真宗大谷派

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浄土教
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地域別浄土教
インド 中国 日本
主な宗旨(日本)
天台浄土教 融通念仏宗
浄土宗 浄土真宗 時宗
如来 菩薩
阿弥陀如来 観音菩薩 勢至菩薩
経典
浄土三部経
仏説無量寿経曹魏康僧鎧訳
仏説観無量寿経劉宋畺良耶舎
仏説阿弥陀経姚秦鳩摩羅什
思想 基本教義
称名念仏 末法思想
関連人物
釈尊 十大弟子
龍樹 天親
曇鸞 道綽 善導 懷感 少康
空也 源信 良忍
源空(法然) 証空 弁長 幸西 長西 隆寛
親鸞 性信 真仏 唯円 如信 覚如 蓮如
一遍 聖戒 他阿
ウィキポータル 仏教

真宗大谷派(しんしゅうおおたには)は、浄土真宗の宗派の1つで、宗教法人法による宗教法人である。京都府京都市下京区烏丸通七条にある「真宗本廟」(通称、東本願寺)を本山とし、事務所を「真宗大谷派宗務所」と称し、同地に置く。

別院、教会を含む所属寺院数は、約8,900寺[1]。「大谷派」・「大派」・「谷派」と略称される。

浄土真宗系の教団で結成する「真宗教団連合」に加盟し、加盟団体と相互の連絡・提携を取る。また同連合の事務総局は、真宗大谷派宗務所内にある(2009年現在)。

宗派名は、「浄土真宗本願寺派」(通称、西本願寺)との区別の便宜上、通称「お東さん」・「お東」と呼ばれる。同様に、本山の通称[2]である「東本願寺」を宗派名の意で用いる場合もある。

なお、東京都台東区の「浄土真宗東本願寺派 本山 東本願寺」を本山とする「浄土真宗東本願寺派」は、宗派の維持・運営をめぐる見解の相違により、1981年に真宗大谷派から離脱・独立した宗派で、両者は別の宗教法人である。(⇒お東騒動

真宗大谷派の最高規範は、『真宗大谷派宗憲』(略称、『宗憲』)である。本ページは、『宗憲』に定められている事項を中心に要約・引用し、記述する。

目次

[編集] 歴史

本願寺教団の成立から、「本願寺」の東西分立による本願寺教団分裂までの歴史は、本願寺の歴史のページを参照。

[編集] 東西分裂以降

明治14年(1881年)、宗教団体法の規定により、宗派名が「真宗大谷派」と定まる。(法主は、第二十一代 嚴如[3]

昭和37年(1962年)7月、真宗同朋会運動発足。(宗務総長は、訓覇信雄〈くるべしんゆう〉)

運動のテーマは、「真宗同朋会運動とは、純粋な信仰運動である」、「家の宗教から個の自覚の宗教へ」である。

昭和44年(1969年)4月、第二十四代法主闡如が「私が兼務している法主・本願寺住職・管長のうち、管長職だけを長男光紹新門に譲る」と発表した開申事件を契機に、教義解釈や宗派運営の方針、財産問題等を巡り、大谷家と改革派が主導する真宗大谷派内局とが対立する(詳細は、お東騒動を参照)。

昭和56年(1981年)6月11日、新「真宗大谷派宗憲」(新宗憲)発布。

昭和62年(1987年)12月、内局は、宗教法人「本願寺」を法的に解散し、宗教法人「真宗大谷派」に一体化する(宗本一体)。「本願寺(東本願寺)」の正式名称は、「真宗本廟」(しんしゅうほんびょう)となる。(法主は、第二十四代法主 闡如

[編集] 運営の目的

本派は、宗祖親鸞聖人の立教開宗の精神に則り、教法を宣布し、儀式を執行し、その他教化に必要な事業を行い、もって同朋社会を実現することを目的とする。」と『宗憲』第2条に定める。

運営の根幹となる方針(『宗憲』の前文より抜粋)

