男女共同参画社会
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男女共同参画社会(だんじょきょうどうさんかくしゃかい)とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」のこと。そしてこの理念を実現するために「男女共同参画社会基本法」が制定され、1999年(平成11年)6月23日に公布・施行された。 「男女共同参画」は英語で公式に"gender equality"と表記する。
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[編集] 概要
男女共同参画社会実現の為に2001年、内閣府に男女共同参画局が設立された。以降、各省庁に男女共同参画関係予算が割り当てられ、毎年度、数兆円単位の予算が費やされている(尚、男女共同参画関連とされる事業の総予算は約10.5兆円だが、そのうち9兆円弱は高齢者への福祉関連の予算として分類されており、それを除いた事業(女性の労働環境整備等)の予算は、年度あたり約1.7兆円となる)。
政府を始め全国の市町村に至るまで 役所には男女共同参画部署が設けられ専任担当者が複数存在する。それぞれの参画関連部署では 「市民の意識改革」と題し21世紀職業財団(厚生労働省管轄)が政府傘下の男女共同参画団体が「女性の経済的自立(賃金労働者化)」といった「男女共同参画」を奨励している。
なお、男女共同参画社会の形成の促進に関する施策としてポジティブ・アクションが実施されている。
[編集] 背景(少子化)
日本の出生率低下は戦前から始まっていたが、戦時中の出産先送り現象のため終戦直後の1940年代後半にはベビーブームが起き、出生数は年間約270万人に達した(1947年の合計特殊出生率は4.54)。しかし1950年代には希望子供数が減少し、人工妊娠中絶(1948年合法化)の急速な普及をバネに合計特殊出生率は急落し、多産少死から少産少死の社会へと構造的な変化を遂げた。
1960年代から1970年代前半にかけて高度成長を背景に出生率は2.13前後で安定する。しかし第二次ベビーブームと呼ばれた1973年をピーク(出生数約209万人、合計特殊出生率 2.14)として、第一次オイルショック後の1975年には出生率が2を下回り、出生数は200万人を割り込んだ。以降、人口置換水準を回復していない。
1980年代には景気回復と出生率低下が同時に進み、1987年には一年間の出生数が丙午のため出産抑制が生じた1966年の出生数を初めて割り込んだ。1989年の人口動態統計では合計特殊出生率が1.57となり、1966年の1.58をも下回ったため「1.57ショック」として社会的関心を集めた。同年、民間調査機関の未来予測研究所は『出生数異常低下の影響と対策』と題する研究報告で2000年の出生数が110万人前後に半減すると予想し日本経済が破局的事態に陥ると警告した[1]。
1990年代以降も出生率低下は続き、1992年度の国民生活白書で少子化という言葉が使われ、一般に広まった。1995年に生産年齢人口(15~64歳)が最高値(8717万人)となり、1996年より減少過程に入った。1997年には少子社会となった。2003(平成15)年には年間出生数が112万人まで減少している。
2005年には総人口の減少が始まった。同年の労働力人口は6650万人(ピークは1998年の6793万人)であったが、少子化が続いた場合、2030年には06年と比較して1070万人の労働力が減少すると予想される[2]。
2005年の国勢調査による確定値を基に計算した結果、同年の出生率は過去最低の1.26人となった。政府や研究者の間では団塊ジュニア(主に1971〜1974年生まれ)の駆け込み出産や景気回復による将来への展望の持ちやすさが今後生じ、出生率はいくらか持ち直す可能性があるという見方があるが、一方で非正規雇用の拡大に伴う労働環境や低所得者層の増加、更に社会保障や治安など社会全般に対する不安感が依然として強いことを理由に、今後の景気や施策次第では出生率はこれからも下がり続けるだろうと主張する識者も少なくない。
[編集] 内閣府男女共同参画局の施策
- 毎年、男女共同参画週間を設けて啓蒙活動を行っている。(毎年6月23日~29日)
