町田駅

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町田駅
JR町田駅北口(2008年4月1日)
JR町田駅北口(2008年4月1日)
まちだ - Machida
所在地 東京都町田市原町田
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本・駅詳細
小田急電鉄駅詳細

町田駅(まちだえき)は、東京都町田市原町田にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・小田急電鉄である。

目次

[編集] 利用可能な鉄道路線

[編集] 駅構造

[編集] JR東日本

JR 町田駅*
JR町田駅南口(2005年11月23日)
JR町田駅南口(2005年11月23日)
まちだ - Machida
成瀬 (2.7km)
(2.8km) 古淵
所在地 東京都町田市原町田一丁目1-36
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 横浜線
キロ程 22.9km(東神奈川起点)
電報略号 マチ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
108,214人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1908年明治41年)9月23日
備考 みどりの窓口
*1980年、原町田駅より改称。

島式ホーム2面4線を持つ地上駅で、橋上駅舎を有している。

改札口は中央改札とターミナル口(旧・原町田駅付近)の2か所で、それぞれ2階にある。中央改札は、北側(小田急町田駅西口・バスセンター側)が中央口北口、南側(ヨドバシ側)が中央口南口となっている。ペデストリアンデッキ上の屋根設置に伴い、北口の駅名標の確認が困難な状況になっている。ターミナル口はSuica導入後も有人改札のままで、Suicaが使えなかったが、2006年頃に自動改札機を設置したのに合わせて対応した。中央改札付近にみどりの窓口と指定席券売機が設置されている。

2005年から続いていたバリアフリー対応・リニューアル工事は終了し、エレベーターエスカレータ専用通路が設置され、新設コンコース脇にNEWDAYSBECK'S COFFEE SHOPジューサーバーJEFB) などが開店し、同時にトイレのリニューアルと冷暖房取り付け工事も完了した。この工事前はエレベーターはホームと駅事務室を連絡する車椅子使用者専用のものであり、エスカレータは上りのみであった。工事前にあったエスカレータの部分は階段となっている。以前からあったエレベーターは自動販売機によって入り口を塞がれ、使用を停止している。なお、工事によってエスカレーターから転換された階段は幅が大人3人分が通れるほどの幅しかなく、列車が到着した際は降車した旅客でいっぱいになってしまう。特にラッシュ時間帯の上りホームの階段は降車した旅客によって通路が塞がれてしまうため、下りホーム八王子方の広い階段とあわせてこの階段にはラッシュ対策の駅社員が階段上に配置され、これから乗車する旅客の動線を確保できるように階段の通行を整理している。

横浜線はすべての定期旅客列車が停車する。土曜・休日に運転する臨時特急はまかいじ」の設定当時からの停車駅でもある。

管理駅として、成瀬古淵の各駅を管理下においている。

[編集] のりば

北口側から

1本線
2待避線
横浜線 新横浜東神奈川桜木町方面  
3(待避線)
4(本線)
横浜線 橋本八王子方面

備考

  • 日中は、下り快速の前を走っていた各駅停車がすべて当駅で快速の待ち合わせを行う。
  • 2006年3月18日から、上り快速の前を走っていた各駅停車の快速の待ち合わせは、大半の列車について当駅から中山駅で行うように変更した。これは、快速が菊名駅に停車するようになったためであるが、土曜・休日ダイヤでは当駅で接続する列車が3本存在する。
  • 土曜・休日は当駅で上下共に特急「はまかいじ」と各駅停車との待ち合わせを行う。
  • 内側の線路のうち2番線は上下共に発着可能、3番線は下りの到着及び上下の発車が可能である。
  • 東神奈川方面からの当駅折り返しの列車は2番線発着が基本だが、平日朝のラッシュ時間帯において上りホームの混雑緩和及び当駅以遠へ向かう後続列車への乗り換えをスムーズにする目的で、この時間帯のみ下りホーム3番線から発着する。このため、八王子方面へ向かう旅客が3番線からの折り返し東神奈川方面行に誤乗するケースが絶えず、駅の放送や駅社員による案内を行っている他、3番線からの上り列車発車時のみ発車メロディの曲を横浜線の他の駅とは異なる「スプリングボックス」に変更して注意を促している。
  • 以前は早朝に2番線発の下り列車が存在していたが、2009年現在は上り列車だけである。
  • 当駅において夜間滞泊を行う列車が存在する。

発車メロディ

2005年10月18日より以下の3曲が採用されている。

1 「Water Crown」
2 「Water Crown」
3(下り) 「Verde Rayo」
3(上り) 「スプリングボックス」
4 「Verde Rayo」

