相澤英之
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あいざわ ひでゆき
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| 生年月日 | 1919年7月4日(90歳) |
| 出生地 | 神奈川県横浜市 |
| 出身校 | 東京帝国大学 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 | 勲一等旭日大綬章 法学士 弁護士 |
| 配偶者 | 相澤葉子(司葉子) |
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| 内閣 | 第2次森内閣 |
| 任期 | 2000年7月30日 - 2000年12月5日 |
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| 内閣 | 第2次海部内閣 |
| 任期 | 1990年2月28日 - 1990年12月29日 |
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| 選挙区 | 鳥取県第2区 鳥取県全県区 |
| 当選回数 | 9回 |
| 任期 | 1976年 - 2003年 |
相澤英之(あいざわ ひでゆき、1919年7月4日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家、弁護士(相沢法律事務所、登録番号:32425)。東京福祉大学学長。大蔵事務次官、衆議院議員(9期)、経済企画庁長官、金融再生委員会委員長などを歴任した。女優司葉子は妻。
目次 |
[編集] 経歴
現在の大分県宇佐市に宇佐中学の教員だった父・相澤次郎、母・クメの二男として生まれる。相澤家は鎌倉時代からつづく横浜の旧家である。父の転任に従って新潟県高田、群馬県桐生、愛媛県大洲と転々とし、小学校に入る頃、一家は郷里の横浜に戻り、父が校長をしていた根岸小学校に入学する。[1]
旧制横浜第一中学校(現・神奈川県立希望ヶ丘高等学校)、第一高等学校(現・東京大学教養学部)を経て、1942年9月に東京帝国大学法学部政治学科を卒業し、大蔵省に入省。主税局勤務となるが、間もなく陸軍に召集され、陸軍経理学校卒業後、陸軍主計少尉となる。大陸での軍務を経て、終戦は朝鮮半島で迎えた。
戦後、ソ連タタール自治共和国エラブガでの抑留生活を経て、1948年に復員。大蔵省に復職して下京税務署長を務めるが、程なく主計局主査(逓信担当)として本省に戻った。以後1973年に事務次官となるまで、近畿財務局長、理財局長、経企庁官房長を計3年間務めた他は全て主計局勤務であり、これほど主計局が長い例は、後にも先にも例がないという [2]。1974年6月に退官。
2人の息子を残して妻が死去し男やもめであったが、経済企画庁官房長だった1969年、女優の司葉子と結婚し話題となった(司は初婚)。
赤沢正道に乞われ、1976年の第34回衆議院議員総選挙に、妻の出身地である旧鳥取全県区から自民党公認で出馬し、初当選。奥出雲の山林大地主二十三代目田部長右衛門の全面的な支援があったとされる。以後9回連続当選。
官僚時代の田中角栄との関係から、当選後は木曜クラブに所属すると思われていたが、田中の金脈問題やロッキード事件が世間を賑わせたことで派閥入りを見合わせ、無派閥を選択する。1984年、宏池会入りし、以降、自民党調査局長、経理局長、衆議院法務委員長などの役職を務めた。
1990年、第2次海部内閣の経済企画庁長官として初入閣。1998年12月には河野洋平、麻生太郎らと宏池会を離脱し、大勇会に参加、会長代行を務めた。
金融危機にあたり、1998年8月に衆議院金融問題特別委員長に就任。2000年、自民党金融問題調査会会長を務め、同年7月には更迭された久世公堯の後任として、第2次森内閣の金融再生委員会委員長に就任。2001年、自民党税制調査会(税調)会長に就任するが、税調が「インナー」と呼ばれる高齢の議員で構成される幹部会によって壟断されていると批判の声が強まる。
2003年、第43回衆議院議員総選挙に鳥取2区から立候補するも、多選・高齢批判などをかわすことができず、かつて自身の秘書を務めていた川上義博に敗れ落選した。しかしながら落選後も、所属する大勇会の座長を2006年末の同グループ解散まで務め、派閥幹部として参与していた。
[編集] 年譜
- 1919年7月 - 大分県宇佐市に神奈川県人・相澤次郎、クメの二男として生まれる(現在の本籍は妻司葉子の故郷である鳥取県境港市渡町である)[4]
- 1942年9月 - 東京帝国大学法学部政治学科卒業 大蔵省入省 主税局勤務 10月 - 召集され、陸軍東部第17部隊(近衛軽輜重兵連隊)に初年兵として入営
- 1943年11月 - 陸軍経理学校卒業
- 1949年2月 - 下京税務署長
- 1954年11月 - 主計局主計官
- 1963年6月 - 主計局法規課長
- 1964年7月 - 主計局総務課長
- 1965年6月 - 近畿財務局長
- 1966年7月 - 主計局次長
- 1969年8月 - 経済企画庁長官官房長
- 1970年6月 - 理財局長
- 1971年6月 - 主計局長
- 1973年6月 - 大蔵事務次官