同朋社会の顕現 - 「すべて宗門に属する者は、常に自信教人信[4] の誠を尽くし、同朋社会の顕現[5] に努める。

宗本一体 - 「宗祖親鸞聖人の真影を安置する真宗本廟は、宗門に属するすべての人の帰依[6]であるから、宗門人はひとしく宗門と一体としてこれを崇敬護持する。

同朋公議 - 「宗門の運営は、何人の専横専断をも許さず、あまねく同朋の公議公論に基づいて行う。

[編集] 本尊

阿弥陀如来一仏とする。

本尊とともに安置する影像

寺院などに安置する影像は、「正法弘通の恩徳を謝するため、宗祖親鸞聖人、聖徳太子七高僧及び歴代門首の影像[7]を安置する。」と『宗憲』に定める。

[編集] 正依の聖教

正依の聖教は、以下のとおりである。

[編集] 浄土三部経

佛説無量寿経曹魏康僧鎧訳

佛説観無量寿経劉宋畺良耶舎

佛説阿弥陀経姚秦鳩摩羅什

ウィキソース ウィキソース『佛説無量寿経』の原文があります。
ウィキソース ウィキソース『佛説観無量寿経』の原文があります。
ウィキソース ウィキソース『佛説阿弥陀経』の原文があります。

[編集] 七高僧論釈章疏

七高僧の論釈章疏[8]

インド(龍樹・天親)

龍樹
十住毘婆沙論』「易行品」[9]
『十二礼』
天親
浄土論[10]
ウィキソース ウィキソース龍樹『十二礼』の原文があります。
ウィキソース ウィキソース天親『浄土論』の原文があります。

中国(曇鸞・道綽・善導)

曇鸞
浄土論註[11]
『讃阿弥陀佛偈』
道綽
『安楽集』
善導
観無量寿経疏
『往生礼讃』
『法事讃』[12]
『般舟讃』[13]
『観念法門』[14]

日本(源信・源空)

源信
往生要集
源空(法然)
選択本願念佛集

[編集] 宗祖聖人撰述

顕浄土真実教行証文類[15]
浄土文類聚鈔
愚禿鈔
入出二門偈
『浄土三経往生文類』
『如来二種回向文』
『尊号真像銘文』
『一念多念文意』
『唯信鈔文意』
浄土和讃[16]
高僧和讃
正像末和讃
補足
正信念佛偈」(略称、「正信偈)」) - 『教行信証』の「行巻」の末尾にある、7言120句からなる偈文である。
ウィキソース ウィキソース「正信念仏偈」の原文があります。

[編集] その他の聖教

『宗憲』に定められる「正依の聖教」には含まれないが、以下の書籍・消息(手紙)は『真宗聖典』に収録され教化などに用いられる。

親鸞消息
『親鸞聖人御消息集』(広本)
『御消息集』(善性本)
『親鸞聖人血脈文集』(「血脈文集」)
『末燈鈔』従覚編
「御消息拾遺」[17]
恵信尼
『恵信尼消息』
唯円[18]
歎異抄
覚如
『執持鈔』
『口伝鈔』
『改邪鈔』
本願寺聖人伝絵』(『御伝鈔』[19]
『報恩講私記』(『式文』)
存覚
『浄土真要鈔』
『歎徳文』(たんどくもん)
蓮如
『正信偈大意』
御文
『五帖御文』
『夏御文』(げのおふみ)
『御俗姓』
『改悔文』[20]
『蓮如上人御一代記聞書』 - 蓮如の言行録
聖覚
『唯信鈔』
隆寛
『後世物語聞書』[21]
『一念多念分別事』
『自力他力事』
著者不明[22]
『安心決定鈔』
源信[23]
『念仏法語』(『横川法語』)
源空(法然)
一枚起請文
聖徳太子[24]
十七条憲法

[編集] 本山

真宗大谷派は、「真宗本廟」をすべての寺院及び教会の本山と定めている。大谷派に属するすべての個人及び団体は、これを崇敬[25]護持[26]しなければならないとする。

また「真宗本廟」は、宗祖である親鸞の真影を安置する「御影堂」および「阿弥陀堂」を中心とする聖域であって、本願寺とも称し、大谷派の崇敬の中心、教法宣布[27]の根本道場[28]であるとする。

大谷祖廟

また大谷祖廟は、宗祖聖人墳墓の地であって、大谷派に属する者は、これを敬仰[29]護持しなければならないとする。

[編集] 教義

本派の教義は、宗祖親鸞聖人が、佛説無量寿経に基づいて、顕浄土真実教行証文類[15]を撰述して開顕した本願[30]名号を体とする往還二廻向[31] を要旨とする。」と『宗憲』第8条に定める。