駅構内設備

[編集] 小田急電鉄

小田急 町田駅*
小田急町田駅(2004年)
小田急町田駅(2004年)
まちだ - Machida
玉川学園前 (2.9km)
(1.5km) 相模大野
所在地 東京都町田市原町田六丁目12-20
所属事業者 小田急電鉄
所属路線 小田原線
キロ程 30.8km(新宿起点)
駅構造 高架駅
ホーム 2面4線
乗降人員
-統計年度-
291,952人/日
-2008年-
開業年月日 1927年昭和2年)4月1日
備考 *1976年、新原町田駅から改称。

小田急 町田駅
配線図

玉川学園前駅

4 3 2 1


STRu STRf
STR ENDEa STR
STR STR STR
STR STR STR
BUE BUE BUE
東京都道3号世田谷町田線
ABZrg ABZrl ABZlg
BS2lg
BS2c3 + BS2c2
BS2c3 + BS2c2
BS2c3
BS2rg
STRrg ABZrf ABZlf STRlg
BUE BUE BUE BUE
東京都道47号八王子町田線
STR+BSl STR+BSr STR+BSl STR+BSr
hSTR+BSl hSTR+BSr hSTR+BSl hSTR+BSr
hSTR+heBSl hSTR+heBSr hSTR+heBSl hSTR+heBSr
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相模大野駅

ファイル:小田急町田駅ホーム.JPG

新宿側から見た外観(2007年7月31日)
改札内コンコース(2007年12月31日)
北改札口(2008年9月16日)
北口出口(1)(2008年4月19日)

島式ホーム2面4線を有する高架駅。現駅舎は9階建の駅ビル小田急百貨店)の2階と3階の間(中3階部分)を鉄道が貫くという珍しいスタイルで建設された駅である。傾斜地にあるため、新宿寄りではホーム(中3階)は地平でコンコース(2階)は地下にあたるが、相模大野寄りではホームは高架で、コンコースも地平より高い位置にある。

利用客の多さに比べホーム幅は狭く、到着を待つ際には3列での整列が指示されている。2005年から2006年にかけて行われた駅構内のリニューアル工事で、改札内コンコースの案内表示やエスカレータの増設やトイレの設置、改札外コンコースのトイレの改装などが行われた。2005年7月に行われた調査により、改札外天井部分にアスベストを含有した吹き付け材が用いられていることが確認されたため、2006年6月までに撤去作業を行った。

小田急電鉄の管区長・駅長所在駅。町田管区として登戸 - 新百合ヶ丘 - 町田・唐木田間、町田管内として柿生 - 町田間を管理している。

改札口は全部で5か所あり、駅ビルの2階(ホームの下の階)のコンコースには、西口(南)・北口(東)・東口(北)・南口(西)がある(括弧内は実際の方角)。また、3階(ホームの上の階)には小田急百貨店口があるが、これは百貨店内に直結しているため百貨店の営業時間帯以外は利用できない。

駅が南側から北側に向かっての傾斜地にあるため、JRの駅・バスセンターがある相模大野寄りの南西側(西口側)では、改札口のある2階は地面の高さから上がる必要がある。JR中央口北口と町田バスセンターから西口へはデッキで直接結ばれているが、改札面よりデッキの方が高い位置のため、若干下る。北口出口(2)(百貨店エスカレータ横・西側)は地面と百貨店2階の改札口の間に段差がない。ただし、接続道路は南西側(バスセンター側)へ下り、北東側(東口側)へ上る。新宿寄りの駅のすぐ北東側には玉川学園8号踏切(通称第1踏切)があり、北側(東口)・西側(南口)から改札へは階段を降りることになる。駅構内改札付近と南口方面への間には段差があり、改札より南口・東口地下道への通路が若干低い。

[編集] のりば

1待避線
2本線
小田原線 小田原箱根湯本藤沢片瀬江ノ島方面
3(本線)
4(待避線)
小田原線 新宿千代田線方面

備考

  • 新宿方に6両編成まで対応の引き上げ線が1本あり、江ノ島線からの列車を中心に当駅で折り返す列車がある。
  • 上り列車を2番ホーム着として、折り返し下りとして運転することも可能な構造である。2009年現在の到着は回送のみであるが、以前は町田2番ホーム止まりの折り返し下り列車が存在していた。
  • 当駅は新宿駅と同様の発車ベルがあるが、各方面最終列車の発車時及び輸送混乱時にのみ使用している。

