矢作兼

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 矢作 兼
本名 同じ
ニックネーム 言い訳クソメガネ[1]
生年月日 1971年9月11日(38歳)
出身地 日本東京都豊島区池袋
血液型 A
身長 170cm
方言 標準語
最終学歴 東京都立北野高等学校
コンビ名 おぎやはぎ
相方 小木博明
芸風 漫才コント(ツッコミ)
立ち位置
事務所 プロダクション人力舎
活動時期 1995年 - 現在
同期 ガレッジセール次長課長 など
現在の代表番組 特に無し
過去の代表番組 ささるぅ
イケメン合衆国
恋愛部活
配偶者 未婚
  

矢作 兼(やはぎ けん、1971年9月11日 - )は、日本の男性お笑い芸人おぎやはぎのツッコミを担当し、相方は小木博明プロダクション人力舎に所属する。血液型A型。身長170cm、体重55kg。

目次

[編集] 来歴

東京都立北野高等学校で小木と知り合う。高校卒業後、ビルのメンテナンス用品を取り扱う貿易会社に就職。上海勤務を経験するなど2年間は、サラリーマンとして生活を送っていたが、自分が担当していた商品に元々興味がなく、だんだんと仕事に嫌気が差し始め、笑いを“仕事”にしようとの意欲が高まる[2]退社後、23歳の時に高校時代からの友人・小木を誘いコンビ結成。

2006年、『虎の門』話術王決定戦第3回(2006年9月23日)にて準優勝。

2006年ACC CM FESTIVALにて演技賞を受賞(NTTドコモ のFOMA のCM)。

[編集] 人物

  • 高校生の頃お洒落でモテていた(元モッズ)。
  • 矢作は歯並びの悪さをかなり気にしており、差し歯にしようかと本気で考えているが、一部のファンの反対もあり悩んでいる。
  • 鶴の間」に出演した際に笑福亭鶴瓶に「俺、若手の中でおぎやはぎが一番好き」と絶賛される。今では鶴瓶のハワイにある別荘を貸してもらったりする関係。
  • 広末涼子の大ファン[3]。2時間の生ラジオ番組で(メガネびいき)1時間30分近く、「最近の広末のすばらしさ」を語っていた事もある。
  • 親交の深いバナナマンは矢作のことを「人付き合いの天才」「矢作さんと喋っているとみんな矢作さんのことが好きになる」「誰しも矢作さんに好かれたくなる、そう思わせる才能がある」「ナンバー1のナンバー2(主役級のサポーターの意)」と評している[4]
  • 誰とでもうまくやれるタイプだが、すべてにおいて飽きっぽい。品川庄司の品川に「矢作さんて、今まで本気になったものなんてあるの?」と言われるほど熱くなれない性格。
  • 人間関係を築くのが、物凄くうまい。目上の人間や上司に気に入られやすいらしく、サラリーマン時代は、「社長が矢作の職場の隣の喫煙室にたまたま来ていて、矢作の電話対応をたまたま聞いていてその話のうまさを知った」ことがきっかけで気に入られ、上海まで矢作を引き抜いてまで連れてきて、短期間で上海支部の支店長になってしまったほど、世渡り上手である。
  • 上記のように仕事は出来たが外国語はてんで駄目だった。上海に勤務していたときは、当然書類や電話の対応は外国語で、書類は辞書を引いて何とかなったものの、電話の対応は完全にお手上げだった。その為最終的には話の内容も解からずに適当に対応してしまった事が何度もあった。にも拘らず何の問題も起こることは無く、その事は矢作自身も不思議がっていた。
  • また、人力舎内での後輩からの支持も厚い。人力舎の若手たちに「尊敬する芸人」「好きな芸人」「一緒にいると楽しい芸人」などの項目でアンケートをとったところ、全ての項目で矢作が票を集めダントツの1位になった。
  • 学生時代から不良グループの人物と仲がよくなることが多く、卒業後も地元で元番長だった多くの人物と知り合いだったとのこと。ただし矢作自身は不良ではないため、喧嘩になりそうな場面では、仲間から「兼くんは下がっていてくれ」と言われ、喧嘩に参加することはなかった。
  • さまぁ~ずによると「矢作は知識もあり、人からも好かれ、エリートサラリーマンのような資質があるくらい完璧」で「考え方が冷静で大人」なのだが「夕方になると老けておじいちゃんみたいな顔になってく」のが唯一の欠点だそうだ。
  • 昔から交友のある放送作家のオークラ氏によると「矢作さんがムードメーカーなんですよね。矢作さんがいることで場が和むというか。そういう根っからの性格の良さがあるから、なんでもうまくまとまるんですよね」(Splash 2号にて)と語る。
  • とんねるずのみなさんのおかげでしたの企画で回答席にいる場合「石橋が一番可愛がっている後輩矢作」というテロップが毎回でる程可愛がられている。