[編集] 教義の特徴

真宗大谷派では、釈尊の説いた「浄土三部経」は、一如真実[32]を説くための「方便[33]」であると捉える。

「極楽浄土」は、凡夫の煩悩による「死後に一切のが無い世界」を方便として説きあらわしているとする。その「極楽浄土」とは、「あの世」・「死後の世界」というような、どこか別の世界に実体的に存在する事象ではなく、「真実の象徴」として捉える。その真実に出遇い目覚めさせられることによって、自らが虚仮不実[34]の身・不浄の心でしかないことが知らされる。つまり真実に自己が照らさされる事により、慙愧[35]せしめられ、真実を願わしめられる、一元的、自覚的な捉え方をする。同派では、「死後の世界の事を問題として恐れながら生きる」のではなく、「今の自分の生き方・考え方を慚愧心を持って問い続け生きる」のが肝要であるとする。慚愧心を持って生きるといっても、煩悩を消し去ることを言っているのではなく、親鸞は『一念多念証文意』において「凡夫というは、無明煩悩われらが身にみちみちて欲も多く、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころ多くひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえずたえずと水火二河のたとへにあらはれたり」と、死を迎えるまで煩悩は消えることがないと述べている。

つまり、生きている限りどこまでも自己中心的な考え方しかできないが凡夫が、「阿弥陀仏のはたらき」(=自己を問い続けることに目覚めさせられるはたらき。)により、煩悩を持ったまま「往生の道」を歩むことができる。阿弥陀仏のはたらきに気付かされると、身には「合掌礼拝」とあらわれ、口には「南無阿弥陀仏」と報恩の念仏となってあらわれるとする。よって浄土真宗は、「合掌礼拝・称名念仏することによる利益(りやく)により救われる」という教えではない。また、善を功徳として積むことによって救われる教えではない。凡夫は善を功徳として積もうとすると、「私は他の人よりも善い人間である」(=非平等性)と慢心を起こし、慚愧心を失うとする。

死ぬことへの怖さである「死苦」を例にあげると、「死苦」を恐怖としてのみ受け止めるのではなく、「阿弥陀仏のはたらき」に気付かされることにより、「死苦」を「苦」として受け入れることにより、「今をありのままに生きる」、「今を大切に生きる」という救いである。「人の死は、誰にでも平等に訪れる」、「自分の死が、いつ訪れるかは分からない」。つまり死を恐れ忌むより、「今、人として生があること」の大切さを知らされる。葬儀・法事等も故人を通して、自己の「生」の有限性を知らされ、「今」の大切さを知るための仏法に触れる場であるとする。ゆえに故人は、阿弥陀仏のはたらきを知らしめしてくれた「諸仏」とする。浄土真宗における葬儀は、故人を成仏させるという儀式ではなく、僧侶は引導を渡すのではなく、仏法を参列者に伝えるための存在である。

また一般に考えられがちである、現世の行いにより死後に落ちるとされる「地獄」なども、自分の生き方・考え方によって、今もたらされている世界であるとする(六道を参照のこと)。曽我量深は、「浄土は言葉の要らぬ世界である 人間の世界は言葉の必要な世界である 地獄は言葉の通じない世界である」と地獄感を法語にあらわした。つまり言い争うだけで、言葉の通じない(意思の疎通・対話・議論の無い)世界が、「地獄」であるとする。その「地獄」は、人と人との関係によってもたらさられる。その端的な例が、戦争である。

大谷派を問わず浄土真宗では、「仏法」は知識として「学問」するものではなく、「聞くこと[36]」によって「自分の生き方を問う」ためのものである。そのため仏法(法話)を聴聞することを「聞法」とよび、「念仏」(称名念仏)とともに重要視する。

同派の朝・夕の勤行は、親鸞の「正信偈」・「三帖和讃」・蓮如の『御文』を声に出して読み耳で聞く、「聞法」であるとする。勤行は、修行(善行)としての意味を持たない。

また浄土真宗では、寺を「聞法の道場」と位置づける。すなわち「自己の生き方を問い直す道場」として浄土真宗の寺は存在し、その目的で門徒は寺を護持する。住職は「聞法の道場」を守るための僧侶である。

