真田幸信 (信繁の三男)
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三好幸信
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| 時代 | 江戸時代前期 |
| 生誕 | 元和元年7月14日(1615年9月6日) |
| 死没 | 寛文7年(1667年) |
| 改名 | 左次郎、幸信 |
| 別名 | 佐馬之介 |
| 墓所 | 妙慶寺 |
| 主君 | 岩城宣隆→重隆 |
| 藩 | 出羽国亀田藩士 |
| 氏族 | 真田氏→三好氏(秋田真田家) |
| 父母 | 父:真田信繁、母:豊臣秀次の娘・隆清院 |
| 兄弟 | 幸昌、片倉守信、三好幸信、石田之親 |
| 子 | 隆長 |
三好 幸信(みよし ゆきのぶ)は、真田信繁(幸村)の三男。幼名は左次郎。通称は左馬之介。兄に真田幸昌、片倉守信。弟に真田之親。
[編集] 生涯
大坂夏の陣で父信繁と兄幸昌を亡くす。父と兄の死から2ヶ月後の元和元年(1615年)7月14日に京都で生まれる。母は豊臣秀次の忘れ形見の隆精院である。真田姓を名乗ることを憚り、外祖父秀次の旧姓である三好姓を称し、三好左次郎と名乗る。
その後、姉の御田姫の嫁ぎ先である出羽亀田藩主岩城宣隆の下に引き取られ、元服すると三好幸信と称して380石を与えられた。
[編集] 関連項目
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最終更新 2008年12月13日 (土) 03:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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