[編集] 趣味・特技

[編集] 本名・家族

  • 3歳までは実父の「渡辺」姓だったため「渡辺兼(わたなべ けん)」であった。「矢作」姓は、母親の実家の姓。母親は再婚していない[5]
  • 3歳年上の姉がおり、ファッションデザイナーをしている。
  • 父親は長らく行方不明であったが約30年ぶりに行方が分かり、河口湖で猿回しの芸人をしていた事が判明している[6]

[編集] 交友関係

  • 極楽とんぼ加藤浩次と非常に仲がよい。矢作がお笑いをやろうかと考えている時に、地元の先輩が働いていた駒沢通り沿いにある中目黒のBAR「VIV」で加藤がバイトしていた。それからそのBARに通うようになると親しくなり、加藤を『浩次君』と呼ぶようになる。芸能デビューし加藤が先輩となった後も『浩次君』と呼び続けており、加藤曰く「名前で呼んでくる芸能人は矢作と中山秀征だけ」とのこと。以後加藤からは様々なアドバイスを得ている。たとえば、2人そろって眼鏡をかけるようになったのは、加藤の助言によるもの。
  • フリーディレクターで制作プロダクション笑軍様有限会社」代表のマッコイ斉藤こと斉藤誠は、矢作をいたく気に入っており、売れない時代からことあるごとに金を払い続け、「総額3000万くらいは奢ってきてる」と語る。週5のペースで矢作と行動を共にしており、「矢作とは家族より一緒にいる時間が長い」と語る。

[編集] エピソード

  • 芸人になる前に『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)の企画「幸せの黄色いハンカチ」で彼女とよりを戻したいという内容で出演した事がある。結果よりを戻したが、その後しばらくして別れた。
  • 雑誌『QuickJapan』の企画「TV・オブ・ザ・イヤー2005 現役放送作家15名が選ぶ本当に面白いTV芸人」にて、エンタテインメント賞を授与される。
  • 「彼女と小木さんだったらどっちを選びますか?」の質問に「小木」と即答。「俺は小木を一生守っていこうと思ってます」「小木なしでは、いられないよ?こんなにカワイイやつだもん」 「俺は平均点が高いが100点は取れない。小木は100点が出せる」など、相方にはとことん甘い。

[編集] 主な出演作品

おぎやはぎとしての出演は、おぎやはぎの項を参照。

[編集] バラエティー番組

[編集] テレビドラマ

[編集] CM

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 2009年4月19日放送回『うたばん』出演時、共演者の有吉弘行が命名
  2. ^ 月刊ハイエッジ. "会社を辞めて「月1回」のライブ生活". 2008年10月27日 閲覧。
  3. ^ 2008年1月15日放送「ロンドンハーツ」(テレビ朝日)
  4. ^ 楽天woman. "人生観が変わった運命的な「出会い」 - 前編". 2008年4月23日 閲覧。
  5. ^ 2008年8月2日放送「おぎやはぎのメガネびいき」内で発言
  6. ^ TBSラジオ「おぎやはぎのメガネびいき」内で告白

最終更新 2009年11月7日 (土) 15:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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