[編集] 門首

2009年現在、大谷暢顕門首(第二十五代・法名、浄如)。

門首の地位は、真宗大谷派の僧侶及び門徒を代表して、真宗本廟の宗祖聖人真影の給仕並びに佛祖の崇敬に任ずることと、僧侶及び門徒の首位にあって、同朋とともに真宗の教法を聞信することである。地位の継承は、宗会の議決した内事章範の定めるところによるとする。

門首の宗務に関する行為は、内局の進達により、下記の事項を行う。また、門首の権能の限界は、下記の宗務に関する行為のほかは、宗務執行に関する権能を有しないとする。

  1. 本尊、名号、影像及び法名を授与すること。
  2. 儀式を主宰すること。
  3. 得度式及び帰敬式を行うこと。
  4. 宗会による宗務総長の指名を認証すること。
  5. 内局による審問院長の指名を認証すること。
  6. 宗憲改正を公示すること。
  7. 宗会招集の達示を発すること。
  8. 宗議会解散の達示を発すること。
  9. 褒賞を授与すること。
  10. 懲戒に処せられた者の減免及び復権を認証すること。

[編集] 歴代

大谷派における歴代の正式呼称に関する注意
歴代の留守職・法主・門主を「歴代門首[37]」と呼称し、「大谷派御歴代」と総称するのが正式である。
親鸞のみ「宗祖」と呼称、「聖人」と敬称する。
宗祖親鸞以降の歴代は、「第○○代」と漢数字を用いて「」で呼称し、「第○○世」と呼称しない。敬称は、「上人」を用いる。なお在職中は、「上人」の敬称を付さない。
  • 例…「第八代 蓮如上人」・「第二十五代 大谷暢顯」
」は、大谷廟堂留守職・本願寺留守職のうち歴代に数えない者と、真宗大谷派門首代行である。
宗祖 親鸞 (1173年 - 1262年)
第三代覚如により、「宗祖」に定められる。
覚信尼(1224年? - 1283年?)
文久9年(1272年)親鸞の石塔を大谷より吉水に改葬し、「大谷廟堂」を建立。
建治3年(1277年)、初代留守職に就任する(- 1283年)。
第二代 如信 (1235年 - 1300年)
弘安3年 (1280年)、法灯を委任される。寺務は、覚信尼・覚惠に委任(『大谷本願寺通紀』)。覚如により、「第二代」に定められる。
覚恵(1239年? - 1307年)
弘安6年(1283年)、留守職継承(- 1307年)。
「唯善事件」…覚恵と唯善の間に起こった留守職就任問題。覚恵の死後、延慶2年(1309年)7月に青蓮院の裁定で決着する。
第三代 覚如 (1270年 - 1351年)
延慶3年(1310年)、東国(関東)の門徒の了承を得て、大谷廟堂留守職継承。(- 1314年、1322年 - 1338年、1342年 - 1350年〈委譲・復職を繰返す。〉)
応長2年〈1312年〉、「専修寺」の額を掲げるが、叡山の反対により撤去する。
元亨元年(1321年)、大谷廟堂を寺院化し、「本願寺」とする。
元弘元年(1331年)、『口伝鈔』を著し、「三代伝持の血脈(けちみゃく)」を表明し、法灯継承を主張する。(法脈…法然⇒親鸞⇒如信⇒覚如、血統…親鸞⇒覚信尼⇒覚恵⇒覚如)
存覚(1290年 - 1373年)
正和3年(1314年)、留守職継承。(- 1322年、1338年 - 1342年〈覚如により、解任・復職を繰返す。〉)
観応元年(1350年)、覚如と和解する。本願寺留守職(別当職[38] )には復職せず、の善如に委譲。
第四代 善如 (1333年 - 1389年)
観応元年(1350年)、継承。
第五代 綽如 (1350年 - 1393年)
元中7年(1390年)、継承。(継承後まもなく、寺務は巧如に委任。)
第六代 巧如 (1376年 - 1440年)
応永元年(1394年)継承。永享8年(1436年)譲。
第七代 存如 (1396年 - 1457年)
長禄元年(1457年)入滅に伴い移譲。
第八代 蓮如[39] (1415年 - 1499年)
延徳元年(1489年)譲。
第九代 実如 (1458年 - 1525年)
大永5年 年(1525年)入滅に伴い移譲。
第十代 証如 (1516年 - 1554年)
天文23年(1554年)入滅に伴い移譲。
第十一代 顕如 (1543年 - 1592年)
文禄元年(1592年)入滅に伴い移譲。
(以降、真宗大谷派)
東西分立当時の正式名称は、東西ともに「本願寺」である。明治14年(1881年)宗教団体法の規定により、宗派名が「真宗大谷派」と定まる。
第十二代 教如 (1558年 - 1614年)
文禄元年、顕如の入滅に伴い継承する。
文禄2年(1593年)、豊臣秀吉により、弟の准如へ本願寺法主の委譲命ぜられ、退隠させられる。退隠後も、教化活動を継続する。
慶長7年(1602年)、徳川家康より京都烏丸六条に寺地を寄進され、本願寺(東本願寺)を別立し、法主に復職する。
慶長19年(1614年)入滅に伴い移譲。
第十三代 宣如 (1602年 - 1658年)
承応2年(1653年)譲。
第十四代 琢如[40] (1625年 - 1671年)
寛文4年(1664年)譲。
第十五代 常如 (1641年 - 1694年)
延宝7年(1679年)譲。
第十六代 一如 (1649年 - 1700年)
元禄13年(1700年)入滅に伴い移譲。
第十七代 真如 (1682年 - 1744年)
延享元年(1744年)入滅に伴い移譲。
第十八代 従如 (1720年 - 1760年)
宝暦10年(1760年)入滅に伴い移譲。
第十九代 乗如 (1744年 - 1792年)
寛政4年(1792年)入滅に伴い移譲。
第二十代 達如 (1780年 - 1865年)
弘化3年(1846年)譲。
第二十一代 嚴如[3] (1817年 - 1894年)
明治22年(1889年)譲。
第二十二代 現如 (1852年 - 1923年)
明治41年(1908年)譲。
第二十三代 彰如 (1875年 - 1943年)
大正14年(1925年)譲。
第二十四代 闡如 (1903年 - 1993年)
平成5年(1993年)入滅。お東騒動による混乱から、後継門首不在となる。
闡教(大谷演慧) (1914年 - 2008年)
闡如の入滅後の門首不在の間、鍵役の大谷演慧が門首代行を務める。
第二十五代 大谷暢顯(淨如)(1930年 - )
平成8年(1996年)門首継承。現門首(2009年現在)。

