矢崎滋

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やざき しげる
矢崎 滋
本名 矢崎 滋(やざき しげる)
生年月日 1947年9月2日(62歳)
出生地 日本東京都
ジャンル 俳優
活動内容 俳優
主な作品
帰ってきた時効警察』など

矢崎 滋(やざき しげる、1947年9月2日 - )は、日本俳優、プロ落語家東京都出身。身長は、173cm。体重は、65kg。父は言語学者でアンデルセンの翻訳家としても知られる元東京教育大学教授の矢崎源九郎。叔父は法哲学者で大阪大学名誉教授の矢崎光圀


目次

[編集] 略歴

東京教育大学附属駒場高等学校卒業、東京大学文学部英文学科中退。舞台芸術学院夜間部をへて、1968年劇団四季に入団、俳優となる。浅利慶太演出の『ブラックコメディ』で主演もするが、74年フリーとなり、井上ひさしの『小林一茶』などに主演して注目され、87年東京芝居倶楽部を設立し座長、福山大学客員教授として演技・演出論を担当。

[編集] エピソード

言語学者で多言語を解した父の影響で、高校時代から複数の西洋語や古典語を齧り、自身も一度は同じ道を志すか迷ったこともあるという。言葉にかけては天才肌であった父との資質の違いを悟り、演劇の道を選んだ(スタジオパークからこんにちは1996年3月7日)。

大の阪神タイガースファンであり、2003年の阪神のセ・リーグ制覇の直前には、「優勝の瞬間を大阪で見てみたい」との本人の希望で、全ての仕事をキャンセルし優勝の日まで関西のホテルに泊り込み、当時放送されていた毎日放送のテレビ番組『あさトラ!』に連日出演していたというエピソードがある。ただし、ただホテルのテレビで野球中継を見ていただけであり、甲子園球場に観戦に行っていたわけではなく、ダンカンらは疑問視していた。しかし、この2003年以前に、甲子園球場のお膝元のサンテレビジョンの阪神戦中継『サンテレビボックス席』にゲスト出演している。

東大中退という学歴をタモリなどから「ムダな学歴」といじられたこともあるが、得意の英語を活かし『映画の演技-映画を作る時の俳優の役割』(マイケル・ケイン著、劇書房)の翻訳なども行なっている。

[編集] 落語家

池袋演芸場2009年2月上席定席、落語協会の芝居にヒザ前の出演。プロの落語家として名実ともに認められた瞬間である。抜いた日もあった(楽日)。おりしも落語ブームでもあり、連日立見となり、(ふだんは金ちゃんがセコい)池袋としては異例の大入りとなった。他に、単発の落語会へ落語家として出演した経験は多数。

[編集] 出演

[編集] 舞台

  • ブラックコメディ(ピーター・シェファー)劇団四季 主演、1970
  • 小林一茶(井上ひさし)1979 主演
  • イーハトーボの劇列車(井上ひさし)1980 主演 
  • ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ(ストッパード角野卓造との二人芝居 1985
  • 甚だしくもおびただしい(大岩賞介)赤信号劇団 演出 1989
  • 幸せのどん底(同) 演出 1991
  • ノーセックスプリーズ(アンソニー・マリオット、アリステア・フット)演出、1991
  • Noises Off(マイケル・フレイン)演出、1992 
  • ああ、すずらん通り商店街(作、演出、出演)1997 

[編集] テレビドラマ

[編集] 映画

[編集] クイズ

[編集] ナレーション

[編集] 音楽

[編集] CM

[編集] バラエティ

[編集] 寄席

  • 落語協会の芝居(前掲)

最終更新 2009年10月24日 (土) 00:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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