駅構内設備

  • 改札口 5か所
    • 西改札口
    • 北改札口
    • 東改札口
    • 南改札口
    • 小田急百貨店改札口 - 小田急百貨店営業時間以外は閉鎖。
  • food & heart - 2階改札内コンコース。イートインコーナー併設のコンビニエンスストア
  • Odakyu SHOP - 各ホームに2店舗ずつと西改札口外付近と東改札口外付近の合計6店舗。
  • OX SHOP - 北口出口 (2) 付近。
  • エレベーター(2階改札内コンコース - 各ホーム)
  • エスカレータ(2階改札内コンコース - 各ホーム、各ホーム→小田急百貨店改札口)
  • トイレ - 2階改札内コンコース、東改札口外。
  • 待合室 - 各ホームに1か所ずつの合計2か所。
  • 横浜銀行ATM - 北口出口 (3) 付近、南改札口前。

出入口周辺 小田急電鉄の町田駅には、複数の出口が存在する。

北口出口(1)

北口出口(2)

北口出口(3)

西口出口

南口出口(1)

南口出口(2)

東口出口(1)

東口出口(2)

  • 町田駅(バスのりば)
  • POPビル
  • りそな銀行 町田中央支店

[編集] 連絡乗車について

JR東日本と小田急電鉄で連絡乗車券などを発行できるように検討していたが、2008年3月15日より当駅経由の連絡定期券の購入ができるようになった[1][2][3]

最近まで、JR東日本と小田急電鉄との間で連絡運輸の協定がなされていなかったため、JR横浜線小田急小田原線を乗り継ぐ場合の連絡乗車券・定期券などの購入はできなかった。そのため、それぞれの乗車券回数券磁気SuicaPASMOの各定期券を含む)は別々に購入する必要があった。このためか、両社においてSuicaやパスネットが導入される以前は乗り換え客による乗車券購入待ちの列により自動券売機付近が非常に混雑し、自由通路を通ることができない状態になっていた。2009年現在でも引き続き連絡定期券以外の連絡乗車券類は購入できないため、定期券所持者以外の不便な状況は変わっていない。

なお、定期券以外の連絡運輸が設けられていないのは、横浜線と小田急電鉄は開業時から現在まで別駅扱いのためとみられる。その経緯については「#歴史」「#横浜線の駅の移転について」も参照。

似たような例として、武蔵野線新八柱駅新京成線八柱駅などがある。

[編集] 利用状況

  • JR東日本 - 2008年度の1日平均乗車人員は108,214人である。同社の駅では第27位であり、横浜線内では最も多い。東京都多摩地域の駅では立川(158,123人 同社内第16位)、吉祥寺(143,178人 同社内第18位)に次いで多く3位で、前年まで町田駅よりも1日平均乗車人員の多かった国分寺(107,847人 同社内第28位)を抜いた。なお、当駅は横浜支社管轄であり、同支社内では横浜駅(402,193人 同社内第4位)、川崎駅(186,485人 同社内第12位)に次いで多く3位。
  • 小田急電鉄 - 当駅の乗降人員は小田急電鉄線内の駅では新宿駅に次いで第2位である(2008年度現在)。1992年度から2000年度にかけて乗車人員が減少したものの、その後は再び増加傾向にある。1日平均乗降人員の推移は以下の通りである。
    • 291,952人(2008年度)
    • 288,300人(2007年度)
    • 282,478人(2006年度)
    • 281,280人(2005年度)
    • 277,304人(2000年度)
    • 292,456人(1995年度)
    • 299,216人(1992年度、当駅の乗降人員最高値)
    • 287,587人(1990年度)
    • 236,259人(1985年度)
    • 197,393人(1980年度)
    • 154,830人(1975年度)
    • 132,032人(1970年度)
    • 86,434人(1965年度)
    • 42,215人(1960年度)
    • 25,979人(1955年度)
    • 17,176人(1950年度)
    • 14,672人(1946年度・〈1945年度は資料なし〉)
    • 5,234人(1940年度)
    • 928人(1935年度)
    • 1,333人(1930年度)
    • 1,139人(1928年度・小田原線開業年)