参考文献…真宗大谷派手帳(真宗大谷派宗務所出版部 発行)2頁より

[編集] 組織

上記の基本方針に従い、種々の教化活動・社会活動・諸事業を展開している。

運営は、「中央」と「地方」の組織により行われる。それぞれの組織は、以下に示す通り三権分立(宗務機関〈「行政府」に相当〉・立法機関〈「立法府」に相当〉・司法機関〈「司法府」に相当〉)の形態を取る。

[編集] 組織図

宗務機関 立法機関 司法機関
中央 内局 宗会 審問院
宗務総長 参務 宗議会 参議会 監察室 審問室
地方 教区教化委員会(教務所〈教区〉・別院 教区会 教区門徒会 紛議調停委員会
組教化委員会 組会 組門徒会 (査察委員)
寺院・同朋の会 寺院・教会 住職 門徒 ---
門徒

[編集] 宗会

宗会」は、大谷派の最高議決機関であり、すべての予算、決算、条例案などを議決する。また、宗務総長を指名する(門首が認証する)。「宗議会」と、「参議会」の両議院で構成する。

宗議会は、各教区の僧侶から選出される議員(65人以内)で組織する。

参議会は、各教区の門徒から選出される議員(65人以内)で組織する。

[編集] 内局

内局」は、大谷派の宗務執行機関であり、宗会により指名された「宗務総長」、および五人の「参務」で組織する。

宗務総長は、大谷派の教師の中から、宗会が指名し、門首がこれを認証する。この指名は、他のすべての議案に先だって、これを行うとする。また、宗教法人たる真宗大谷派の代表役員となる。参務は、大谷派の教師の中から、宗務総長が任命し、宗務総長は、参務を罷免することができる。