- 男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰をする。内閣府が関係府省から候補者の推薦を受けて審査を行い、内閣総理大臣が決定するものである。
- 正しい男女共同参画の概念を広めるため、誤解や混乱を招く「ジェンダーフリー」の用語を使用することが無いよう、各都道府県・政令指定都市などの地方公共団体に周知徹底を呼びかける[1]。
[編集] 地方自治体レベルでの取り組み
男女参画基本法第14条に従い、地方自治体に於いても男女参画社会の推進を目的とした条例の策定が行われている。また「北名古屋市女性の会男女共同参画委員会」は、男女の立場を入れ替えた女性版桃太郎のお話「モモタロー・ノー・リターン」のビデオを愛知県の補助金により製作して配布している[2]。
その実現の為と称される政府や自治体の政策内容や運用形態については賛否両論が有り、反対する立場からは専業主婦優遇を廃止し、就労を望まない女性を働かせようとしているという批判、女性は子供が小さいうちは子育てに専念するべきという立場からの批判が有る。
[編集] ジェンダーチェック
「ジェンダーチェック」と題した質問項目を用いて、多様な個人の意識や心の中の思いに関して「これは望ましい」「これは望ましくない」という一定の評価を下し、利用者のランク付けをする活動を行っている。この活動についてはフェミニストの立場から「なぜ多くの女性センターや女性行政担当が『ジェンダーチェック』にとびついたのか」との疑問が提示されている(関連文献参照)。
市民に対してジェンダーチェックを行う主な地方自治体は以下のとおりである。
[編集] 青森県
- (「トッテモ古代人」、「シッカリ地球人」、「トンデモ宇宙人」の三階層で利用者を区別)
[編集] 東京都
- 東京都立川市(ジェンダーチェックに関するリーフレットの作成と配布)
[編集] 愛知県
[編集] 高知県
- (家庭生活編では利用者を「とっても家庭人」、「ぼちぼち家庭人」、「これから家庭人」の三階層で区別)
[編集] 教育への影響
男女共同参画社会に向けた取り組みは教育にも影響を及ぼしている。家庭科の男女必修化は、その代表例である。
1947年に新学制が発足し、男女が協力する家庭をつくることを目指して家庭科の共修が主張されたが、実施は小学校のみであった。義務教育である中学校では1958年に改訂された「技術・家庭科」で、男子は電気・機械などの科目、女子は被服・食物などの家庭科を学ぶという、事実上、男女別の教科となっていた。1973年に高校では女子のみが家庭科4単位が必修となり、男子はその時間に体育系の授業が追加された。
1974年に市川房枝が代表世話人になり、「家庭科の男女共修をすすめる会」が発足し、家庭科の男女共修を進める運動の展開が始まった。このような運動や、1975年に国際女性年世界会議が開かれ、1979年に国連が女性差別撤廃条約を採択したことを受け、日本政府は同条約批准に向けて男女共修に取り組みだし、1993年に中学校で、1994年に高校で家庭科の男女共修が実施された。[3]
同条約は「家庭科の男女必修」を要求するものではないが、男女共同参画の立場からは頑なに家庭科の男女必修化が要求された。家庭科の男女必修化ならびに履修時間の全体的な削減の影響により、家庭科および技術科それぞれの履修時間は、従来中学3年間で315時間であったものが、現在では88時間へと激減している。家庭科は小学校、中学校、および高校を通じて学習するが、技術科は中学校のみで扱われているため、こうした履修時間の激減は、特定分野に興味関心を持つ子どもの学習機会を奪うだけでなく、一般国民の技術的素養を低下せしめるものであり、その影響は計り知れない。
| 改訂時期 | 1958年 | 1969年 | 1977年 | 1989年 | 1998年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 設計・製図 | 55 | 45 | - | - | - |
| 木材加工 | 65 | 58 | 約58 | 35 | 木材と金属を |
| 金属加工 | 50 | 58 | 約46 | 約12 | 合わせて35 |
| 機械 | 45 | 59 | 約38 | 約12 | 若干(選択) |
| 電気 | 45 | 59 | 約64 | 約20 | 若干(選択) |