- 1974年6月 - 退官
- 1976年12月 - 衆議院議員当選
- 1985年12月 - 自民党政調副会長
- 1990年2月 - 国務大臣 経済企画庁長官に就任
- 2000年7月 - 国務大臣 金融再生委員会委員長に就任
- 2003年10月 - 退職
- 2005年2月 - 弁護士登録(第一東京弁護士会)
- 2009年4月 - 東京福祉大学学長
[編集] 栄典
[編集] 家族 親族
- 先妻 周子(鳥取県倉吉市出身)
- 後妻 葉子(女優、鳥取県庄司繁二郎三女)
- 長男 英孝(学者・一橋大学教授)
- 二男 中島周(なかしま あまね、実業家・キユーピー常務取締役)
- 三男 宏光(医師・妻は歌手・タレントの相田翔子)
- その他の親戚 田部長右衛門 (23代)(実業家、政治家・元島根県知事) - 奥出雲の山林大地主田部家の第23代当主、坂口平兵衛 (2代)(実業家、政治家)、庄司廉(実業家) - 「本庄司家」当主、庄司保親(実業家) - 「本庄司家」当主、木佐徳之助(実業家、政治家)、木村小左衛門(実業家、政治家)、武田輝雄など
[編集] 系譜
- 相澤家
- 父・相澤次郎は鎌倉時代からつづいているという横浜の古い家柄の家に生まれ、東京高等師範学校の英文科を出て中学の英語教師になった。横浜小学校長を最後に退職するまで20余年間市内の小学校長をつとめた。退職後は書家となり、“六風”と号し、神奈川県書道会の会長をしたこともあった。性格は温和で情も厚く、周りの人から“今良寛”と呼ばれていたという。母・クメも鎌倉時代からつづく古い家柄の家に生まれた。神奈川県二宮町にいまもある実家は300年以前に建てられたものという。母・クメの父は20歳そこそこから50数年間、当時の国府村の村長をつとめた。母・クメは神奈川女子師範学校を出て小学校の教師になった。[5]
(田部長右衛門 (22代)) ┏宇山種之助━━━━田部長右衛門 (23代) ┃ ┃ ┃ ┃ (8代) (6代) ┃ (7代) ┏宇山真 宇山清左衛門╋宇山昌太郎━━━━━┫ ┃ ┗宇山厚 ┃ ┃ ┏木村小左衛門 若槻克彦 ┃ ┃ ┃ ┃ ┗清 ┏礼子 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━┫ ┃ ┃ ┃ ┗━与志 ┏庄司廉 ┗庄司保親━━庄司尚史 ┃ ┃ (7代) (8代) (9代) ┃ ┃ ┣━━━━━━━┫ ┏節子 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃武田輝雄 庄司昇造 ┃ ┃ ┗庄司繁二郎━━╋昭子 ┃ ┃ ┃皿井五郎 ┃ ┗葉子 相田翔子 ┃ ┃ ┣━━━━相澤宏光 ┃ 相澤次郎━━━相澤英之 ┃ ┏中島周 ┣━━━┫ ┃ ┗相澤英孝 周子
[編集] その他
現在、相澤の本籍は鳥取県境港市渡町であり、亡き先妻周子は鳥取県倉吉市出身であることから、鳥取県にゆかりが深い[6]。
三男宏光の妻は、歌手・タレントの相田翔子である(2008年7月31日付で入籍)。相澤はこの結婚に反対していたとされる[7]
大蔵週報に連載していたコラムを著書「読者諸賢いかに思われるか」として断続的に出版している。
[編集] 著書
- 『結婚してから八年め』(司葉子と共著、1977年、学研)
- 『タタァルの森から』(シベリア抑留生活を基にした小説集、1992年、米子今井書店)
- 『予算は夜つくられる』(2007年、かまくら春秋社)
[編集] 関連項目
[編集] 関連人物
[編集] 脚注
- ^ 『結婚してから八年め』 148-152頁
- ^ 『予算は夜つくられる』参照。なお、本書にはこうした相沢の長い主計局におけるエピソードが多く記録されている。
- ^ お知らせ | 東京福祉大学
- ^ 『人事興信録』より
- ^ 『結婚してから八年め』 148-150頁
- ^ 『結婚してから八年め』104-105頁に「昭和四十九年の六月二十八日、ちょうどまる一年勤めた事務次官を退官した時は、当初六年間の軍隊生活はあったものの、三十二年間勤めてきた大蔵省をいよいよ去るのかと思うと、無量の感慨が沸く思いであった。…(中略)…私は、葉子の縁で、結婚以来とくに鳥取県の方々とは以前にもまして交流があるようになったし、山陰の人情、風光もすきだった。…(中略)…その年の十月末、私は葉子ともども米子市に住居を移すとともに、本籍を境港市に移した。鳥取県に骨を埋める覚悟を決めた」とある
- ^ 司葉子は二人の入籍を新聞で知った。雑誌の対談の中で司は「実はそうなのよ、結婚したい人がいるとはなんとなく聞いていたけれど、びっくりしたわよ」、「こんなふうだと変だと思われるかもしれないけど、ウチは放任主義というか、決断は本人任せなんです。最初は主人が反対だったんですけど、自分の意思を貫きましたしね。自分の意思で決めるのだろうと思ってました。」と述べている(司葉子と相田翔子の姑問題が円満解決』)
- ^ 統一運動・統一教会に賛同する人々(日本)
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月25日 (日) 23:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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