内局の職務は、以下の通りである。

  1. 予算を作成して宗会に提出すること。
  2. 宗憲及び条例の規定を実施するため、達令を制定すること。
  3. 懲戒に処せられた者の減免及び復権を決定すること。
宗務出張所
大谷派は、政府その他中央の諸機関との連絡及び首都における施策の調整をはかるため、東京都に東京宗務出張所を設けている。

[編集] 審問院

審問院」は、大谷派の秩序を保持し、同派の規定による申立及び係争又は紛争に関する事項並びに僧侶の懲戒に関する事項について監察提訴及び審決を行う。

審問院には、大谷派の教師の中から、宗議会の同意を得た者について、内局がこれを指名した審問院長を1人置く。

[編集] 地方宗務機関

国内を30の「教区」に分け、その下に420の「組」に分ける。また、海外に3つの「開教区」を設ける。

[編集] 教区

地方の宗務を運営するため、全国を「教区」に分け、各教区に教務所長を置き、教務所を設けている。

教区の宗務機関として、教務所長を委員長とする「教区教化委員会」を置く。

教区の議決機関として、「教区会[41]」と「教区門徒会[42]」を置く。

地方宗務審査機関として、各組にて住職が互選した「査察委員」で構成される「紛議調停委員会」を教区に設け、宗務上の紛議について審査調停する。

連区

また、全国を5つの「連区」に分け、国内各教区の広域的な連携をはかり、各地域における聞法・弘教活動を一層推進することを目的として、連区制が定められている。

北海道・東北連区 - 北海道・奥羽・山形・仙台・東京・三条・高田の7教区

北陸連区 - 富山・高岡・能登・金沢・小松・大聖寺・福井の7教区

東海連区 - 高山・大垣・岐阜・岡崎・名古屋・三重の6教区

近畿連区 - 長浜・京都・大阪・山陽・四国の5教区

九州連区 - 日豊・久留米・長崎・熊本・鹿児島の5教区

[編集] 開教区

開教を必要とする地に開教区を設け、これに開教監督を置き、開教監督部を設けている。

[編集] 別院

地域的偏頗はあるものの下記の通りほぼ全国(海外3)に、各教区・開教区における教法の聞信・宣布の拠点として、56の寺院が教区開教区)のもとに置かれる。設立の経緯は、下記の通りである。

  1. 宗祖や歴代門首等の旧蹟地、もしくは由緒地に設置される場合。
  2. 各地域における弘教の拠点地に設置される場合。
  3. 上記1、2の理由が複合的に作用して設置される場合。

別院は、教区又は開教区に所属し、別院に住職1人を置き、「門首」がこれに当る。ただし、「門首」以外の者を住職とすることもできる。また、別院に「輪番」1人を置き、住職の職務を代掌し、宗教法人である別院の代表役員となる。

[編集]

教区」を「」(そ)に分け、普通寺院、教会その他の所属団体を分属させている。ただし別院は、教区又は開教区の所属とする。組には、組長と数名の副組長を置く。

組の宗務機関として、組会で選出される組長を委員長とする「組教化委員会」を置く。

組の議決機関として、「組会[43]」と「組門徒会[44]」を置く。

[編集] 教区・別院一覧

[編集] 刊行物

真宗大谷派宗務所出版部(東本願寺出版部)発行
機関紙 - 『同朋新聞』(月刊紙)
機関誌 - 『同朋』(月刊誌)
聖典 - 真宗聖典編纂委員会 編『真宗聖典』1978年10月初版

[編集] 関係教育機関

[編集] 真宗大谷派学校連合会

連合会事務局…真宗大谷派宗務所教育部内

教育テーマ
「親鸞聖人によって開顕せられた浄土真宗の教えを建学の精神とし、それに基づく人間教育を教育理念として実践する。」
ともに生きる 人間であるために」

1965年(昭和40年)、真宗大谷派関係の学校連合会として結成される。

2005年(平成17年)11月20日、大谷ホールにて「真宗大谷派学校連合会結成40周年記念フォーラム」を開催する。


[編集] 大谷保育協会

同宗派関係の保育園・幼稚園・児童福祉施設は約500園あり、「社団法人大谷保育協会」に加盟している。

協会事務局 - 真宗大谷派宗務所教育部内

教育テーマ - 「ともに生きともに育ちあう保育を実践しよう」

  • 大谷保育協会 地域別 加盟園数
    • 北海道 31
    • 東北 34
    • 関東・甲信越 72
    • 北陸 38
    • 東海 111
    • 近畿 67
    • 中国・四国 6
    • 九州 151