[編集] 駅周辺

[編集] 概説

周辺は神奈川県相模原市との市境が近く、JR南口付近は相模原市である。

駅近隣は、江戸時代末期の鎖国解除直後から、生糸の集散地として栄え、その流れで多くの商店が建ち並んだ。

横浜線原町田駅と小田急線新原町田駅が開業すると駅近隣の発展は急速に進み、1960年代に市内に多くの大規模な団地が建設されると、大丸町田大丸に分社後、撤退)、緑屋(撤退)、さいか屋(専門店ビルのジョルナに業態転換)、ダイエー(規模を縮小しながらも食料品スーパー「グルメシティ」として営業中)などの百貨店スーパーマーケットが駅前に進出し、商業地としての地位を確実なものとした。今日では小田急百貨店、109丸井長崎屋西友モディ町田東急ツインズヨドバシカメラドン・キホーテジョルナソフマップブックオフザ・ダイソーなどの大型店が林立し、さらには庶民的な商店街や若者向けの店も数多く、神奈川県民も多く訪れる東京都有数の商業地として著しく発達しており、小田急沿線の商業地としては新宿に次ぐ2番目の規模である。

このような大商業地でありながら、周辺の南町田グランベリーモール)、橋本新百合ヶ丘海老名ビナウォーク)などに開設されたシネマコンプレックスとの競合により、2館あった小規模映画館が閉館したため、当駅周辺に映画を鑑賞できる施設がない。

横浜線原町田駅跡地は再開発され、1983年バスターミナル自転車駐車場自動車駐車場商業施設・JR町田駅ターミナル口改札からなる「町田ターミナルプラザ」となり、東京急行電鉄所有する商業棟にはテナントとして東急ハンズが入居した。その後東急ハンズは東急百貨店町田店再編に際し2007年に百貨店とともに一旦閉店し、同年、百貨店を業態変更した専門店ビルである町田東急ツインズに移転した。東急ハンズ移転閉店後の町田ターミナルプラザ・商業棟には2008年5月23日ファーストリテイリングが経営する商業施設のミーナ町田が開店した[4]。町田ターミナルプラザ・ターミナル棟(2階以下は町田市所有、3階以上は東京急行電鉄所有の「駐車場棟」)の1階は町田ターミナル(バスターミナル)、2階は「ターミナルエイト」と称し、名の通り8つの店舗が入れる商用スペースとなっている。しかし、ターミナルエイトは2008年10月現在、2つの店舗しか営業していない。ターミナルエイトと商業棟の間は、「出会いのひろば」と称する子供用遊具が設置されていた広場でつながっている。出会いのひろばの奥には、1983年10月に設置された和田康男作「水のオブジェ」という作品があったが、ミーナ町田の開店に伴い子供用遊具と共に撤去されたが、後に子供用遊具は撤去したオブジェの位置に戻っている。出会いのひろばの北側には「ターミナルデッキ」と称するペデストリアンデッキがあり、JR町田駅ターミナル口から町田中央図書館が入居するホテル ザ・エルシィまでつないでいる。出会いのひろば前のペデストリアンデッキ上には、1983年10月に設置された黒川紀章作「シティゲート」という作品があり、このモニュメントが真南北を示している。

商業地域からJR町田駅を挟んだ反対側エスカレータを降りて目の前にヨドバシカメラがあり、そして徒歩数分の町田市と相模原市の境界線近くに性風俗店ラブホテルが数多く並び、一部では西の歌舞伎町という声もある。2007年4月にはその風俗店などが並んでいる場所から近くの都営住宅などで暴力団による銃撃事件(町田市立てこもり事件)が発生し、暴力団を逮捕するために特殊捜査班が駆けつけ周囲を管轄警察官が立ち入り禁止にするなど騒動になった。銃撃事件発生後は駅周辺の各所に警察官が配置され、治安が強化されている。

JR町田駅から小田急町田駅までの間の通路は通行人の往来が激しい。またマルチまがい商法の勧誘やホストの客引きや風俗店による違法なティッシュ配りなどが激しく、中には歩行者の前に足を出すようにして強引に引き止めるなどの悪質な手口も見られ、これら全般の行為を警察は犯罪率の増加を示しているとして懸念している。

その一方で、駅からしばらく歩くと、緑や公園が多く存在し、緑が豊かな街としての一面もある。駅周辺にある公園のひとつである芹ヶ谷公園(参考)には、町田市立国際版画美術館があり、古今東西の多くの版画が常設展示されている。

東京都町田市と神奈川県相模原市(昔の武蔵国相模国)の境界とされた境川はかつては激しく蛇行しており、河川改修によって流路が直線化された後も両市間では一部区間を除いて都県境が非常に入り組んだまま残されている。そのため、JR町田駅中央口南側のヨドバシカメラ周辺は境川の北側ではあるが一部は神奈川県相模原市に属する。事実、ヨドバシカメラは入口部分を除きほとんどが相模原市である(店内での盗難などの犯罪は相模原南警察署の管轄となる)。

