庫の大型車両は、短尺車が使われてきた。後述の境07新設時に、1時間当たり2本程度がその振替によって田無駅折り返しの田43に短縮されたため、武蔵境駅口では20分ほど待たされる時間帯ができてしまった。なお、西友ひばりが丘団地店の移転(2007年6月、1つ北の中原小学校停留所前へ)により、「団地西友前」停留所は「ひばりが丘団地」に改称された。
[編集] 古河団地線
- 境07:ひばりヶ丘駅 - 南沢五丁目 - 文華女子中学高校 - 田無駅 - 柳橋 -武蔵境駅
- 田44:ひばりヶ丘駅 - 南沢五丁目 - 文華女子中学高校 - 田無駅
- 番号なし:ひばりヶ丘駅 - 東京道 - 南沢五丁目 - 文華女子中学高校
- 番号なし:文華女子中学高校 - 田無駅
- 番号なし:文華女子中学高校 - 田無駅 - 柳橋 - 武蔵境駅
- 深夜バス:武蔵境駅 → 田無駅 → 文華女子中学高校
- 深夜バス:ひばりヶ丘駅 → 東京道 → 南沢五丁目
ひばりが丘団地北西側の東久留米市にまたがり、ひばりヶ丘・田無間では最も西に逸れる路線である。古河団地線の名称は古河機械金属の社宅が沿線にあったことに由来する[3]。また、かつては「日本火災経由」と案内されていたが、日本火災海上が日本興亜損保になるのに先駆けて2000年10月に「日本火災前」停留所が南沢四丁目に改称したため、現在は「南沢五丁目」経由として案内されている[4]。
1980年代半ばまでは、ひばり31(ひばりヶ丘駅 - 古河団地)の区間便や、田45(東久留米駅 - 田無駅)、さらに昔は田無駅と所沢駅を所沢街道経由で結ぶ系統[5]も存在したため、田44として運行する便は、80年頃は平日15回、休日は10回程度にとどまっていた。これらの系統がいずれも田44に集約され、西原グリーンハイツや文華女子高校の開設による経由地の変更、さらに三和銀行や熊谷組グラウンド跡地にマンションや住宅が開発されたこと、途中の文華女子高前に西原車庫が設置されたこともあり、90年代後半から利用者が増加、便数もそれに合わせて増加した。そして、06年10月1日から田無駅 - 武蔵境駅間を延伸した境07の開設により、利便性が向上している。番号なし系統はいずれも出入庫系統。深夜バスは入庫系統として運行するため通し運行のものはない。
西原車庫最寄の文華女子中学高校前バス停を経由する為、同停留所で乗務員の交代が行なわれる事がある。また田44・境07に乗務員が田無駅まで便乗して境03・04の運行乗務員と交代することもある。境03がひばりヶ丘駅で田44・境07の運用に変わり、文華女子中学高校前で乗務員交代を行なう例が多く見受けられる。境04は田43で田無駅着後無系統の文華女子中学高校前行きになり、入庫することのほうが多くなっている。田無駅で降車した乗務員は西武新宿線で花小金井まで行き滝山営業所に戻る仕業もある。
[編集] コミュニティバス
詳細ははなバスを参照にされたい。第4ルートは関東バス武蔵野営業所が担当。
- 西東京市はなバス
- 第1ルート:保谷駅北口 → あらやしき公園北 → 北荒屋敷 → 青嵐台 → あらやしき公園北 → 保谷駅北口(循環)
- 第2ルート:東伏見駅北口 - 天神山 - 文理台公園 - 保谷庁舎 - 保谷駅
- 第2ルート:東伏見駅北口 - 天神山 - 文理台公園 - 保谷庁舎
- 第3ルート:田無駅 - 田無庁舎 - 境橋 - 武蔵野大学 - 東伏見 - 東伏見駅
- 第3ルート:田無駅 → 田無庁舎 → 武蔵野大学 → 田無高校 → 武蔵野大学 → 田無庁舎 → 田無駅(向台循環)
- 第3ルート:東伏見駅 → 電通裏 → 東伏見四丁目 → 東伏見駅(東伏見循環)
- 第5ルート:ひばりヶ丘駅 → 保谷高校 → 保谷庁舎 → 保谷郵便局 → 如意輪寺 → ひばりヶ丘駅(住吉・泉町循環)
- 第5ルート:ひばりヶ丘駅 - 如意輪寺 - 保谷郵便局 - 保谷庁舎
[編集] 廃止・撤退路線(本所・西原車庫・田無営業所を含む)