[編集] その他

  • 各教区が設置する教育機関
    • 三条真宗学院(新潟)
    • 金沢真宗学院(石川)
    • 名古屋真宗学院(愛知)
    • 大垣真宗学院(岐阜)
    • 大阪真宗学院(大阪)

[編集] 批判

布教の概念を広く理解し、団体としては政治運動と直接の関わりを持たない伝統仏教各宗派とは大きく違い、他の真宗各派と共に社会的・政治的に踏み込んだ活動をすることから、政治運動的・左翼運動的過ぎであるという批判の声も内外からある。また、大谷派や同派が加盟する真宗十派による真宗教団連合の活動内容が左傾化しているとして、そのことを憂慮し問題視する僧侶の一部や門徒有志による私的団体も存在する。

[編集] 脚注

  1. ^ 所属寺院数…『中外日報』2007年9月1日付を参考。本山が2007年11月に実施した、門徒戸数調査の対象寺院数より。対象寺院数は、8,871ヶ寺(別院、教会を含む)。開山・廃寺により変動するため寺院数は、約8,900ヶ寺とした。
  2. ^ 本山の通称…本願寺の東西分立以降、教如を系譜とする本願寺(現、真宗本廟)は「東本願寺」と通称されている。本山の正式名称は、昭和62年(1987年)まで「本願寺派」・「大谷派」ともに「本願寺」であった。同年12月以降の正式名称は、「真宗本廟」である。
  3. ^ 嚴如…旧字体が正式表記。「厳如」と新字体で表記する場合もある。
  4. ^ 自信教人信…一人ひとりにおいて浄土真宗の教えを常に受け止め直し、それを他の人とともに確かめてゆくこと
  5. ^ 同朋社会の顕現…ともに阿弥陀仏の浄土に向かって歩む社会生活を実践し続けること
  6. ^ 帰依処…依り所となる教えを確かめる大切な場所
  7. ^ 歴代門首の影像…一般に親鸞の影像と蓮如の影像は、一幅で安置するため除く。
  8. ^ 論釈章疏…撰述の聖教
  9. ^ 『十住毘婆沙論』「易行品」…全17巻の内、巻第五「易行品第九」のこと。
  10. ^ 『浄土論』…正式名称『無量寿経優婆提舍願生偈』
  11. ^ 『浄土論註』…正式名称『無量寿経優婆提舍願生偈註』
  12. ^ 『法事讃』…正式名称『転経行道願往生浄土法事讃』
  13. ^ 『般舟讃』…正式名称『依観経等明般舟三昧行道往生讃』
  14. ^ 『観念法門』…正式名称『観念阿弥陀仏相海三昧功徳法門』
  15. ^ 『顕浄土真実教行証文類』…『教行信証』と略称する。
  16. ^ 『浄土和讃』、『高僧和讃』、『正像末和讃』を総称して「三帖和讃」という。
  17. ^ 「御消息拾遺」…編纂された消息集以外の単独で伝えられた消息を「御消息拾遺」とする。
  18. ^ 『歎異抄』の著者…「歎異抄#作者」を参照のこと。
  19. ^ 『御伝鈔』…『本願寺聖人伝絵』の詞の部分は、『御伝鈔』という。
  20. ^ 『改悔文』…蓮如の作と伝えられる。
  21. ^ 『後世物語聞書』(ごせものがたりのききがき)…著者については、不明で定説は無いが、隆寛によると推定されている。
  22. ^ 『安心決定鈔』の著者については、定説はない。浄土宗西山派の流れをくむ者と考えられている。
  23. ^ 源信の作とされる。
  24. ^ 聖徳太子…親鸞は「和国の教主」と尊敬し、観音菩薩の化身として崇拝した。「和国」とは日本のこと、「教主」とは釈尊のこと。
  25. ^ 崇敬…あがめうやまうこと。
  26. ^ 護持…大切にまもり保つこと。尊んでまもること。また、「まもり保つ」は、次代に相続する(守り伝える)の意が含まれる。
  27. ^ 教法宣布…仏の教えをあまねく行き渡らせること。
  28. ^ 道場…仏法(仏の教え、仏)の修法の所の意。特に浄土真宗では、親鸞が「寺院」を開基せずに「草庵」において教化したことにちなみ、「道場」の語を用いる。