JR中央口と小田急西口との間にはペデストリアンデッキが2つあるが、丸井側のみに屋根があり、町田モディ側には屋根がない。丸井側が横浜線の駅移転と共に建造されたものであり、JRと小田急の連絡通路として使われたが、やがて常に全体が溢れ返るほど混雑したことから、町田モディ(旧大丸)側にも1993年に追加でデッキが建造された。

JR中央口と町田東急ツインズとの間のペデストリアンデッキ上の広場は「モニュメント広場」と称され、その名の通り、回転する「曲がりくねった棒」でできたモニュメントが存在し、鳩が乗ったまま回転している光景もよく見られた。このモニュメントは1980年に設置された伊藤隆道作「動く彫刻モニュメント」という作品である。この広場にも屋根がなかったため、一時期は傘を貸し出すサービスを行っていたが、2006年末頃にモニュメントを取り囲むような形で布製の屋根が設置された。最近では、このモニュメントが回転している様子が伺えない。

町田東急ツインズのEASTとWESTとの間の道路上の町田駅中央口ペデストリアンデッキ向かいには、将来多摩都市モノレールの町田駅ができることになっているが、用地買収が滞るなどの要因により、モノレールが町田駅まで延伸する目処は立っていない。なお、町田東急ツインズ(旧東急百貨店)の両館の間を結ぶ連絡橋は、この計画があったために5階という高い位置に作られたとされる。

駅周辺の上空は厚木海軍飛行場への空路となっていて、爆音を聞き、空を見上げると軍用機の下部を見ることがある。1964年には駅周辺の繁華街で軍用機の墜落事故(町田米軍機墜落事故)が発生し、事故現場周辺にいた4名が死亡するという惨事もあった。

[編集] 商業施設

[編集] 金融機関

[編集] 郵便局

  • 町田駅前郵便局(旧ぱ・る・るプラザ町田内郵便局)
  • 原町田六郵便局
  • 原町田郵便局
  • 町田森野郵便局

[編集] 公共施設

[編集] 書店

[編集] 予備校・塾

[編集] ホテル・結婚式場

  • ホテル ザ・エルシィ町田
  • ホテルラポール千寿閣(相模原市)
  • ホテルリソル町田
  • ビジネスイン サンホテル
  • ホテル新宿屋
  • ホテル町田ヴィラ

[編集] 路線バス

町田バスセンター」を参照

当駅周辺には、町田バスセンター(JR町田駅中央北口 - 小田急線町田駅西口高架下)、町田ターミナル(町田ターミナルプラザ・ターミナル棟1階)、町田ターミナル前、町田駅(小田急線町田駅東口POPビル前)と4つのバス停留所がある。

[編集] タクシー

町田駅周辺には、タクシー乗り場が4箇所ある。

  • 小田急線町田駅西口 - 横浜線町田駅方面通路脇の階段下にある。
  • 丸井町田店北側ペデストリアンデッキ下 - JR横浜線町田駅北口から徒歩2分程度の距離にある。
  • JR横浜線町田駅南口 - 南口東寄り階段下にある。町田市内よりも相模原市内や国道16号沿線方面へ向かうのに便利。
  • JR横浜線町田駅ターミナル口 - ペデストリアンデッキ北西寄り階段下のサンクス前にある。

[編集] 町田駅関連の画像

[編集] 歴史

[編集] JR東日本

  • 1908年明治41年)9月23日 - 横浜鉄道東神奈川駅 - 八王子駅間の開通時に、原町田駅として開業。
  • 1910年(明治43年)4月1日 - 鉄道院が借り上げ。
  • 1917年大正6年)10月1日 - 国有化され、国有鉄道横浜線の駅となる。
  • 1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災で駅舎が損壊する。
  • 1972年昭和47年)3月5日 - 開業時から行われていた貨物取り扱いを廃止。
  • 1980年(昭和55年)4月1日 - 駅前の再開発に伴い、小田急線の町田駅側に移転し、町田駅に改称。
  • 1983年(昭和58年)10月31日 - ターミナルプラザ開業。ターミナル口の使用開始
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、横浜線の駅はJR東日本の駅となる。
  • 2001年平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
  • 2005年(平成17年)9月20日 - 3番線誤乗防止のため上りだけメロディ変更。新しい曲は「スプリングボックス」。
  • 2006年(平成18年)2月 - 改札内コンコースの延伸工事完了。エレベーター・エスカレータ専用通路使用開始(店舗は未開業)。
  • 2006年(平成18年)4月 - 改札内コンコースにNEWDAYS、Beck's coffee shopなどの店舗がオープン。
  • 2009年(平成21年)10月 - 駅構内などに設置されている案内サインが新しいものへ更新される。