- 武13:武蔵小金井駅 - 小金井公園西口 - 花小金井駅入口 - 通信住宅 - 前沢宿 - 清瀬駅南口(小平へ移管)
- 武16:武蔵小金井駅 - 小金井公園西口 - 小西 - 小平駅北入口
小平駅北口から少し離れた東京街道沿いの折返場から花小金井五丁目交差点へ向かい、小金井街道に合流する。便数は廃止直前には1時間に2 - 3本程度であった。1998年に武21に一部を振り替える形で、新小金井街道から西の区間が廃止された。なお、小平駅北入口の折返場は現在も駐車場として残っている。
- 清11:清瀬駅南口 - 前沢宿 - 滝山団地 - 滝山営業所
1989年10月の清瀬との路線調整で、武13が滝山へ移管された。この出入庫のために清11が新設され、終発も延長された[6]。小金井街道を南北にまっすぐ結ぶ路線で利用者も多い。現在はエリアから大きく外れた小平営業所に移管されたが、本線ダイヤは従前をほぼ維持している。
- 久11:清瀬駅南口 - 上宮 - 全生園前 - 青葉町二丁目 - 久米川駅
1995年、西武一般路線バスにリフト付きバスを導入することになった際、諸事情で本来の所沢ではなく滝山に配属となったため、担当する[7]。しかし、その後リフト付きバスは小平に集約され、車椅子対応についてはスロープ板装備のワンステップバスやノンステップバスに切り替わったため、滝山は2000年に撤退、再び所沢のみが担当するようになった。
- 境01:武蔵境駅 - 柳橋 - 女子学院前 - 東伏見 - 早大寮前 - 東伏見駅
柳橋から境03などと枝分かれして五日市街道を経て東伏見駅へ向かう路線。100円で利用できる「はなバス」第3ルートとも並行するため、2005年に廃止された。運行ダイヤは廃止時まで長らく朝夕に2往復ずつの1日4往復で休日は運休であった。
- 境02:武蔵境駅 - 柳橋 - 田無駅 - 保谷市役所 - 保谷駅
- 田41:田無駅 - 保谷市役所 - 保谷駅 - 天神山
- 田45:田無駅 - 文華女子高前 - 南沢十字路 - 火の見下 - 住宅前 - 東久留米駅
- ひばり31:ひばりヶ丘駅 - 東京道 - 古河団地
田45は田44と並行して東久留米駅へ向かっていた路線。田44より本数が多かったが次第に立場が逆転し、1988年に田44へ吸収される形で廃止された。ひばり31は田45などの存在もあり、古河団地で折返す系統として設定された。1980年頃は田44と便数が同数程度だったが、1985年3月に全便を田44に変更して廃止[8][9]。
- 鷹21:保谷駅 - 荒井竹 - 柳沢駅通り - 東伏見 - 八幡町 - 武蔵野営業所 - 三鷹駅
- 吉63:保谷駅 - 保谷市役所 - 柳沢駅通り - 東伏見 - 北裏 - 関町二丁目 - 吉祥寺駅
- 吉65:保谷駅 - 保谷市役所 - 富士町 - 武蔵関駅入口 - 関町二丁目 - 吉祥寺駅
保谷駅発着路線は、1994年の田無廃止時に上石神井に移管された。上記のうち、田41は移管時に廃止されたが、その後西東京市が誕生し、西東京市役所の保谷庁舎と田無庁舎の連絡路線として沿線住民から復活の要望があり、その後平日のみ運行として、上石神井管轄で復活する。2006年10月1日からは境02が廃止されたため、田41が全日運行を引き継いでいる。
- ひばり71:ひばりヶ丘駅北口 - 火の見下 - 片山小学校 - 東福寺 - 下片山 - 下の原入口 - 水道道路入口 - 朝霞台駅
- ひばり72:ひばりヶ丘駅北口 - 火の見下 - 片山小学校
- ひばり74:ひばりヶ丘駅北口 - 火の見下 - 片山小学校 - 東福寺
- ひばり75:新座栗原郵便局 - 火の見下 - 片山小学校 - 下の原入口 -朝霞台駅
- 系統番号なし:片山小学校 → 下の原入口 → 朝霞台駅[10]
