皇徳寺
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[編集] 沿革
南北朝時代、後醍醐天皇皇子・懐良親王によって御所が原に建てられた「皇立寺」が起源とされる。懐良親王が亡くなると、南朝方の武将であった国人・谷山忠高によって親王の位牌を報じる菩提寺として移転し「永谷山皇徳寺」と改名した。
鹿児島県内の曹洞宗寺院は福昌寺末寺が多いが、ここは総本山の永平寺直轄の末寺であり、寺格も高かった。しかし明治2年の廃仏毀釈で廃寺となり、全山破壊された。現在は歴代住職の墓と仁王像ぐらいしか残っていない。
島津義弘の子息で文禄の役で夭折した島津久保の菩提寺でもあった。
[編集] 周辺情報
鹿児島市街地から約10kmほど離れた場所にあり、丘陵部には皇徳寺ニュータウンがある(皇徳寺といえば皇徳寺ニュータウンを指すことが多い)。付近には、星ヶ峯ニュータウンや桜ヶ丘団地などがあり、鹿児島市の住宅街のうちの一つである。
皇徳寺ニュータウン内には、小学校が2つ(鹿児島市立皇徳寺小学校と鹿児島市立宮川小学校)、中学校が1つ(鹿児島市立皇徳寺中学校)存在する。どちらも、ニュータウンが建設された当初は、生徒数が多く、皇徳寺中学校は、鹿児島市の中でも有数の生徒数であったが、減少し続けている。 これらの学校をつなぐ人口道はブルーベリーロードと呼ばれる。 このブルーベリーロードでは各学校の駅伝大会などにも使用される。
団地周辺では独自のケーブルテレビが放送されている。
皇徳寺の4丁目にはリブラス商店街がある。
団地内には山形屋ストアと山形屋ショッピングプラザがある。
また、皇徳寺ニュータウンに隣接して、南皇徳寺台が作られた。
南皇徳寺台の入り口にサンクスがある。




