白旗
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白旗(しら-はた、しろ-はた、はっき)は、広義ではただ、無地で白い旗を指す。
近代以前の社会においては、日本の武士集団にこれを軍旗とする例が見られる。 近代以降でもフランス海軍における軍艦旗としての使用例がある。 また、フランス革命期に始まる王党派や共産主義の赤に対する反共主義の旗も白旗であった。
しかし、近代以降に成立した国際社会にほぼ共通する認識では、戦時国際法に基づき、交戦対象にあたらないことを相手に知らせるための表明手段としての旗の一つであり、主として停戦交渉や降伏の際に用いられるものである。
そのほか、白く無地であるという特徴は、一部の活動家や芸術家が、何ものにも帰属しないことや無垢であることの象徴とし、主義主張の表現手段とするところである。
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[編集] 軍団の白旗
[編集] 日本:武士の軍旗
[編集] 源氏の白旗
古代日本の最末期において、武家社会に並び立つ源氏と平家が戦った源平合戦では、白旗は源氏の旗印であった。 対する平家(伊勢平氏)は赤旗(紅旗)を用いており、これをもって日本で「紅白」は対抗する図式の象徴色の一つとなった。 ここから発展して今日では、小学生児童[1]の体育着の紅白2グループに分けるためのリバーシブル・デザイン(紅白帽)、および、運動会での紅白に分かれたチーム対抗競技、あるいは、テレビ番組の『紅白歌合戦』など対抗形式の催し物、その他諸々の習俗的一面を形成するに至っている。
[編集] 白旗一揆
また、南北朝時代から室町時代にかけての関東で武士団が起こした白旗一揆では、旗印として白旗が掲げられた。
[編集] 総白の旗
白旗は日本の戦国時代の軍旗のなかにも総白の旗として例が見られる。 これは徳川家康や後藤基次等の武将が使用したとされている。
[編集] フランス:軍艦旗
帆船時代のフランス海軍において白旗は軍艦旗として使用されていた。 右に示した画像は、英仏間で1780年に勃発したマルティニーク島の海戦を描いた同名の絵画(オーギュスト・ロッセル・ド・セルシー〈en:〉筆)を一部拡大したもの[2]であるが、この絵を観れば、多くの白旗が軍艦旗として掲げられているのが分かる。
[編集] 主義の白旗
[編集] 王党派の白旗
三色旗(トリコロール)を象徴として興ったフランス革命やのちのロシア革命といった市民革命に対し、君主制と貴族制を維持しようと抗するフランス国内および各国の王党派は時期も政治情勢も一貫しているわけではなかったが、フランス・ブルボン家の白百合紋章(フルール・ド・リス)にちなんだ白旗を統一的象徴として、その目的は大局的に一つであった。
[編集] 反共の白旗
社会主義・共産主義の革命勢力が掲げた赤旗に対する意味で反共主義が掲げたのが白旗である。
[編集] 戦意無き白旗
[編集] 戦時国際法の白旗
近代以降に成立した国際社会では、戦時国際法に基づいた一つの認識をほぼ全ての文明社会人が共有している。 その社会の範疇にあって白旗は、交戦対象にあたらないことを相手に知らせるための表明手段としての旗の一つであり、使用者を限定しない唯一の旗である。
戦意を維持しない(もはや交戦相手ではない)、降伏の意思があることなどを、相手に知らせるための旗である。 また、応用として、敵意を持たない(もともと交戦相手ではない)ことを明示するために使用される場合もある。
さらにはここから転じて、白い旗を用意できない場合には代用品の使用が認められる。 それは平面状で白地の面積が十分に広い物(たとえば白無地の肌着)であれば、相手に理解されることを期待できる。 また、正規の白旗であれ代用品であれ、それを左右に振ることは掲げることに増して明確な意思表明と理解される。
[編集] 軍使旗
ハーグ陸戦条約第三章第32条には、白旗を掲げて来た者を軍使とする規定がある。
[編集] 白の意を問う白旗
活動家の中には、例えば南極大陸がそうであるように「何ものにも帰属しないもの」を旗の掲揚対象とし、その意を訴求するための象徴物として白い旗を用いる者もいる。
また、独自の解釈で無垢の白旗に何かを象徴させ、芸術的主張を展開する者もいる。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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