ひばり73以外のひばりヶ丘駅北口の路線は、かつては田無が担当していた。1989年10月に、ひばり71・72は清瀬に全面移管し、この時にひばり74が廃止される。ひばり73は現在のひばり75に相当するため、当表記のひばり75とは関係ない。ひばり72は清瀬移管時の1989年に平日のみの運行となり、1992年に廃止となった。
[編集] 車両など
一般路線用は日産ディーゼル車に統一されていたが、2007年にいすゞ車が配置された。2008年からは上石神井営業所に続き、三菱ふそう製車両も納入されている。はなバス用は日野・ポンチョ、日野・リエッセ、日産ディーゼル・RNが使われる。
いすゞ車は中扉付近の座席数を減らした「レイアウト変更車」が採用されており、ノンステップバス標準仕様にはなっていない。
滝山営業所は開設当初、日デ車が集中配置されたが、1970年代の三菱ふそう車時代を経て、再び日デ車に統一される時代が長く続いた。一方、西原車庫の前身、田無営業所は1970年代以前は日野車を主力とする営業所であり、一部は関東バスにも見られた前-後方式の扉配置となっていた。
車内放送装置は、他の営業所はクラリオン製なのに対し旧田無営業所とともにテープ時代からネプチューン製を使用しており、アナウンサーや放送内容が他の営業所とは異なっていた。現在も音声合成放送装置はネプチューン製である(音声合成は他の営業所でもネプチューン製が採用されている)。また、換気扇についても他営業所に多いゴールドキング製ではなく、藤森電機製作所製が使われている。
2009年10月16日より、吉64系統の乗降方法変更に伴い、一部車両に新座営業所所属車両と同じく出入口表示のサボ化取り付けが行われている(前のり←→後のり)。
2007年秋より、小平営業所と共に、左折時の方向指示器と連動して電子音が鳴るように改造されている。電子音が鳴るだけで、「左に曲がります」といった音声ガイダンス機能はない。車内でもよく聞こえる音量であるため、乗客への注意喚起にもなっている。
[編集] 酒気帯び検知における不祥事
2006年12月9日早朝、当営業所内における乗務前の点呼・検査(点呼者・20歳代管理代理人)にて、50歳代運転手から、社内規定を超えるアルコール濃度を検出したにも関わらず、運転手の「栄養ドリンクを飲んだので」「うがい薬でうがいをした直後で」と言う主張を受け入れ、そのまま営業路線バスに乗務させていた。なお、これらは事実が発覚してから3日後に発表されており批判されることとなった。
[編集] PASMO使用稼動
同社より、2007年6月23日より滝山営業所・西原車庫でPASMO・Suicaのシステムが使用開始された。ただし、はなバス車両にはシステム未搭載で今後についてどうなるのかは、2009年11月現在発表されていない。
[編集] 脚注
- ^ バス停名は「花小金井駅入口」である。
- ^ 2004年に、拓大一高は武蔵村山市へ移転している。
- ^ 現在、跡地はマンションになっている。
- ^ なお、日本興亜損保の事務所は古河団地停留所の前にある。
- ^ 所沢田無線。田46→短縮等を経て、現在は所沢営業所・所46(所沢駅東口 - 全生園 - 清瀬駅南口)を運行
- ^ 滝山団地発着が滝山営業所発着となったのは、移管後数年してからである。
- ^ 管轄は所沢との共管。
- ^ 折返場は停留所前の交差点横、古河機械金属社宅の一角にあった。
- ^ 1980年8月に廃止された田46は所沢の担当で、廃止時には2往復だった。
- ^ 1988年、新座栗原郵便局から営業扱い開始。ひばり75となり、朝の朝霞台駅行き・夜の栗原郵便局行き往復運行化。
[編集] 参考文献
伊東浩司「西武バス系統一覧」1992年12月24日現在 1993年(※完売)
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月19日 (木) 07:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【西武バス滝山営業所】変更履歴