  29. ^ 敬仰(けいぎょう)…謹んであおぐこと。うやまい尊ぶこと。
  30. ^ 本願…阿弥陀如来の本願のこと。
  31. ^ 往還二廻向…往相廻向還相廻向のこと。
  32. ^ 一如真実…差別なく平等であることが真実である。(詳細は、各内部リンクを参照のこと。)
  33. ^ 方便…仏が衆生を教化・救済するために用いるさまざまな方法。(『大辞林』三省堂、第二版)
  34. ^ 虚仮不実(こけふじつ)…「虚仮」とは「真実」に対する語。心や行為が真実でないこと。うそ、いつわりばかりで真実がないこと。
  35. ^ 慚愧(ざんき)…「慚」は自己に対して恥じること、「愧」は外部に対してその気持ちを示すこと。自分の言動を反省して恥ずかしく思うこと。(『大辞林』三省堂、第二版より抜粋)「慙愧」とも記すが、親鸞は「慚愧」と著書に記した。
  36. ^ 「聞くこと」…身体的に聞くことの出来ない者は、「読むこと」による。
  37. ^ 歴代門首…1981年6月以前は、「門首」ではなく「留守職」・「法主」と呼称されていたため、「第○○代門首」と呼称せず「第○○代」と呼称するのが通例である。
  38. ^ 別当職…「廟堂」の寺格化にともない、留守職に「本願寺」の住持職を含めた役職名。
  39. ^ 蓮如…大谷派では、「蓮」の「辶」(一点之繞)の部分が「辶」(二点之繞)で表記するのが正式(一点之繞と二点之繞を参照)。
  40. ^ 琢如…「琢」は、「」に「ヽ」を入れた旧字体(「硺」の「石偏」を「王偏」にしたもの)が正式な表記。
  41. ^ 教区会…教区に各組から選出される僧侶の代表で組織する。
  42. ^ 教区門徒会…各組門徒会から互選された代表者である「教区門徒会員」で組織する。
  43. ^ 組会…各寺院・教会の僧侶の主管者(代表)で組織する。
  44. ^ 組門徒会…各寺院・教会の門徒の代表者である「組門徒会員」で組織する。
  45. ^ 神戸別院(1)…旧神戸別院境内にある、「慈光院」は真宗大谷派・神戸別院とは関係の無い寺院。〈2004年11月2日、大阪高裁にて和解成立。〉
  46. ^ 神戸別院(2)…2008年の宗会により、宗教法人「姫路船場別院 本徳寺」が宗教法人「神戸別院」を吸収合併し、その合併にともなう契約案が、可決される。

[編集] 関連項目

[編集] 関連人物

[編集] 参考文献

  • 真宗聖典編纂委員会 編 『真宗聖典』 真宗大谷派宗務所出版部、1978年。ISBN 4-8341-0070-7
  • 真宗大谷派宗務所 編 『真宗の教えと宗門の歩み』 真宗大谷派宗務所出版部、2007年、第3版。ISBN 978-1-8341-0273-4
  • 真宗大谷派宗務所 編 『真宗大谷派宗憲 宗教法人法』 真宗大谷派宗務所出版部、2006年。ISBN 4-8341-0355-2
  • 菊池祐恭 監修 『お内仏のお給仕と心得』 真宗大谷派宗務所出版部、1981年改訂。ISBN 4-8341-0067-7
  • 松村 明 編 『大辞林』 三省堂、1995年、第2版。ISBN 4-385-13902-4
  • 新村 出 編 『広辞苑』 岩波書店、1998年、第5版。ISBN 4-00-080111-2
  • 伊藤博之 校注 『歎異抄 三帖和讃』 新潮社〈新潮日本古典集成 46〉、1981年。ISBN 4-10-620346-4

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月15日 (日) 12:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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