| 栽培 | 20 | 35 | 約38 | 約12 | 若干(選択) |
| 情報とコンピュータ | - | - | - | 約12 | 35 |
| 合計 | 315 | 315 | 245 | 105 | 88 |
[編集] 世界との比較
世界経済フォーラムは2006年、世界各国の性による格差の度合いを指標化した「男女格差報告」(Global Gender Gap Report 2006)を発表したが、日本は世界115カ国中79位と、途上国以下の評価となり、日本女性が責任を伴った影響力のある仕事に就いている割合や国政への参加率が低いといった実態が浮き彫りになった。ただし、この指数の上位を占めるスウェーデン・ノルウェー・フィンランドなどの北欧諸国では、例外なく男性にのみ徴兵制(義務兵役)を課しているが、このことは明らかな男女差別(男性に対する人権侵害)ではないかと指摘されている。
[編集] 男女共同参画社会に対する批判
男女共同参画を「政策レベルにうまく滑り込んだフェミニズム(p26)」と表現した上で、「少子化対策に寄与するどころか、結婚し、子供を産み育てる女性を憎悪し、家事や育児や地域の活動を担う専業主婦を徹底的に蔑視するという壮絶な怨念をもって、家族を解体し、少子化を結果的に促進させようというイデオロギー」(山下悦子『女を幸せにしない「男女共同参画社会」』p27)とする批判がある。
又、「男らしさ・女らしさ」を重視する立場からは、「美しい日本をつくる会」のように、『男らしさ・女らしさを否定し、伝統的な結婚を少子化の原因として敵視するような風潮さえ見られるようになってまいりました。こうした社会や学校の乱れの原因は、共産主義的フェミニズムに根ざした男女共同参画社会基本法でございます』、と批判した上で男女共同参画社会基本法の廃棄を目指す動きも出ている。
このほかフェミニズムに詳しい元東京女子大教授の林道義からも共産主義フェミニストによる行政の汚染が指摘されている(出典:『家族を蔑(さげす)む人々 - フェミニズムへの理論的批判』(PHP研究所)。
特に、男女の役割分担を無くそうとするラディカル・フェミニズムの思想に行政が従ってきたスウェーデンでは、それにより家族が崩壊し各種の犯罪が急増したとして、男女の役割分担を無くそうとする思想が批判されている[4]。実際、スウェーデンは、近年、強姦犯罪がとても多くなってきている[5]。
[編集] 脚注・出典
- ^ 「2000年には出生数半減」 東奥日報朝刊、1989年10月30日、3面。
- ^ 「30年に1070万人減=労働力人口、昨年比で - 厚労省」 時事通信、2007年11月28日。
- ^ 柏市市民生活部男女共同参画室
- ^ 福祉国家の闘い―スウェーデンからの教訓(2001年)武田龍夫
- ^ スウェーデンの強姦犯罪の統計
[編集] 関連書籍
- 内閣府男女共同参画局編『逐条解説 男女共同参画社会基本法』ぎょうせい (2004/02)ISBN 4324073449
- 林道義著『家族を蔑む人々』 PHP研究所 (2005年)
- 山下悦子著『女を幸せにしない「男女共同参画社会」』洋泉社 (2006/07)ISBN 4862480527
- 若桑みどり・加藤秀一・皆川満寿美・赤石千衣子編著『「ジェンダー」の危機を超える! 徹底討論!バックラッシュ』
- 第5章 3 東京女性財団発行物『ジェンダーチェック』への違和感
- 第5章 4 なぜ多くの女性センターや女性行政担当が『ジェンダーチェック』にとびついたのか
- 渡辺真由子著『オトナのメディア・リテラシー』 リベルタ出版 (2007年10月)
[編集] 関連項目
[編集] 概念
- 男女共同参画社会基本法
- 男女雇用機会均等法
- 男女共同参画局
- 男女同権
- ジェンダー
- ジェンダーフリー
- 男性学
- メンズリブ
- マスキュリズム
- 男性差別
- オトコの子育て
- ポジティブ・アクション
- 女性学
- ウーマンリブ
- フェミニズム
- 女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月18日 (日) 11:05 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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