[編集] 小田急電鉄

  • 1927年(昭和2年)4月1日 - 新原町田駅として開業。
  • 1976年(昭和51年)4月11日 - 町田駅に改称。
  • 1976年(昭和51年)9月23日 - 町田駅ビル完成、小田急百貨店町田店開業。
  • 2006年(平成18年) - 駅構内のリニューアル工事が完了。エスカレータの増設やトイレの改装などが行われる。
  • 2008年(平成20年)4月 - 駅構内などに設置されている案内サインが新しいものへ更新される。

[編集] 駅名の由来

[編集] JR東日本

駅開設当時の「原町田」とは、駅所在地の地名から名付けられた。その後、駅が小田急線町田駅側に移築された事に伴い、「町田」と改称された。当時横浜線の主力だった103系が町田行として走る場合の方向幕では、当初は「町田」に置き換えられずに「原」の文字だけ消されて「 町田」となったものもあった。

改称に際しては、国鉄は当初既に存在していた宮原線(1937年開業→1984年廃止)「町田駅」と駅名が重複していたことから、難色を示した。しかし、大阪府出身の当時の町田市長が、東北本線福島駅福島市)と大阪環状線福島駅大阪市福島区)の事例を取り上げ、「既に重複している例はある」と国鉄を説き、改称にこぎつけている。

[編集] 小田急電鉄

原町田」にしく設置された駅という意味で「新原町田」として開設された。その後、町田市の玄関口として駅周辺が発展したことに伴い、駅の大規模改良工事完成を半年後に控えた1976年4月に「町田」と改称された。この際、町田市の中心駅なのに「原」というのが駅名に付くのは「おかしい」という意見もあったという。

[編集] 横浜線の駅の移転について

かつて、国鉄横浜線と小田急小田原線は乗り換え客はいたものの、2つの駅の距離は離れており、バスターミナルもそれぞれ独立した場所にあったため、利用客などから駅を移設して乗り換えを便利にして欲しいという声が高まっていた。大勢の乗り換え客がそれぞれの駅に向かって走るので、経路になった道路は通称『マラソン道路』(または「駆け足通り」)と呼ばれていた程である。

そこで、町田市などは横浜線の駅を小田原線と横浜線の交差地点近くに移設しようと計画したが、これに対して2つの間にある商店街が猛烈に反対を唱えた。というのも、乗り換え客の中には途中でこのような商店街に立ち寄る人も非常に多く、駅が移設してしまうとこのような客がいなくなる恐れがあったからである。その後も反対運動が続けられ、4千人を超える署名が集められた。その後の交渉で、

  1. 現状のままにする。
  2. 横浜線の駅を小田原線の駅に近付ける。
  3. 横浜線の駅を小田原線の駅に隣接させる。

の3案が出され、長い交渉を経て2.の案に決定した。

こうして横浜線の駅は移設することになったが、これは商店街の声も一部配慮したものであった。利用客はこの案を完全には喜んではいなかった。利用客は本当は3.の隣接案を望んでいたからである。連絡通路による乗り換えには約5分掛かり、ラッシュ時などはそれ以上の時間を要する場合もある。よって、利用客の中には乗り換えが不便という声も未だにあるが、現状は連絡通路の長さが乗り換え客による混雑の緩衝となっている面もある。

[編集] 隣の駅

東日本旅客鉄道
横浜線
快速
長津田駅 - 町田駅 - 相模原駅
各駅停車
成瀬駅 - 町田駅 - 古淵駅
小田急電鉄
小田原線
特急ロマンスカー
特急ロマンスカー「はこね」・「さがみ」・「ホームウェイ」の一部停車駅・「メトロはこね」・「メトロさがみ」・「メトロホームウェイ」・「あさぎり」停車駅
快速急行・急行
新百合ヶ丘駅 - 町田駅 - 相模大野駅
準急・区間準急・各駅停車
玉川学園前駅 - 町田駅 - 相模大野駅

[編集] 出典

[ヘルプ]

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月10日 (火) 16:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【町田駅】変更履歴

ご利用上の注意

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